e釜石・遠野・上閉伊郡 2 10月 1962 釜石製鉄所クラブ女子従業員募集(昭和37年10月2日) 昭和37年10月2日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、クラブでは働く女子従業員を募集するという。 クラブとは福利厚生施設のことだろうか。 未婚で住み込みが条件であるという。 今ならば問題になっている条件ではないだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 10月 1962 岩手東海新聞社員が釜石製鉄所を見学(昭和37年10月1日) 昭和37年10月1日の岩手東海新聞より。 岩手東海新聞社の社員が釜石製鉄所を見学したという。 この当時、まだ釜石には9万人の人口がいた。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 30 9月 1962 釜石電報電話局「市外電話料金が変わります!」(昭和37年9月30日) 昭和37年10月2日の岩手東海新聞より。 釜石電報電話局は、市外電話の料金が変わる旨の広告を出していた。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 3 9月 1962 須川温泉道路の愛称募集(昭和37年9月5日) 昭和37年9月5日の岩手報知より。 この10月に、秘境・須川温泉に太平洋側と日本海側からアクセスする須川道路が開業しようとしていた。 これに際し、一関市ではこの須川道路の愛称を募集することにした。 後援は一関商工会議所・岩手県南バスなど。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 28 7月 1962 盛岡・川徳デパートで夏のご贈答品フェア(昭和37年7月28日) 昭和37年7月28日の岩手東海新聞より。 盛岡の川徳デパートが夏のお中元商戦で広告を出している。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 26 7月 1962 病気の父親のためにウナギを密漁しようとしたら感電死(昭和37年7月26日) 昭和37年7月28日の胆江日日新聞より。 水沢市の佐倉河に住む29歳の男は、土用の丑の日に、病気の父にウナギを食べさせるために、付近の谷地川に自宅の作業場から電線を引いて密漁をしようと思っていたら感電死したと言う。 この29歳の男性、水沢市青年協会の会長や、水沢市相撲協会の大関など、多方面で活躍して… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1962 釜石の鰻屋「7月26日は土用の丑ですよ!」(昭和37年7月25日) 昭和37年7月25日の岩手東海新聞より。 翌7月26日は土用の丑なので鰻屋も広告に力が入る。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1962 釜石製鉄所構内で姿を消す蒸気機関車(昭和37年7月25日) 昭和37年7月25日の岩手東海新聞より。 この時期、日本の鉄鋼業界は、経済不況によって合理化足踏み状態になっていたのだと言う。 そのような中でも、釜石製鉄所の構内を走る鉄道路線は、蒸気汽関車からディーゼルに変わっていた。 釜石製鉄所に初めてディーゼル機関車が導入されたのは、昭和30年10月の事なのだ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 7月 1962 電気熔接機は150アンペア34,000円から!(昭和37年7月24日) 昭和37年7月24日の岩手東海新聞より。 広告欄には、電気溶接機などと言うものが出ている。 150アンペアで34,000円からと言うが、こんなのが売れるのは、釜石ぐらいのものではないだろうか。 また、50ヘルツと60ヘルツの値段が書いているが、釜石はもちろん50ヘルツしかない。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 16 7月 1962 8月13日にこまどり姉妹が釜石に来ます!(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の岩手東海新聞より。 広告欄では、東殖デパートが「こまどり姉妹ショーにご招待」という広告を打っている。 8月13日に錦館で予定されており、特に16歳以上の双子は無料で招待するという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 16 7月 1962 7月28日に大鵬や柏戸が釜石に来ます!(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の岩手東海新聞より。 7月28日に大相撲釜石準場所が予定され、大鵬や柏戸が釜石に来るという。 また、前田川など郷土力士も来るということで期待された。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 13 7月 1962 及新百貨店の5階展望食堂の土曜日の午後(昭和37年7月13日) 昭和37年7月13日の岩手東海新聞より。 広告欄には及新デパートの5階展望食堂。 いわく「及新5階展望食堂の一隅より流れている笑い、会話の中心は代表的なオフィスマンスタイルのセミスリーブの彼です」 そういえばこの頃は土曜日は「半ドン」だった。 ところで、この「オフィスマンスタイルのセミ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 7月 1962 釜石の赤提灯「清酒50円!モツ串10円!」(昭和37年7月11日) 昭和37年7月11日の岩手東海新聞より。 釜石市内の新街通の赤提灯では、清酒が50円でモツ串が10円であるという。 製鉄所の勤務を終えた工員で賑わったのではないだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 7月 1962 3年間死亡事故皆無のモデル鉱山・釜石鉱山(昭和37年7月5日) 昭和37年7月5日の岩手東海新聞より。 釜石鉱山では、3年間死亡事故がなく、モデル鉱山としての誉れを恣にしていた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 7月 1962 盛鉄局管内の貨物扱い1位は釜石駅(昭和37年7月4日) 昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、管内の旅客と貨物の扱い量の番付を発表した。 旅客では、東北本線と奥羽本線と青函連絡船の交わる青森駅がトップで、その次が盛岡駅。 貨物では、釜石製鉄所と魚市場のある釜石駅がトップとなっていた。 2位が青森駅であり、3位がセメント工場のある陸中松… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 3 7月 1962 大船渡・釜石・宮古でスズキ・スズライトの巡回健康診断をします!(昭和37年7月3日) 昭和37年7月3日の岩手東海新聞より。 盛岡の藤健自動車が、大船渡・宮古・釜石でスズライトの巡回健康診断をするという。 スズライトはスズキ自動車の軽自動車。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1962 北洋サケ・マス漁はマグロ漁に衣替え(昭和37年7月2日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 北洋のサケ・マス漁は今度はマグロ漁に衣替えするべく船体を整備していた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1962 釜石繊維同友会加盟店の定休日変更について(昭和37年7月2日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 釜石繊維同友会に加盟している各店舗は当時の釜石市内でも、名だたる大規模店舗であったようだが、これまで毎週金曜日を定休日としていたようだ。 しかし、7月から8月の金曜日は、従業員の交代休暇をとって、平常通り営業するようである。 &nb… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1962 大槌で時ならぬマンボウザメの解体ショー(昭和37年7月2日) 昭和36年7月2日の岩手東海新聞より。 岩手県の太平洋沿岸も、本格的な夏漁を迎える。 そんな大槌の浜に、直径約1メートル、体重約45キロのまんぼうザメが水揚げされた。 そのマンボー鮫は、大槌町の中心地でである御社地のある鮮魚店に身売りされることになった。 浜っ子の大槌の子供たちでも、珍しい魚であるよ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1962 ヤマハの電子オルガンでお勉強(昭和37年7月2日) 昭和37年6月2日の岩手東海新聞より。 釜石市内のヤマハ楽器特約店が電子オルガンを売り出している。 ただ、釜石市内でこんな高価なオルガンを買い売る家庭というのはどれだけあっただろうか。 製鉄所の幹部の家庭とか?関連企業の社長の家とか?… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 19 6月 1962 水沢の繁華街に熊が現れる!?(昭和37年6月19日) 昭和37年6月19日の胆江日日新聞より。 一面に「繁華街に熊現れる」と言う物騒な見出しのニュース。 とは言っても、これがビール会社のビールの宣伝のために熊のロボットを作ったと言うもの。 フサッポロビールが、北海道駒ヶ岳の山麓で捕まえた2歳6ヶ月のヒグマの毛皮を、本物のように作り上げて、体の中にはスピ… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 9 6月 1962 石川県の織物工場も水沢職安に求人(昭和37年6月9日) 昭和37年6月9日の胆江日日新聞より。 石川県の織物工場から女工の求人が水沢職業安定所に来ていた。 「現在水沢管内出身者38名が元気で働いております」と。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 8 6月 1962 第2回江刺市仔豚市場を開催します(昭和37年6月8日) 昭和37年6月8日の胆江日日新聞より。 江刺市畜産市場では、第2回江刺市仔豚市場を開催するという。 「ヌキ」とは去勢豚だろうか。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6 6月 1962 水沢の電器店「日立テレビで南国土佐にご招待!」(昭和37年6月6日) 昭和37年6月6日の胆江日日新聞より。 水沢の電器店では「日立テレビで南国土佐にご招待!」というキャンペーンを打っていた。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6 6月 1962 日立パネコン冷蔵庫は48,000円から!(昭和37年6月6日) 昭和37年6月6日の胆江日日新聞より。 水沢市内の電器店では、日立の家電を盛んに宣伝している。… 続きを読む