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弘前大学に野辺地分校? c久慈・九戸郡

弘前大学に野辺地分校?

昭和33年4月19日の読売新聞岩手版には、大学合格者情報が載っている。 久慈高校から弘前大学教育学部野辺地分校に二次募集で1名合格したことが報じられている。 弘大って野辺地分校なんてあったんだ・・・ Wikipediaを探してみるとすぐに行き当たった。 (Wikipedia「青森青年師範学校」より)…
久慈川の用水改良が6年越しに完成へ(昭和33年1月18日) c久慈・九戸郡

久慈川の用水改良が6年越しに完成へ(昭和33年1月18日)

昭和33年1月18日のデーリー東北より。 久慈川の用水改良工事は、岩手県の土地改良事業の中でも最大のプロジェクトと位置付けられていたが、その難工事が大詰めに達したという。 この工事の完成により、年間2,700石の増産が見込めるという。 ところで、この2,700石とは、現在の基準で言えばどのくらい?と…
痔(ガッチャキ)はなおる!(S33.1.12デーリー東北) c久慈・九戸郡

痔(ガッチャキ)はなおる!(S33.1.12デーリー東北)

昭和33年1月12日のデーリー東北を開くと、現代の洗練された広告とは一線を画す、凄まじい熱量を持った紙面に目が釘付けになります。何より圧倒されるのは、紙面の半分近くを占拠せんばかりの巨大な「ぢ」という一文字です。そのすぐ横には「はなおる!」という力強い言葉が添えられており、悩みを抱える読者へ真っ向か…
種市町に初の下水道(昭和33年1月12日) c久慈・九戸郡

種市町に初の下水道(昭和33年1月12日)

昭和33年1月12日のデーリー東北より。 下水道の無い種市町の駅前通りは、街中に汚水が流れ泥んこ状態であったという。 それで、昭和32年から2ヶ年計画で下水道工事を進めていた。 消火用水路を兼ねるもので、国庫補助5割で昭和32年度は駅前の200メートルが完成するという。   というか、下水…
久慈・玉の脇川に砂防ダム(昭和33年1月11日) c久慈・九戸郡

久慈・玉の脇川に砂防ダム(昭和33年1月11日)

昭和33年1月11日のデーリー東北より。 この時期、玉の脇漁港はサバの漁場として注目を浴びていたようである。 しかし、玉の脇川の土砂が流出し、岸壁付近が年々浅くなって行っていることから、玉の脇川に砂防ダムを建設していた。 そして二年掛かりで建設し、第一砂防ダムが完成したというのである。  …
久慈に砂鉄鉄瓶工場(S32.11.17デーリー東北) c久慈・九戸郡

久慈に砂鉄鉄瓶工場(S32.11.17デーリー東北)

昭和32年11月17日付のデーリー東北の紙面には、当時の久慈地方における地場産業の活気と、人々の期待が熱烈に記されています。 Screenshot 砂鉄鉄瓶を主力とする久慈市新町の山王堂、すなわち久慈新町株式会社が新工場を完成させたというニュースは、まさに当時の地方経済の明るい希望でした。久慈地方特…
久慈に新たな市営病院を(S32.11.15デーリー東北) c久慈・九戸郡

久慈に新たな市営病院を(S32.11.15デーリー東北)

昭和32年11月15日のデーリー東北は、久慈市が市直営病院の建設に本格的に乗り出したことを伝えている。10月の市議会で建設が正式に決まり、その後に行われた入札会では市内の建設会社が落札した。新しい病院は、市が所有している久慈県税事務所跡地に建てられることになった。 Screenshot 完成すれば、…