j生活 7 1月 1989 天皇陛下崩御・昭和最後の日(昭和64年1月7日) 昭和最後の日のことは個人的な思い出で。 https://www.youtube.com/watch?v=wO8F211cQOk 確かもう盛岡で中学生になっていた。 1月7日なので、岩手県だとまだ冬休みである。 前年から毎日毎日脈拍と下血のニュースばかりやっており、何かと言えば自粛ムードだった。 そし… 続きを読む
l全県 1 1月 1989 年始広告も「初春のお慶び」ではなく「初春のごあいさつ」(昭和64年1月1日) 昭和64年1月1日の岩手日報の広告欄に掲載された県内各企業の広告は、ことごとく「初春のお慶びを申し上げます」ではなく「謹んで初春のごあいさつを申し上げます」。 天皇陛下が御危篤の状態で自粛ムードとなっており「慶び」という雰囲気ではなかったのだ。 … 続きを読む
l全県 3 12月 1967 読者が決める昭和42年の岩手の10大ニュースは?(S42.12.3岩手日報) 昭和42年も12月に入り、10大ニュースを募る時期となっていた。 それで、11月までの主だったニュースを列挙している。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 11月 1967 テレビ・ラジオ番組表(昭和42年11月1日) 昭和42年11月1日の岩手東海新聞より。 当時のラジオ・テレビ欄。 かなりテレビも充実していることがわかる。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 1月 1967 NHK釜石放送局「集金員募集します!」(昭和42年1月9日) 昭和42年1月9日の岩手東海新聞より。 NHK釜石放送局では、集金員を募集していた。 今で言えば「地域スタッフ」であるが、「NHKをぶっ壊す!」みたいな政党が全くなかった当時、集金員は危険の無い仕事だったのだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 11月 1966 テレビ・ラジオ番組表(昭和41年11月7日) 昭和41年11月7日の岩手東海新聞より。 テレビ・ラジオ番組表は以下のようになっていた。 まだまだラジオの方が主流だった時代。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12 7月 1966 テレビ・ラジオ番組案内(昭和41年7月12日) 昭和41年7月12日の岩手東海新聞より。 この日のテレビ・ラジオの番組表。 まだラジオの方が大きかった。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 3月 1966 釜石・小佐野小学校五葉分校にブーフーウー(昭和41年3月3日) 昭和41年3月4日の岩手東海新聞より。 3月3日はひな祭りであり、釜石市の小佐野小中学校五葉分校では、当時人気であった「ブーフーウー」の出し物も行われ、僻地の子供たちは大喜びであったと言う。 … 続きを読む
m県外・参考 11 1月 1966 岩手日報の編集局長が見たベトナム戦争(S41.1.11岩手日報) 1966年、ベトナム戦争が激しさを増す中で、岩手日報の渡辺編集局長が自ら現地でカメラに収めた光景が当時の紙面に生々しく記録されています。そこには戦時下の残酷な現実と、その傍らでたくましく生きる人々の日常が同居していました。 紙面の中で最も痛々しいのは、サイゴン市内の病院で治療を受ける二人の少年の姿で… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 10月 1965 盛岡でテレビ授業に1000人が参加(昭和40年10月8日) 昭和40年10月8日の岩手日報より。 10月8日から2日間の日程で、盛岡市を会場に「第16回放送教育研究会東北大会」が行われた。 この大会が岩手県内で行われたのは3度目であるという。 初日は岩大附属小学校・桜城小学校・城西中学校・盛岡二高・東北銀行ホールの5か所で、県内外から1000人が集まって公開… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 3月 1965 テレビ・ラジオ番組案内(昭和40年3月1日) 昭和40年3月1日の岩手日報より。 岩手東海新聞のテレビ・ラジオ欄は以下のようになっており、なおかつラジオの方がまだ主だった。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 23 1月 1965 岩泉の炭焼きの厳しい生活を描いた「焼き子の唄」が津川雅彦主演でテレビドラマ化(昭和40年1月23日) 昭和40年1月19日の岩手日報より。 昭和39年の「農民文学賞」を受賞した岩泉町出身の菅原康氏の「焼き子の唄」がNHKで単発ドラマ化されることになった。 主演は津川雅彦と川口知子。 ロケ地は岩泉町ではなく群馬県の四万温泉であったが、ここも製炭業が盛んであったという。 都会的な役の多かった津川と川口は… 続きを読む
l全県 1 8月 1964 東京オリンピックは人工頭脳テレビで!(S39.8.1岩手日報) 昭和39年8月1日の岩手日報に掲載されたこの広告は、東京オリンピック開幕を目前に控えた当時の熱狂と、技術革新への強い憧れを鮮烈に伝えています。紙面を大きく飾るのは、松下電器が世に送り出したナショナル人工頭脳テレビの宣伝です。現在私たちが耳にする人工知能、すなわちAIという言葉とは趣が異なりますが、当… 続きを読む