e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1963 釜石の市議会選挙を前に(S38.7.1岩手東海新聞) 昭和38年7月1日発行の岩手東海新聞を紐解くと、そこには高度経済成長期の熱気に沸く釜石の生々しい人間模様が記録されています。この記事の主役は、当時の釜石の心臓部とも言える只越から港町にかけての界隈です。紙面を覆うのは市議選を目前に控えた異様な緊張感であり、記者はそれを争奪戦や戦いという言葉で表現して… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 21 3月 1963 大映若手スターの姿美千子と渚まゆみが釜石へ(S38.3.21岩手東海新聞) 【昭和レトロ・発掘】1963年の釜石に大映スターがやってきた!姿美千子&渚まゆみ来訪記 こんにちは。今日は、手元にある大変貴重な新聞の切り抜きから、当時の釜石が熱狂した「ある一日」をご紹介します。 Screenshot 日付は昭和38年(1963年)3月21日。岩手東海新聞の紙面を飾っているのは、当… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 11月 1962 松尾鉱山の退職者が釜石線の車内で切腹(昭和37年11月5日) 昭和37年11月7日の河北新報岩手版より。 11月5日夜23時25分ごろ、釜石線の下りの釜石行きの列車が、洞泉駅に差し掛かった頃、前から2両目の列車の乗客が突然ナイフで腹を切って自殺しようとした。 他の乗客がこれを止めて、県立釜石病院に収容したが、全治1週間の怪我で命に別状はなかった。 自殺を図った… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 11月 1962 大槌中学校でサンマの缶詰実習(S37.11.2河北新報岩手版) 大槌中学校は産業教育が盛んだったようで、フォークリフトの運転やら何やらやっていたようだが、その一環としてサンマの缶詰実習と。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 17 10月 1962 釜石・錦館で「学生芸者 恋と喧嘩」「硝子のジョニー 野獣のように見えて」「激しい河」を公開(昭和37年10月17日) 昭和37年10月17日の岩手東海新聞には、当時の釜石・錦館で上映されていた豪華な映画興行の様子が克明に刻まれています。 まず広告の中央でひときわ目を引くのは、日活の至宝と謳われた芦川いづみが主演を務める「硝子のジョニー 野獣のように見えて」です。本作は、過酷な境遇に置かれながらも純真さを失わないヒロ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 10月 1962 釜石駅前で防犯展示会(S37.10.4岩手東海新聞) 昭和37年10月、釜石駅前では「防犯展示会」が開かれていた。 当時の新聞によると、会場には警察署や防犯協会などが協力して作成したパネルが並び、通行人が足を止めて見入っていたという。 Screenshot 昭和20年代の防犯展示といえば、実際の事件現場写真などが並び、かなり刺激の強い内容だったそうだ。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 10月 1962 大槌で大槌で牛のせり市(S37.10.3岩手東海新聞) 大槌町では、秋の恒例となる牛のせり市が開かれた。会場は町方の家畜保健所前と、金沢地区の農協前の2ヶ所。 Screenshot この日、出陳された牛はオス・メス合わせて150頭(それぞれ75頭ずつ)。会場には県内はもとより、隣県・宮城からも多くの買参人が訪れ、その数はおよそ500人にのぼったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 10月 1962 ハリキリさん「マッチ探してきて」(昭和37年10月3日) 昭和37年10月3日の岩手東海新聞より。 当時連載されていた「ハリキリさん」ではマッチがテーマになっている。 この家ではすでに都市ガスが引かれていたようで、ガス器具があるのだが、マッチがない。 そこで、子供にマッチを探すよう言い付ける。 果たして、子供がマッチを見つけたところはお父さんの洋服の中。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 10月 1962 釜石の栗橋で芋の子会(昭和37年10月3日) 昭和37年10月3日の岩手東海新聞より。 秋になると岩手も「いもの子会」のシーズンである。 芋煮会といえば、宮城や山形の味噌・醤油論争が有名であるが、岩手でも「芋の子会」として秋に開催されることが多い。 これは釜石の鵜住居から遠野に抜ける笛吹峠の手前の栗橋の河原にて芋の子かいの風景。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 10月 1962 芸術の秋!10月9日に新制作座釜石公演を行います!(昭和37年10月3日) 昭和37年10月3日の岩手東海新聞より。 10月9日に、新制作座の東京公演が予定されているという。 新制作座は、昭和25年に旗揚げされ、学校などでも上演している劇団で、令和4年現在でもNPO法人として現存している。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 10月 1962 釜石製鉄所クラブ女子従業員募集(昭和37年10月2日) 昭和37年10月2日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、クラブでは働く女子従業員を募集するという。 クラブとは福利厚生施設のことだろうか。 未婚で住み込みが条件であるという。 今ならば問題になっている条件ではないだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 10月 1962 岩手東海新聞社員が釜石製鉄所を見学(昭和37年10月1日) 昭和37年10月1日の岩手東海新聞より。 岩手東海新聞社の社員が釜石製鉄所を見学したという。 この当時、まだ釜石には9万人の人口がいた。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 30 9月 1962 釜石電報電話局「市外電話料金が変わります!」(昭和37年9月30日) 昭和37年10月2日の岩手東海新聞より。 釜石電報電話局は、市外電話の料金が変わる旨の広告を出していた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 30 9月 1962 釜石小学校で運動会(昭和37年9月30日) 昭和37年10月1日の岩手東海新聞より。 釜石小学校で運動会があったという。 個人的な体験で言うと、釜石小学校の校舎というと、国道45号線の鳥谷坂トンネルに入る直前にある古めかしい鉄筋校舎のイメージがあったが、昭和37年頃の建築ということは、それほど古くもなかったようだ。 鉄サッシが古めかしく見えた… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 28 7月 1962 盛岡・川徳デパートで夏のご贈答品フェア(昭和37年7月28日) 昭和37年7月28日の岩手東海新聞より。 盛岡の川徳デパートが夏のお中元商戦で広告を出している。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1962 釜石の鰻屋「7月26日は土用の丑ですよ!」(昭和37年7月25日) 昭和37年7月25日の岩手東海新聞より。 翌7月26日は土用の丑なので鰻屋も広告に力が入る。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1962 釜石製鉄所構内で姿を消す蒸気機関車(昭和37年7月25日) 昭和37年7月25日の岩手東海新聞より。 この時期、日本の鉄鋼業界は、経済不況によって合理化足踏み状態になっていたのだと言う。 そのような中でも、釜石製鉄所の構内を走る鉄道路線は、蒸気汽関車からディーゼルに変わっていた。 釜石製鉄所に初めてディーゼル機関車が導入されたのは、昭和30年10月の事なのだ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 25 7月 1962 釜石・第一劇場で「穴」「昼下がりの決斗」を公開!(昭和37年7月25日) 昭和37年7月24日の岩手東海新聞より。 釜石・第一劇場では「穴」「昼下がりの決斗」を公開する。 「穴」(原題:Le trou)は、昭和35年のフランス映画。日本での初公開は昭和37年4月7日。昭和22年に実際に起きた脱獄事件をモデルに描いているのだと言う。 「昼下がりの決斗」(原題:Gun in … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 7月 1962 電気熔接機は150アンペア34,000円から!(昭和37年7月24日) 昭和37年7月24日の岩手東海新聞より。 広告欄には、電気溶接機などと言うものが出ている。 150アンペアで34,000円からと言うが、こんなのが売れるのは、釜石ぐらいのものではないだろうか。 また、50ヘルツと60ヘルツの値段が書いているが、釜石はもちろん50ヘルツしかない。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 16 7月 1962 8月13日にこまどり姉妹が釜石に来ます!(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の岩手東海新聞より。 広告欄では、東殖デパートが「こまどり姉妹ショーにご招待」という広告を打っている。 8月13日に錦館で予定されており、特に16歳以上の双子は無料で招待するという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 16 7月 1962 7月28日に大鵬や柏戸が釜石に来ます!(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の岩手東海新聞より。 7月28日に大相撲釜石準場所が予定され、大鵬や柏戸が釜石に来るという。 また、前田川など郷土力士も来るということで期待された。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 13 7月 1962 及新百貨店の5階展望食堂の土曜日の午後(昭和37年7月13日) 昭和37年7月13日の岩手東海新聞より。 広告欄には及新デパートの5階展望食堂。 いわく「及新5階展望食堂の一隅より流れている笑い、会話の中心は代表的なオフィスマンスタイルのセミスリーブの彼です」 そういえばこの頃は土曜日は「半ドン」だった。 ところで、この「オフィスマンスタイルのセミ… 続きを読む