工業

釜石製鉄所の合理化計画(S63.2.5) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石製鉄所の合理化計画(S63.2.5)

新日鉄釜石製鉄所は、鉄鋼業界の合理化に伴い、鉄以外の分野への新事業展開を進めています。特に、キノコ栽培、ヘアセット商品、タンパク質食品「タンパッキー」など、多岐にわたる新事業に取り組んでおり、余剰人員の活用も目的としています。また、製鉄所内に飼料備蓄基地の建設も計画されており、輸入飼料の供給を見込ん…
円高で県内企業倒産続出(S62.4.30) l全県

円高で県内企業倒産続出(S62.4.30)

昭和60年のG5会議でのドル高是正への協調介入を契機に円高が進行し、日本国内で輸出関連企業を中心に倒産や合理化が相次ぎ、雇用不安が深刻化しました。岩手県でも以下の事例が報告されています。 ・新日鉄釜石:第1高炉の休止を含む大規模合理化を実施し、余剰人員約1,100人が発生。 ・岩手アイワ:オーディオ…
新興製作所が希望退職案を提示(S56.2.12) f花巻・稗貫郡

新興製作所が希望退職案を提示(S56.2.12)

谷村新興の合理化紛争は昭和55年10月22日から始まり、昭和56年2月12日に会社側が最後の手段として希望退職案を提示し、労使交渉が決着を見ました。この案は組合側に受け入れられ、紛争は収束しました。希望退職案は二次に分けて実施され、結果として約350人が希望退職を申請し、経営再建に向けて新たな一歩を…
大船渡木工団地の倒産(S53.2.28) k大船渡・陸前高田・気仙郡

大船渡木工団地の倒産(S53.2.28)

大船渡木工団地は、経営難に直面し、最終的に倒産に至った。原因は、原料や経費の高騰、価格低下、需要の停滞、さらには東南アジアからの低コスト製品が競争相手となったためである。特に、逆ざや現象により、操業を続ければ続けるほど赤字が増大していき、最終的には資金繰りが厳しくなった。 また、同団地では、製品の品…
釜石製鉄所が合理化へ(S53.2.1) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石製鉄所が合理化へ(S53.2.1)

昭和53年度、新日本製鐵釜石製鉄所(釜鉄)の合理化計画が正式決定され、釜石市や岩手県を揺るがす事態となった。 昭和50年8月に合理化問題が表面化して以降、釜石市や県は新日鉄本社に合理化回避を要請したが、昭和53年2月1日の現地経営審議会で正式決定された。 その後、昭和53年8月22日には日鉄鉱業釜石…
谷村新興製作所で合理化反対スト(S52.5.9) f花巻・稗貫郡

谷村新興製作所で合理化反対スト(S52.5.9)

国が出資する企業があり、大蔵大臣が経営の重要な決定権を持つ会社も存在する。県内企業では合理化案が相次ぎ、生産性向上やコスト削減が進められている。製品の標準化や生産コスト削減のため、新技術の導入や合理化が行われており、青森工場では高性能の設備を導入して生産効率の向上を図っている。企業の合理化に伴い、従…
昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) c久慈・九戸郡

昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日)

昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正   &…
きれいになった釜鉄桟橋(昭和42年11月18日) e釜石・遠野・上閉伊郡

きれいになった釜鉄桟橋(昭和42年11月18日)

昭和42年11月18日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、荷役作業の能率向上と環境整備による災害防止の効果を狙い、桟橋改善工事を行っていた。 工事は、桟橋クレーンの延長と軌道改良に伴い舗装化に重点が置かれ、これまで一部ゴタゴタしていた荷役作業現場もスッキリして、気持ちよく働けると作業員から喜ばれた…
ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(昭和42年11月4日) e釜石・遠野・上閉伊郡

ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(昭和42年11月4日)

昭和42年11月4日の岩手東海新聞より。 ブラザーは、釜石に「沿岸サービスセンター」をオープンするという。 場所は、釜石駅から大渡橋を渡ってすぐのところだった模様。 ところで橋上市場は「橋上マーケット」と呼んでおり、幹部社員は男子しか募集していなかった時代。    …
釜石製鉄所で品質管理月間(昭和41年11月1日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石製鉄所で品質管理月間(昭和41年11月1日)

昭和41年11月1日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、11月1日から1ヵ月間を昭和41年度の品質管理月間と定め「品質管理サークルで品質事故をなくそう、品質改善を推進しよう」というテーマで運動を展開していくことにした。 この時期、品質の向上こそが鉄鋼市場での重要なウェートを閉めており、品質の保証な…
釜石製鉄所の第一高炉がいよいよ火入れ(昭和41年7月7日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石製鉄所の第一高炉がいよいよ火入れ(昭和41年7月7日)

昭和41年7月6日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所の第一高炉はいよいよ7月7日に火入れ式を行うと言う。 この時期の釜石製鉄所の従業員数は6300人いたと言う。 この高炉の改修は、国内の鉄鋼業界でも類を見ない工期52日間で達成し、無死亡記録を樹立したものであると言う。 この高炉は、鋳物用銑で需要量に見…
運行終了した釜石の「社線」の機関車が1両保存されることに(昭和40年10月13日) e釜石・遠野・上閉伊郡

運行終了した釜石の「社線」の機関車が1両保存されることに(昭和40年10月13日)

昭和40年10月13日の岩手日報より。 釜石鉱山から釜石製鉄所まで、鉄鉱石を運んできたいわゆる「社線」は、今年の3月28日に運行を終了した。 これまで熱心に撤去運動を進めてきたとは言え、釜石の発展に尽くしてきた事は確かで、機関車を保存することになった。 製鉄所側もこれを了承し、1台の機関車を、釜石市…
釜石製鉄所では社線撤去に向けた諸工事(S39.9.2岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石製鉄所では社線撤去に向けた諸工事(S39.9.2岩手東海新聞)

釜石では、昭和25年の時点で釜石線が釜石鉱山からの「社線」に並行して開業していたが、釜石鉱山からの鉄鉱石輸送がすぐに釜石線に移行したわけではなかった。 そして、自動車が増えてからは道路交通の邪魔となっていた。 しかし、やっとのことで撤去の運びとなりそれに向けた工事が進んでいた。  …