昭和2年の元旦は「諒闇奉悼」(S2.1.1岩手日報)

昭和2年(1927年)1月1日の岩手日報――

その元日号は、私たちがよく知る「新年の新聞」とはまったく趣を異にしています。

前年12月25日、大正天皇が崩御され、ただちに昭和と改元。新天皇・裕仁親王の践祚により、新しい時代が始まりました。

しかし、宮中では深い哀悼の意を表す「諒闇(りょうあん)」の期間に入り、年賀などの慶事はすべて慎まれることとなります。

そのため、昭和2年の元旦もまた、「明けましておめでとうございます」と口にすることはできませんでした。

この日の紙面には、「諒闇奉悼」という大きな見出しが掲げられ、晴れやかさを排した構成で静かに始まります。

下段に掲載された風景写真とともに、「題三貫」として三つの情景が添えられています:

  • 朝なぎ(葉山御用邸附近)
  • 雪の快味
  • 静かなる磯(青森港)

いずれも地名や説明が最小限にとどめられ、見る者に静かな印象と余韻を残します。

とくに「朝なぎ」は、葉山御用邸近くの松と水面が描かれた構図で、波一つ立たぬ静寂の海に、哀悼の情が滲みます。

また「雪の快味」という題には地名の表記はありませんが、一面の雪原を俯瞰したような写真が添えられており、冷たくも清廉な空気が伝わってきます。

「静かなる磯」は青森港を写したもので、煙を上げる船と岸壁に静かに寄せる波が、時の移ろいとともに過ぎ去った大正の時代を思わせます。

このようにして、元旦という特別な日を、華やかにではなく、沈痛の念をもって迎えた――

それが昭和2年の幕開けでした。

新聞の紙面一枚からも、時代の空気がにじみ出ています。


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