a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 12月 1967 盛岡・メガネの水晶堂「メガネはスイスコーティングで!」(S42.12.30岩手日報) 昭和42年12月30日の岩手日報より。 昭和42年の年の瀬、盛岡市中の橋通にある眼鏡専門店「水晶堂」が岩手日報に出した新聞広告は、視力と快適さへの意識が高まっていた時代の空気を感じさせてくれます。 広告は「スイスコーティング」の技術を大々的に紹介しており、「あなたのメガネをサングラスにします」「現在… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 25 12月 1967 大船渡でアワビの畜養を始める(昭和42年12月25日) 1967年(昭和42年)12月25日の岩手日報に、大船渡市でのユニークな取り組みが紹介されています。記事によると、大船渡市千丸海岸にある「大船渡海藻類採苗所」では、既存の採苗水槽を活用してアワビの「畜養」を始めたとのことです。 畜養の対象となったのは、赤崎海岸で採取された天然のアワビ約2トン。これを… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 25 12月 1967 田老鉱山にも公害問題でダム建造計画(S42.12.25岩手日報) 昭和42年、岩手県の田老町(現・宮古市)に位置するラサ工業田老鉱山では、銅、マンガン、亜鉛などの金属鉱石が盛んに採掘されていた。しかし、鉱石の選鉱工程で発生する黒い鉱滓(こうさい)が、鉱山下流の長内川を汚染するという深刻な問題を引き起こしていた。 この廃液は長内川を経て、最下流部の乙部地区や海岸の漁… 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 12月 1967 久慈に中越パルプが進出?(S42.12.10デーリー東北) 久慈に中越パルプの工場が進出するかもしれないが、そのためには港湾整備が必要という条件。 また、下には小さく一戸町で戦没者慰霊法要が行われた旨の報道。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 種市でかんぼう(干しアワビ)作り始まる(昭和42年12月6日) 昭和42年12月6日のデーリー東北より。 岩手県のアワビは、11月1日から解禁になったが、種市町小子内では、この年も乾鮑(かんぼう)作りが始まった。 乾鮑(かんぼう)は、貝殻からはがしたアワビを塩漬けにして、水洗いをして、大きな釜で煮てから40日間ほど天日乾燥して作るものであり、主に香港に輸出されて… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正 &… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 4 12月 1967 サケ川開きは大槌川で大漁、織笠川で不漁(S42.12.4岩手日報) サケの川開きが各地で行われたが、大槌川が大漁であるのに対し、織笠川は不漁であったという。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 2 12月 1967 福岡町(二戸)から北海道の虻田に出稼ぎに行っていた女性が帰郷(S42.12.2デーリー東北) 昭和42年12月2日の『デーリー東北』より、印象的な出稼ぎ女性たちの帰郷を報じた記事をご紹介します。 かつての出稼ぎというと、首都圏の建設現場や工場へ向かう男性労働者の姿がまず思い浮かびます。しかし昭和40年代の東北では、それだけにとどまらない、もう一つの出稼ぎのかたちがありました。 それが、東北の… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1967 「お遊び上手は出世の早道」(S42.12.1岩手日報) 広告欄より。 かつての繁華街・八幡町に近い松尾町のクラブの広告。 「お遊び上手は出世の早道」という惹句でサラリーマンを志向している。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1967 お歳暮は川徳デパートで!(S42.12.1岩手日報) 歳末となり、お歳暮のシーズンとなったのでデパートもお歳暮商戦である。 それで、盛岡の川徳デパートも広告を打っていた。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1967 転機に立つ岩手の開拓農業(S42.12.1岩手日報) 戦後、岩手県内では各地に開拓農業の入植がなされたが、この時期になると跡継ぎがいないなど岐路に立たされていた。 それもそのはずで、それまで耕地に適していなかったところまで入植して、生活は貧困であり、若い人も都会に出るばかりだったわけである。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 29 11月 1967 Xマスケーキは一関・ライオンベーカリーで!(S42.11.29岩手報知) 1967年(昭和42年)11月29日の『岩手報知』に、一関にある「ライオンベーカリー」のクリスマスケーキ広告が掲載されていました。 「Xマスケーキはぜひ専門店ライオンベーカリーへ!」と大きく書かれ、価格は400円〜2000円。当時としては高級な部類に入るケーキだったと思われます。 イラストは、ユーモ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 11月 1967 釜石ホンダ販売で全製品展示会(S42.11.24岩手東海新聞) 昭和42年11月24日の岩手東海新聞には、釜石ホンダ販売が主催する全製品展示会の広告が掲載されている。展示会は11月25日が及新マート中妻店隣、翌26日は及新マート只越店隣の会場で開催された。当時の及新(おいしん)は、釜石市内で百貨店として広く知られていたが、同時にスーパーマーケット事業にも進出して… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 11月 1967 釜石のボーナス商戦(S42.11.24岩手東海新聞) 昭和42年11月24日の岩手東海新聞には、企業城下町として栄えた釜石の“年末商戦”の熱気が伝わってくる。中心にあったのは、もちろん冬のボーナスだ。 Screenshot 当時の岩手銀行の調べによれば、国や県の機関を含めた県内全体の冬季ボーナス支給額は 121億円規模になるのではないかと見込まれていた… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 21 11月 1967 釜石の魚河岸では5隻で340トン(昭和42年11月21日) 昭和42年11月21日の岩手東海新聞より。 釜石ではサバ漁の最盛期で、魚河岸では5隻で340トンの水揚げがあったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 18 11月 1967 きれいになった釜鉄桟橋(昭和42年11月18日) 昭和42年11月18日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、荷役作業の能率向上と環境整備による災害防止の効果を狙い、桟橋改善工事を行っていた。 工事は、桟橋クレーンの延長と軌道改良に伴い舗装化に重点が置かれ、これまで一部ゴタゴタしていた荷役作業現場もスッキリして、気持ちよく働けると作業員から喜ばれた… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 16 11月 1967 釜石・浜千鳥の酒かすでうまい料理を!レシピあり(S42.11.16岩手東海新聞) 昭和42年11月16日の岩手東海新聞より。釜石の蔵元・浜千鳥酒造では、ふみ粕(酒粕)を使った家庭料理のレシピを紹介していた。内容はどれも手軽にできるものばかりで、保存食としての知恵も含まれている。 かす汁は、好みの魚や野菜を大きめに切って煮て、酒粕と塩・味噌で味を調えるというもの。味噌を控えめにする… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 11月 1967 国道45号線古廟トンネルが年内に完成(S42.11.14岩手東海新聞) 国道45号線の釜石と大槌を結ぶ古廟坂トンネルが昭和42年内に完成するという。 それまでは、釜石と大槌の間は室浜を経由する曲がりくねった道だった。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 11月 1967 県内12市の1人当たりの売上高(昭和42年11月14日) 昭和42年11月14日の岩手東海新聞より。 県内12市の1人当たりの売上高について記載があり、釜石市は盛岡・花巻・一関・北上に次いで5番目。 また、二戸市はこの時点ではまだ市制していない。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 13 11月 1967 一日一食みなとパンを!(S42.11.13岩手東海新聞) 昭和42年11月13日の岩手東海新聞に掲載された、釜石市の「みなと食品工業株式会社」の広告は、時代を象徴するようなインパクトある紙面である。 キャッチコピーはこうだ—— 「秋がおなかにやってきた 一日一食みなとパンをお奨めします!!」 この一文だけでも、食糧事情と栄養改善の両立を目指す戦後日本の空気… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11 11月 1967 盛岡・川徳デパートでテイジンフェア(S42.11.11岩手東海新聞) 昭和42年11月11日の岩手東海新聞には、盛岡市の老舗百貨店・川徳(かわとく)による広告が掲載されている。掲載面はファッションを中心とした広告で、川徳が当時展開していた「テイジン・レーサーハウザー」フェアを大きく打ち出していた。 この広告では、盛岡から離れた釜石の新聞にまで大きく紙面を取り、帝人(テ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 10 11月 1967 釜石・東殖デパートでは師走を前に全品2割引き!(昭和42年11月10日) 昭和42年11月10日の岩手東海新聞に掲載された、釜石・大渡町の「東殖デパート」の広告から、当時の年末商戦の様子が垣間見えます。 この広告は、「日頃のご愛顧に応えて東殖が師走前にメーカーと協力で奉仕する3日間!」と題し、11月11日から13日までの3日間限定で、全品2割引という大規模なセールを告知し… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 10 11月 1967 スバル秋の中古車セールで志戸平温泉ご一泊ご招待!(S42.11.10岩手東海新聞) 昭和42年11月10日の岩手東海新聞に掲載された広告によれば、釜石市内の中古車販売店「まこと商会」では、「スバル 秋の中古車セール」が開催中である。 セール期間は11月13日から12月5日までの約3週間で、対象となる車種はスバル360、スバルサンバ、スバルカスケードなど、いずれも当時の名車と謳われた… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6 11月 1967 釜石の洋品店で秋冬舶来国産婦人服地オール半額セール(昭和42年11月6日) 昭和42年11月6日の岩手東海新聞には、当時の釜石市内の洋品店で開催されていた「秋冬の舶来国産婦人服地オール半額セール」の広告が掲載されていました。会期は11月8日からの5日間。 「舶来」「デラックス」「バーゲーン」といった言葉づかいが、いかにも高度経済成長期の空気を伝えてくれます。海外製品=高級品… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 11月 1967 釜石では中国・香港向けの干しアワビの製造作業が始まる(S42.11.4岩手東海新聞) 前日に水揚げされた鮑は、中国・香港・東南アジア向けに、干しアワビとして加工されることになった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 11月 1967 ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(S42.11.4岩手東海新聞) 昭和42年11月4日の岩手東海新聞には、ブラザーミシン販売株式会社が釜石市に「沿岸サービスセンター」を新設したことが紹介されている。 場所は釜石駅から大渡橋を渡ってすぐ、大渡町2丁目。周辺には中央ビルや橋上マーケット、旧ブラザー営業所などが地図付きで案内されており、来訪客が迷わぬよう配慮されていた。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 11月 1967 盛岡・川徳デパートで「現代っ子Vルック」(S42.11.4岩手東海新聞) 昭和42年11月4日の岩手東海新聞に掲載された広告より、盛岡の老舗百貨店・川徳による子ども服「現代っ子ルック」の紹介です。 盛岡の川徳百貨店が、釜石地域の読者向けにも広告を展開していたことがわかるこの紙面。「新しい時代の新しい子供に新しい服装を」と掲げたこの広告は、当時の子ども服に対する意識の変化を… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 11月 1967 サケ漁シーズンを前に大槌川で川止め(S42.11.2岩手東海新聞) 大槌川は南部鼻曲がり鮭で有名だが、そのシーズンを前に「川止め」が行われた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 8月 1967 釜石の橋上市場 IBCの「いわてアーカイブの旅」で釜石の橋上市場が出てる。 https://youtu.be/cwsbHbQ4yR0 だいたい家族で釜石に行くと、橋上市場にはほぼ必ず寄ったものだった。 幼い頃の自分が一番楽しみにしていたのはおもちゃ屋で、確か「らばうる」という店だった。 今にして思えば… 続きを読む