a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 3月 1933 川徳では春の呉服・雑貨大売出し! 昭和8年3月4日の岩手日報より。 前日に発生した三陸大津波に際し、「畏き辺り」つまり天皇陛下(というか宮内省なんだろうけど)は被害を「痛く御軫念あらせられ」、昭和2年の北丹後地震の時と同様、侍従を被災地にお差遣することとした、というニュース。 そのわきでは盛岡の川徳が「春の呉服・雑貨大売出し」の広告… 続きを読む
l全県 2 3月 1933 ブラジル移民大募集 昭和8年3月2日の岩手日報より。 岩手県庁がブラジルへの移民を募集している。 「3人以上の家族に限る」としているのは、労働力を求めていたサンパウロ州政府側がそのように求めていたため。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 28 2月 1933 今度は川徳が呉服雑貨大売出しを1面広告(昭和8年2月28日) 昭和8年2月28日の岩手日報より。 この時期にたまにあった1面トップの広告。 今度は川徳の呉服雑貨大売出し。 … 続きを読む
l全県 24 2月 1933 映画広告より多かったレコード広告(昭和8年2月24日) 昭和8年2月24日の岩手日報より。 戦前の新聞広告は、映画広告よりレコード広告の方が圧倒的に多い印象がある、 これはコロムビアレコードの広告。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 2月 1933 松屋の決算大売出し!(昭和8年2月1日) 昭和8年2月1日の岩手日報より。 松屋で決算大売出しをやるという広告を1面トップで扱っている。 昭和初期の岩手日報はたまにこんなのがあった。… 続きを読む
m県外・参考 1 11月 1932 仙台・藤崎の増築完成大売り出し(S7.11.1岩手日報) 岩手日報でも、仙台・藤崎デパートの増築完成大売り出しが宣伝された。 また、当時の藤崎の店舗案内が出ており興味深い。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1932 公会堂の松屋デー(S7.11.1岩手日報) 岩手県公会堂で松屋デーとして特売会をやるという記事。 ところで、一面が広告になってる時代もあったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 11月 1932 岩手軽便鉄道では木炭の出荷が激増(昭和7年11月1日) 昭和7年11月1日の岩手日報より。 岩手軽便鉄道貨物課の調べでは、この年の上半期(昭和7年4〜9月)の貨物の動きは右の表の通りであると明かした。 特に木炭は激増しており、東京方面で買い手がついたのだという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 26 1月 1932 江刺市内の食料品店でビスケット祭り(昭和37年1月26日) 昭和37年1月26日の岩手民声新聞より。 江刺市内の食料品店でビスケット祭りがあるという。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 1月 1932 石黒知事が県北の凶作地を視察(S7.1.10岩手日報) 昭和7年1月10日の岩手日報より。 当時の石黒英彦知事は、県北の凶作地を視察して歩くことにした。二戸警察署長の案内で馬橇に乗り、小鳥谷村の軽井沢部落に差し掛かる。谷底にあるみすぼらしい一軒家に「誰かいるかね」と声をかけても返事がない。奥に入ると中は真っ黒で顔も見えず、再び声をかけると藁布団から現れた… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10 1月 1932 上等うさぎ肉400瓦13銭!(S7.1.10岩手日報) 昭和7年1月10日の岩手日報より。 盛岡市内の肉屋「鶏屋」では、1月10日から12日までの3日間、特売を実施していた。 広告によれば、寒の地玉子は10個で25銭、豚肉は400瓦(グラム)で30銭。 これに対し、上等うさぎ肉は同じ400瓦で13銭と、豚肉の半分以下の値段だった。 当時は鶏肉や豚肉と並び… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10 1月 1932 盛岡〜日詰の乗合自動車の冬ダイヤ(S7.1.10岩手日報) 昭和7年1月10日の岩手日報に、盛岡〜日詰間を結ぶ乗合自動車の冬ダイヤが掲載されている。 運行していたのは「佐藤自動車部」という事業者で、当時はまだ地域ごとにこうした小規模事業者が路線を運営していた。 この佐藤自動車部も、戦時統合によって昭和18年に発足する「岩手中央バス」に吸収されることとなる。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 1月 1932 昭和7年当時の盛岡市内の個人医院(S7.1.8岩手日報) 昭和7年1月8日の岩手日報に掲載された広告より。 当時の盛岡市内にあった個人医院は次の通りです。 阿部医院(外科・肛門科・性病科)盛岡市仁王小路 船山医院(婦人科・産科、入院室あり)盛岡市馬場町 見坊内科医院(内科一般、特に胃腸)盛岡市仁王小路 斗ヶ澤医院(乳児科・小児科)盛岡市仁王小路 井川医院(… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 1月 1932 盛岡・村定蓄音機部「世界一のビクター蓄音機を65円で!」(昭和7年1月6日) 昭和7年1月6日の岩手日報より。 広告欄には、村定蓄音機部がビクター蓄音機の広告を出している。 「輸入当時なら150〜160円のビクター蓄音機も時代の進歩でわずか65円に!」 ちなみに、この記事を書いている令和4年現在、村定楽器店は盛岡市材木町で盛業中である。  … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 1月 1932 断然斯界の権威!飯塚洋服店(昭和7年1月5日) 昭和7年1月5日の岩手日報より。 広告欄には盛岡市内丸の飯塚洋服店の広告がある。 「断然斯界の権威!優れた技術!優良なる生地!」 こんな大時代的な惹句こそが昭和初期である。 ところで、飯塚洋服店とは後年のイイヅカでショッピング〜のイイヅカ? … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 1月 1932 松屋デパートで初売御礼大売り出し(昭和7年1月4日) 昭和7年1月4日の岩手日報より。 盛岡の松屋デパートでは、初売り御礼大売り出しを行うという。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 1月 1932 川徳の初売(S7.1.1岩手日報) 昭和7年1月1日の岩手日報より。 盛岡の呉服店・川徳では、新年恒例の初売りが行われた。 広告には「三十銭均一」「五十銭均一」といった価格別の福袋企画があり、紅木綿、真岡薄花、白小巾モス、欝金木綿、白ネルなど、当時の日常着や晴れ着に欠かせない反物・生地が並んでいる。 新年の晴れやかな雰囲気の中、常連客… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 9月 1931 盛岡鉄道工場の車輪・仕上職場近く竣工(S6.9.12岩手日報) 昭和6年9月12日の岩手日報によれば、盛岡鉄道工場で建設が進められていた車輪・仕上職場が、いよいよ完成間近となった。着工は同年4月24日で、約7か月の工期を経て12月1日からの作業開始が予定されている。 この新しい職場では、客車や貨車の車輪交換、洗浄といった整備作業が行われることになる。写真には、工… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 11 9月 1931 水沢の牛乳搾取業者(原文ママ)が安上がりな消毒殺菌装置を開発(S6.9.11岩手日報) 昭和6年9月11日の岩手日報より。 胆沢郡水沢町の牛乳搾取業者が、従来の汽火熱式(スチーム式)牛乳消毒殺菌器に代わる、新しい「かまど式殺菌器」を発明したという。 この装置は、昔ながらのかまどの構造を応用したもので、価格は3斗(約54リットル)容量で150円程度。従来の汽火熱式では300円ほどかかるた… 続きを読む
l全県 6 9月 1931 岩手日報の1面トップは全面「キング」の広告(S6.9.6岩手日報) 昭和6年9月6日の岩手日報より。 この日の1面トップは、なんと雑誌「キング」の全面広告であった。 戦前の新聞では、こうした大判広告が1面を占拠することもあったようだが、岩手日報のような地方紙でも実際に行われていたのは興味深い。 新聞といえばニュース記事が並ぶという現代の感覚からすると、かなり意外な紙… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 4 9月 1931 水沢〜岩谷堂のバス時刻表(昭和6年9月4日) 昭和6年9月4日の岩手日報には、水沢〜岩谷堂間のバス時刻表が掲載されている。 運行は「胆江自動車」と「水岩自動車」の共同事務所による共同運行で、午前から夕方まで数本ずつの便が設定されていた。 当時は舗装道路も限られ、路面や天候によって所要時間が変動することも多かったはずだ。 それでも、新聞に定期運行… 続きを読む
hスポーツ 3 9月 1931 人見絹枝嬢の死因は過労と!運動の季節に注意!(S6.9.3岩手日報) 昭和6年9月3日の岩手日報に掲載された広告。女子陸上競技の先駆者であり、日本人女性として初めてオリンピックに出場した人見絹枝が亡くなったのは、この1か月前のことだった。死因は過労とされ、その衝撃は大きかった。 広告ではこの出来事に触れつつ、「過労は短命のもと」と警告。体力を回復させるには薬の服用が有… 続きを読む
m県外・参考 1 9月 1931 農家なら気になる「二百十日」、昭和6年はどうなる…?(S6.9.1岩手日報) 二百十日といえば、稲作農家にとっては一年の節目とも言える重要な日である。立春から数えて210日目、例年9月1日がこれにあたる。 この日は古来より「台風が来る日」として恐れられてきた。せっかく育ててきた稲が、刈り入れ前に暴風雨でなぎ倒されるかもしれないという不安がつきまとうからだ。 昭和6年の「二百十… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 9月 1931 盛岡・松屋で創業4周年謝恩の市(S6.9.1岩手日報) 昭和6年9月1日の岩手日報には、盛岡市中ノ橋通にあった百貨店「松屋」による創業4周年記念の広告が掲載されている。 広告によれば、松屋では「謝恩の市」と題し、「年一度の大奉仕」として特別セールを開催。目玉は「秋の新柄発表大会」で、呉服・洋布・モスリンなど秋の装いを揃えた品々が並ぶという。さらには「興趣… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 1 9月 1931 水沢と江刺を結ぶ桜木橋が九分通り竣工(S6.9.1岩手日報) 昭和6年9月1日の岩手日報より。 桜木橋がいよいよ九分通り完成し、9月20日頃には祝賀会が行われる予定となった。 この橋は、胆沢郡水沢町と江刺郡愛宕村を結ぶ幹線道路上に架けられたもので、交通の便はもちろん、地域の発展に大きく寄与することが期待されている。地理的には、佐倉河村(現・奥州市水沢佐倉河)と… 続きを読む
m県外・参考 1 1月 1931 在仙県人有志からも年始の挨拶(S6.1.1岩手日報) 昭和6年の元日、岩手日報紙面には、仙台で活躍する岩手県出身者や県ゆかりの企業からの新年広告がずらりと並んだ。 「謹賀新年」の大きな題字とともに、「在仙縣人有志不動町」と記された枠には、仙台市で事業や商売を営む岩手出身の人々が名を連ねている。 また、広告を出している企業の多くは、所在地に「仙臺」「青葉… 続きを読む
l全県 1 1月 1931 県内各企業の年始広告(S6.1.1岩手日報) 昭和6年元日、岩手日報に掲載された県内企業の年始広告には、当時の岩手経済界の様相がよく現れている。 中でも目を引くのが「岩手軽便鉄道株式会社」の広告である。同社は花巻町に本社を構え、花巻から遠野を経て仙人峠へと至るナローゲージ(軌間762mm)の地方鉄道を運営していた。後年、国鉄に買収されて「釜石線… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 3月 1930 商品陳列所に雛人形(S5.3.2岩手日報) 現在の「もりおか歴史文化館」が建つ場所には、かつて「商品陳列所」と呼ばれる建物があった。これは岩手県が設置した公共施設で、県内の工業製品や地域の物産を展示・紹介する場として利用されていた。のちに「岩手県工業試験場」を経て、現在の「岩手県工業技術センター」へとその系譜は受け継がれていく。 新聞に掲載さ… 続きを読む