c交通

106急行が運行開始(S53.11.1) a盛岡・岩手郡・紫波郡

106急行が運行開始(S53.11.1)

国道106号の改良工事が、昭和53年秋に完了した。着工から実に十二年、国と県あわせて二百三十八億円という当時としては破格の巨費が投じられた大事業だった。宮古―盛岡間は、十九のトンネルと四十一の橋によって結ばれ、距離は約百八・五キロから九十五・九キロへと短縮された。それ以上に大きかったのは時間距離の変…
花巻空港反対同盟と調印(S53.9.16) f花巻・稗貫郡

花巻空港反対同盟と調印(S53.9.16)

花巻空港の拡張問題が、実に八年越しで一つの節目を迎えたのは、昭和53年9月16日のことだった。花巻市西宮野目の宮野目公民館で、県と花巻空港拡張反対期成同盟会との会談が開かれ、双方が「円満解決」を確認する文書に調印したのである。 この問題は、県が昭和46年、航空需要の増加を見込み、ジェット機が発着可能…
「岩手県交通」発足するも前途多難(S51.6.1) l全県

「岩手県交通」発足するも前途多難(S51.6.1)

昭和51年6月1日、岩手県内のバス会社である岩手中央バス、県南バス、花巻バスの3社が合併し、新会社「岩手県交通株式会社」が発足した。この合併は、マイカー普及や過疎化による経営悪化を受け、路線の合理化や安定経営を目指したものだった。新会社の資本金は約1億6,488万円で、従業員は2,704人、バス台数…
東北新幹線大宮以南問題で合意形成(S51.4.30) m県外・参考

東北新幹線大宮以南問題で合意形成(S51.4.30)

東北新幹線の工事が大幅に遅れたのは、石油危機による建設費圧縮だけが理由ではなかった。住民の反対運動、国会の混乱による国鉄財政の悪化、用地買収の停滞――複数の要因が重なり、1970年代半ばの建設現場は深刻な停滞期を迎えていた。 記事が書かれた当時(昭和51年前後)、東北新幹線はすでに国鉄の運輸大臣認可…
運輸省が花巻空港拡張を認可(S50.12.23) f花巻・稗貫郡

運輸省が花巻空港拡張を認可(S50.12.23)

昭和五十年十二月二十三日、運輸省が花巻空港の拡張計画を正式に認可した。空港の拡張構想が持ち上がってからすでに六年が経過しており、その間、花巻市と岩手県が推進する一方で、周辺農民を中心とする反対運動が続いていた。現地では座り込みやデモが繰り返され、十月には反対派が県庁を包囲する事態にも発展した。運輸省…
公労協のストに県民大迷惑(S50.11.26) l全県

公労協のストに県民大迷惑(S50.11.26)

昭和50年11月26日から始まった公労協のストライキは、最終的に192時間に及ぶ長期ストとなり、県内の交通や郵便に大きな混乱をもたらした。高校では遠距離通学者の大量欠席が相次ぎ、観光地や商店街の経済にも深刻な影響を与えた。 ストの目的は、公務員のスト権奪還だったが、政府の強硬な姿勢により成果を得られ…
国鉄盛岡工事局が新幹線用地の権利取得申請(S50.5.31) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄盛岡工事局が新幹線用地の権利取得申請(S50.5.31)

東北新幹線と東北自動車道の予算が据え置かれたため、開業が遅れる見通しが強まっています。特に東北新幹線は、人件費や資材の高騰により、実質的な工事量が大きく減少し、当初予定の5年以内の開業が2年以上遅れることが確実となりました。政府の予算抑制により、工事費が高騰し、資材も不足しています。用地買収が進んで…
全日空雫石事故で自衛官に厳しい判決(S50.3.1) a盛岡・岩手郡・紫波郡

全日空雫石事故で自衛官に厳しい判決(S50.3.1)

1971年に発生した全日空機と自衛隊機の空中衝突事故について、1975年3月1日に盛岡地裁で判決が言い渡されました。この事故では全日空機に乗っていた162人が死亡し、被告の航空自衛隊員・隈太茂津一尉と市川良美二曹が業務上過失致死で起訴されました。裁判では、事故の責任が自衛隊側か全日空側にあるのかが争…
長距離トラック運転手殺害事件(S49.7.10) a盛岡・岩手郡・紫波郡

長距離トラック運転手殺害事件(S49.7.10)

昭和49年7月10日午前、宮城県気仙沼市港町の岸壁付近で、海面を漂うロープで縛られたシートが発見され、その中から遺体が確認された。この遺体は北海道恵庭市の男性で、札幌から群馬県へ乳牛を運搬中に殺害されたと判明した。同時に乳牛を積んだトラックも行方不明となっていた。 午後、宮城県警から手配を受けた岩手…
田野畑〜普代にシーサイドライン開通(S49.4.1) d宮古・下閉伊郡

田野畑〜普代にシーサイドライン開通(S49.4.1)

昭和49年4月1日、岩手県下閉伊郡田野畑村明戸と普代村太田名部を結ぶ観光有料道路「シーサイドライン」が開通し、同月25日には千田知事らが出席して盛大な開通式が行われた。この道路は、田野畑村北山崎から普代村までの男性的で荒々しい断崖の海岸美を生かし、観光ルートとして整備されたもので、県内では八幡平、小…
県内の交通事故死者数が過去最悪に(S48.12.31) l全県

県内の交通事故死者数が過去最悪に(S48.12.31)

昭和48年、県内の交通事故による死者数が219人と過去最悪を記録し、10年前の倍以上に達した。全国では事故件数や死者数が減少傾向にある中、県内では増加が続き、全国でも4番目の増加幅となった。この状況を受け、県警は「100日作戦」や「交通死亡事故半減非常体制」を展開し、交通規制の強化や安全啓発運動を推…
東北新幹線盛岡以北が八戸ルートに決定(S48.10.17) m県外・参考

東北新幹線盛岡以北が八戸ルートに決定(S48.10.17)

東北新幹線は昭和52年春の開業を目指して建設が進められていたが、政府の総需要抑制策や埼玉県大宮市以南の住民の反対により、開業が1年延期される可能性が高まっていた。国鉄の藤井総裁は、大宮以南の住民が早期に同意すれば昭和52年開業も可能と述べたが、住民側は高架方式に強く反対し、国鉄に計画の白紙撤回を求め…
盛岡駅前再開発計画の原案(S48.1.18) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡駅前再開発計画の原案(S48.1.18)

昭和48年1月18日、盛岡駅前の未来を決定づける再開発基本計画の中間報告原案が発表されました。現在の盛岡駅前を形作る人工地盤や街区の構想は、まさにこの日にその産声を上げたと言えます。 当時の盛岡駅は、東北新幹線の開業を見据え、乗降客が将来的に1日5万人にまで倍増すると予測されていました。その混雑を解…
花巻市議会で花巻空港拡張反対陳情が不採択(S47.8.29) f花巻・稗貫郡

花巻市議会で花巻空港拡張反対陳情が不採択(S47.8.29)

花巻空港拡張計画は、利用客の増加と高速交通時代への対応を目的としていますが、地元住民の強い反対により難航しています。昭和47年、県と市議会の審査が行われ、県は拡張整備費用を計上し計画を進める姿勢を示しました。しかし、地元住民は騒音や地域の伝統が損なわれることを懸念し、反対同盟会を結成して空港拡張に強…
盛岡市内で徒歩ラリー a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内で徒歩ラリー

IBCアーカイブの旅より。 盛岡駅を出発点として「徒歩ラリー」が行われた模様。 「3.12ラリー」とあるので3月12日なのだろう。この日は日曜日であった。 盛岡駅や東大通りなど、見覚えのある懐かしい風景がいろいろある。 https://www.youtube.com/watch?v=DPatuVin…
花巻電鉄全線廃止 f花巻・稗貫郡

花巻電鉄全線廃止

花巻駅と花巻温泉郷を結ぶ花巻電鉄が赤字体質だったのは、昭和30年代からのことだったようである。 それは、自家用車保有率の向上つまりモータリゼーションによるものだった。 昭和44年にはあの馬面電車でゆうめいな花巻~西鉛温泉の軌道線が廃止となり、花巻~花巻温泉間の鉄道線だけが残っていたが、「走れば走るほ…
東北新幹線の工事開始(S46.11.25) i一関・西磐井郡

東北新幹線の工事開始(S46.11.25)

昭和46年10月、東京〜盛岡間の東北新幹線建設計画が正式に認可され、ついに「高速時代」が北国にも到来することになった。前年の昭和45年に全国新幹線鉄道整備法が成立して以来、上越・成田とともに東北新幹線も優先路線として位置づけられ、国鉄が建設主体となった。そして昭和46年10月の建設認可を受け、翌月2…
全日空雫石事故(S46.7.30) a盛岡・岩手郡・紫波郡

全日空雫石事故(S46.7.30)

昭和46年7月30日午後2時3分頃、岩手県雫石町上空で札幌発羽田行きの全日空旅客機(ボーイング727型機)が航空自衛隊松島基地所属のF86Fジェット戦闘機と空中接触し、全日空機は水平尾翼を損傷して墜落した。この事故により乗員7人、乗客155人の計162人全員が死亡した。一方、自衛隊機の操縦士は脱出し…
岩手中央バス上田営業所が移転して河南営業所が開業 a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手中央バス上田営業所が移転して河南営業所が開業

昭和46年5月29日の岩手日報より。 岩手中央バスの上田営業所が南大通2丁目の旧盛岡青果支場跡(鐘紡前バス停)に移転し「河南営業所」としてスタートすることとなった。 これにより、盛岡バスセンター発着の一部路線を鐘紡前に移転することとなった。 【鐘紡前を起終点とする路線】 系統変更あり 上田線 厨川線…