l全県 10 7月 1945 仙台鉄道局では7月11日~9月10日を「極限的輸送力増強期間」とする(昭和20年7月10日) 昭和20年7月10日の岩手日報より。 仙台鉄道局では、戦時体制の維持の為に、7月11日~9月10日を「極限的輸送力増強期間」と定めることにした。 これは、軍需省(昭和18年に商工省から改組)の定める重要資源と、食糧以外の輸送を極力抑制し、それ以外の貨物の受付を場合によっては拒絶するというもの。 また… 続きを読む
l全県 2 7月 1945 「お願い!内地の人!朝鮮で警察官になって!」(昭和20年7月2日) 昭和20年7月2日の岩手日報の広告欄より。 「朝鮮総督府警察官大増員」という広告がある。 応募資格は「徴兵ヲ終ヘタル満十九歳以上四十歳ノ内地人」。 内地人限定であった。 岩手県下での採用試験は、岩手県警察官練習所と、花巻警察署の2か所であった。 … 続きを読む
l全県 2 7月 1945 県「木炭増産の為に窯を増設しましょう!清酒や衣料品の配給を増やしますよ!」(昭和20年7月2日) 昭和20年7月2日の岩手日報より。 木炭の需要はいやがうえにも高まっていた。 家庭用に使うだけではなく、自動車を動かす、製鉄用の燃料といった用途でも使うようになっていた。 昭和20年度の生産目標は1114万俵となっていた。 そこで、7~8月を「緊急築窯期間」と定め、増産を図ることとした。 窯の増設に… 続きを読む
l全県 21 4月 1945 本土決戦訓と新聞非常措置(S20.4.10新岩手日報) 昭和20年4月21日「新岩手日報」が語る、極限状態の岩手 終戦まであと4ヶ月と迫った昭和20年(1945年)4月21日。手元にある当時の「新岩手日報」を開くと、そこには岩手が置かれていた凄まじい緊迫感が刻まれています。 Screenshot 3月10日の東京大空襲、そして同日に起きた盛岡空襲の記憶も… 続きを読む
l全県 1 1月 1945 警視庁「お願いだから東京で巡査に応募して!産業戦士やめてでも来て!」 昭和20年元旦の岩手日報より。 東京の警視庁が新聞広告で大々的に巡査を募集している。 この増産報国のご時世に、「産業戦士モ奮テ応募セヨ」となりふり構わず応募かけている。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1944 12月15日以降白金を所有している人は罰金か懲役ですよ!供出しましょう!(昭和19年12月1日) 昭和19年12月1日の新岩手日報より。 戦局は逼迫しており、白金の供出に迫られていた。 それで、「12月15日以降の白金の所有者は懲役10年以下か罰金500円以下」になるというのである。… 続きを読む
l全県 1 12月 1944 東北配電より電灯用電球の配給に関するお知らせ(昭和19年12月1日) 昭和19年12月1日の新岩手日報より。 当時は電気事業は「東北配電」であった。 そして電球も配給制だったようである。 その旨のお知らせ。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1944 防寒着や飛行服のためにヌートリアを飼育しましょう!(昭和19年12月1日) 昭和19年12月1日の新岩手日報より。 広告欄には飛行服のためにヌートリアの飼育を奨励する広告。 ヌートリアは良質の毛皮になるので、飛行服や防寒着用に飼育を奨励されていた。 しかし、平成以降は「特定外来種」として農作物を食害する害獣として忌避されることになる。 人間の罪深きことよ・・・ … 続きを読む
l全県 2 8月 1944 夏休み返上で鍛える少年航空兵希望の国民学校児童(S19.8.2新岩手日報) 夏休み返上で、国民学校の児童が少年航空兵目指して鍛えているというが、岩手県内の学校かどうかは不明。 まさかこういうのまで軍事機密だったとか?… 続きを読む
l全県 1 8月 1944 今日から学童の夏季鍛錬期間(S19.8.1新岩手日報) 戦時中なので夏休みだからといって子供だってゆっくりできるわけではない。 夏季鍛錬期間といって何かしらやらないといけなかった。 … 続きを読む
l全県 1 8月 1944 岩手県協和会が朝鮮半島出身労働者を表彰(S19.8.1新岩手日報) 岩手県協和会は、半島出身労働者を表彰した。 このことからも、朝鮮人がどこで多く働いていたかが分かろうというもの。 … 続きを読む
l全県 8 12月 1943 岩手興産無尽も「貯蓄必成」「米英撃滅」(S18.12.8岩手日報) 昭和16年に太平洋戦争が始まって3年目を迎えようとしていた。 それで岩手興産無尽(現:北日本銀行)も気合の入った手書き広告。 それに加えてラジオ番組欄も。… 続きを読む
l全県 8 12月 1943 必勝の誓ひ新たに奉戴日(S18.12.8新岩手日報) 昭和16年12月8日に太平洋戦争の宣戦布告をしてからというもの、毎月8日は「大詔奉戴日」として必勝の誓いを新たにするようにしていたようだ。 それで、県内の各企業が連名で広告を出していた。… 続きを読む
l全県 1 12月 1943 千葉県の第二海軍航空廠で工員募集(昭和18年12月1日) 昭和18年12月1日の新岩手日報より。 求人広告では、千葉県の第二海軍航空廠で工員を募集している旨。 第二海軍航空ショーとは、現在の航空自衛隊木更津分屯基地となる。 … 続きを読む
l全県 1 7月 1943 防空知識必携(S18.7.1新岩手日報) 【昭和の記録】1943年7月1日、岩手の空を守る「防空必携」の教え 戦時中の人々がどのような「空襲対策」を教えられていたか、皆さんはご存知でしょうか? Screenshot 今回ご紹介するのは、今から80年以上前、昭和18年(1943年)7月1日付の『新岩手日報』に掲載された「防空必携 改訂版」とい… 続きを読む
l全県 15 4月 1943 大政翼賛会岩手県支部「花見シーズン!花に浮かれるな!不要不急の旅行をやめよ!」(S18.4.15新岩手日報) 花見シーズンを前に、大政翼賛会岩手県支部は「花に浮かれるな!不要不急の旅行をやめよ!」と御触れを出す。… 続きを読む
l全県 6 4月 1943 牛は粗食だが菌力で肥っている!だから人間も…(昭和18年4月6日) 昭和18年4月6日の岩手日報より。 広告欄には「牛は粗食だが肥っている」と、イースト菌の広告を打っている。 今考えれば滅茶苦茶だが、この戦時下にあっては一定の説得力があったのだろう。 … 続きを読む
l全県 4 4月 1943 電話供出に赤誠(S18.4.4新岩手日報) 昭和18年3月28日に軍需都市である釜石市の電話網を、受話器を上げるだけで即座に繋がる最新の共電式へと切り替える一方で、仙台逓信局では同時期に一般向けの電話供出運動を強力に展開していました。 Screenshot 同年4月4日付の新岩手日報によれば、電力戦下の重要生産拡充という烈烈な要望に即して、こ… 続きを読む
l全県 17 10月 1942 鉄道時刻が24時間制になります(S17.10.11新岩手日報) 「午後1時は、今日から13時です」 昭和17年(1942年)10月11日。日本人の「時間」の概念が劇的に変わった瞬間が、一枚の古新聞に刻まれていました。 今回ご紹介するのは、岩手県の歴史を語る上で貴重な資料『新岩手日報』の昭和17年10月11日付夕刊(発行は前日の10月10日)です。 Screens… 続きを読む
l全県 7 5月 1942 翼賛選挙で非国民は誰?(S17.5.7新岩手日報) 【昭和の記憶】新聞が問う「非国民は誰か?」— 昭和17年の翼賛選挙と無効票 昭和17年(1942年)5月7日。当時の地元紙『新岩手日報』の紙面に、現代の私たちからすれば背筋が凍るような見出しが躍りました。 「非国民は誰か?」 これは、同年4月30日に行われた第21回衆議院議員総選挙(いわゆる翼賛選挙… 続きを読む
l全県 3 5月 1942 翼賛選挙の選挙結果(S17.5.3新岩手日報) 昭和17年5月3日 新岩手日報に見る「翼賛選挙」の深層 昭和17年(1942年)5月3日の「新岩手日報」の紙面は、まさに翼賛選挙(第21回衆議院議員総選挙)の開票速報と、「推薦候補圧勝」の文字で埋め尽くされています。 国家が「選別」した推薦候補の圧倒的優位 Screenshot この選挙の最大の特徴… 続きを読む
l全県 3 5月 1942 翼賛選挙「断然強い推薦候補!」(S17.5.3新岩手日報) 【歴史を読み解く】昭和17年5月3日「新岩手日報」が伝える、翼賛選挙の熱狂と違和感 古い資料を整理していると、時折、教科書でしか見たことのない「歴史の分水嶺」が生々しい姿で現れることがあります。 今回ご紹介するのは、昭和17年(1942年)5月3日発行の「新岩手日報」。太平洋戦争開戦から半年、日本中… 続きを読む