e釜石・遠野・上閉伊郡 25 6月 1964 釜石で技能オリンピック(昭和39年6月25日) 昭和39年6月25日の岩手東海新聞より。 釜石職業訓練協会では「技能オリンピック」を開催するという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 6月 1964 釜石製鉄所の溶接用の鋼材にもJISマークを認可(昭和39年6月5日) 昭和39年6月5日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所の重要製品として、線材とともにSM材(溶接構造用圧延鋼材)があった。 これを高級化し、品質の研究改善が行われ、ついには通産省からJIS表示の正式認可を受けたのだと言う。 SM材は、特に溶接性に優れており、船舶造船や建築プランとや橋梁や車両など幅広く使… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 6月 1964 釜石・鈴子温水プールが解体開始(昭和39年6月1日) 昭和39年6月3日の岩手東海新聞より。 一時期は「東北唯一の温水プール」として、冬季水泳大会も行われた釜石製鉄所の鈴子プールが、6月1日から解体を始めた。 鈴子プールは、三鬼隆が昭和11年に防火用の貯水池として作ったのが始まりであり、それまでプールのなかった釜石市のために、プールとして釜石市民に開放… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 31 5月 1964 釜石製鉄所の大運動会(昭和39年5月31日) 昭和39年6月1日の岩手東海新聞より。 毎年恒例の釜石製鉄所の大運動会は、5月31日に釜石製鉄所松倉グランドで開催された。 県南バスのストで開催が危ぶまれたが、ストが回避され、各社宅から多くの人が集まって、爆笑と共に各競技が進行された。 &nb… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 2月 1964 釜石駅から「蛍の光」で東海製鉄へ33人が転出(S39.2.7岩手東海新聞) この年の2月1日、釜石から最初の東海製鉄への転出車が送られたが、今度は第2陣の33名が転出。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 2月 1964 釜石の人口が減って8万人台になります!(昭和39年2月5日) 昭和39年2月5日の岩手東海新聞より。 東海製鉄への転出の影響で、釜石市の人口が8万人台に減るという。 それは大ニュースであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 2月 1964 釜石職安「遠野の皆さん!釜石に来て働いて下さい!」(昭和39年2月3日) 昭和39年2月3日の岩手東海新聞より。 釜石職業安定所では、労働力不足に頭を悩ませていた。 そこで、農村地帯である遠野の労働力に釜石に来てもらおう、というキャンペーンを張ることになった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 2月 1964 東海製鉄の社長が釜石を訪問(昭和39年2月1日) 昭和39年2月1日の岩手東海新聞より。 愛知県の東海製鉄では、その操業開始に当たって釜石製鉄所の労働者も7〜800人欲していた。 そこで、社長自らが釜石まで来たのである。 希望者は1000人程度いたが、800人弱まで絞ったのだという。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 11月 1963 一関商工会議所の議員選挙は6名辞退して無競争に(昭和38年11月15日) 昭和38年11月15日の岩手報知より。 一関商工会議所の議員選挙は、6名が辞退して無競争となった。 この6名の辞退まで、どんなことがあったか容易に想像できるあたりが、いかにも日本の田舎の社会である。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 18 9月 1963 釜石製鉄所教習所が廃校(S38.9.18岩手東海新聞) 中学校を卒業して、高校の過程を勉強しながら、釜石製鉄所に就職するという釜石製鉄所教習所が閉校することになったという。 この時期、東海製鉄への移行の話が進んでいた時期でもあり、「釜石に終わりの始まり」を象徴するニュースでもあった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 9月 1963 釜石製鉄所内43ヶ所に救急車到着地点表示(S38.9.5岩手東海新聞) 当時の釜石製鉄所は、救急車の到着地点が定かではなく、急患が発生しても、どこで救急車が止まればいいのかわからず、到着の遅延等発生したようだ。 それで、構内43カ所に「救急車到着地点」を定めて、その標識を作成したのであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 10月 1962 釜石製鉄所クラブ女子従業員募集(昭和37年10月2日) 昭和37年10月2日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、クラブでは働く女子従業員を募集するという。 クラブとは福利厚生施設のことだろうか。 未婚で住み込みが条件であるという。 今ならば問題になっている条件ではないだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 10月 1962 岩手東海新聞社員が釜石製鉄所を見学(昭和37年10月1日) 昭和37年10月1日の岩手東海新聞より。 岩手東海新聞社の社員が釜石製鉄所を見学したという。 この当時、まだ釜石には9万人の人口がいた。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1962 釜石製鉄所構内で姿を消す蒸気機関車(昭和37年7月25日) 昭和37年7月25日の岩手東海新聞より。 この時期、日本の鉄鋼業界は、経済不況によって合理化足踏み状態になっていたのだと言う。 そのような中でも、釜石製鉄所の構内を走る鉄道路線は、蒸気汽関車からディーゼルに変わっていた。 釜石製鉄所に初めてディーゼル機関車が導入されたのは、昭和30年10月の事なのだ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 7月 1962 電気熔接機は150アンペア34,000円から!(昭和37年7月24日) 昭和37年7月24日の岩手東海新聞より。 広告欄には、電気溶接機などと言うものが出ている。 150アンペアで34,000円からと言うが、こんなのが売れるのは、釜石ぐらいのものではないだろうか。 また、50ヘルツと60ヘルツの値段が書いているが、釜石はもちろん50ヘルツしかない。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 7月 1962 盛鉄局管内の貨物扱い1位は釜石駅(昭和37年7月4日) 昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、管内の旅客と貨物の扱い量の番付を発表した。 旅客では、東北本線と奥羽本線と青函連絡船の交わる青森駅がトップで、その次が盛岡駅。 貨物では、釜石製鉄所と魚市場のある釜石駅がトップとなっていた。 2位が青森駅であり、3位がセメント工場のある陸中松… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 9 6月 1962 石川県の織物工場も水沢職安に求人(昭和37年6月9日) 昭和37年6月9日の胆江日日新聞より。 石川県の織物工場から女工の求人が水沢職業安定所に来ていた。 「現在水沢管内出身者38名が元気で働いております」と。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 2月 1962 釜石市内から東海製鉄関係で転出する小中学生は456人(昭和39年2月7日) 昭和39年2月7日の岩手東海新聞より。 東海製鉄所が開業するに際し、釜石市内からお多くの小中学生が転校することとなった。 その数は456人にも登ったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 1月 1962 釜石の缶詰工場が休閑期に遠野のとうもろこしを加工(S37.1.8岩手日報) 釜石の缶詰工場が休閑期に遠野のとうもろこしを加工するという、「水産釜石」と「農業遠野」を結ぶ試みが行われた。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 14 11月 1961 水沢市内の藁加工工場では運転手を初任給12000円で募集!(昭和36年11月14日) 昭和36年11月14日の胆江日日新聞より。 水沢市内の藁工品工場では運転手を募集している。 店員が6000円程度であるのに対し、運転手だと12000円であるという。 運転免許がいかに高給への花道であったかを物語っている。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1961 スーダンの鉄道レールを釜石製鉄所で!(昭和36年7月25日) 昭和36年7月25日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所を経営する富士製鉄と八幡製鉄は、アフリカのスーダン国鉄の16,000トンの国際競争入札に応札し、8月下旬にはスーダン国鉄の総裁が来日するという。 この7月には、日本政府はスーダンに在外公館を設け、招聘していたのだ。 スーダンは昭和31年1月1日にイ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 25 7月 1961 釜石市の財政は釜石製鉄所しだい(昭和36年7月25日) 昭和36年7月25日の岩手東海新聞より。 釜石市の予算当局は、地方交付税の査定のため盛岡の県庁に出ていた。 地方交付税は、合併(S30.4.1甲子村、鵜住居村、栗橋村、唐丹村)による特例期間が切れて不交付団体になるが、全国市議会議長会や全国市長会の折衝で激変緩和措置が取られることとなった。 それ以上… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 7月 1961 東海道新幹線のレールは釜石製鉄所でも作っていた(昭和36年7月24日) 昭和36年7月24日の岩手東海新聞より。 昭和39年に開業が予定されている東海道新幹線のレールは、富士製鉄釜石製鉄所にも注文が来ていた。 そのための価格交渉が国鉄と行われており、国鉄側は国際価格並みを強く希望。 製鉄所側は材質の向上や型の切り替えもあり値上げ意向と食い違っていた。 国鉄側は、年内の7… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 27 4月 1961 声に出して読みたい「シンーガーミシン」(昭和36年4月27日) 昭和36年4月27日の岩手東海新聞の広告欄より。 釜石市内でシンガーミシンを扱っているのは2店あった。 ちなみにシンガーミシン自体は現在でも盛業中。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 1月 1961 空から見る富士製鉄の各製鉄所(昭和36年1月9日) 昭和36年1月9日の岩手東海新聞より。 正月特集で、釜石製鉄所と同じ富士鉄の各製鉄所の空撮写真を。 室蘭・釜石・広畑・川崎。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 1月 1961 鉄の町・釜石の空気中の塵を電流で調査する新兵器(昭和36年1月7日) 昭和36年1月7日の岩手東海新聞より。 鉄の都・釜石市では、交流式電気集塵機を購入した。 この集塵機によって、浮遊煤塵の調査を行うのだと言う。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 1月 1961 釜石でも初荷を出荷(昭和36年1月2日) 昭和36年1月4日の岩手東海新聞より。 昭和36年の正月は、岩手県沿岸部では穏やかな天候だったようである。 1月2日には、初売り・初荷で車は市内の大通りを走りにぎわった。 釜石化成産業では、雪国の人たちが冬を越す練炭を積んだトラックが釜石ビル前を出発し、仙人道路を通ってないでくれ向かった。 &nbs… 続きを読む