a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 8月 1945 盛岡・国劇で市川團十郎・市川鶴之助一座が特別興行!(昭和20年8月12日) 昭和20年8月10日の岩手日報より。 盛岡の国劇(のちの国民映画劇場と同じ場所?)で、市川團十郎と市川鶴之助一座の歌舞伎興行を行うという。 あちこちで空襲がある中、一般市民も歌舞伎興行を開催し、それを見に行く余裕があったのかどうかは分からないが、このような記録はあるということで。 &n… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 10 8月 1945 扶桑第六〇一工場(場所不明)「お願いだから戻ってきて!逃げ出したことはもう何も言わないから!」(昭和20年8月10日) 昭和20年8月10日の新岩手日報の広告欄より。 「扶桑第六〇一工場」というところが従業員に呼びかけている。 どこの工場なのかはこの広告からは読み取れない。 現代語訳するとこんな感じだろうか。 離職したみんな、私たちは工場復旧と生産に奮闘している。 すぐに復帰してほしい。 今日勤務したかしないかは、明… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10 8月 1945 今週の映画は「最後の帰郷」(大映)、「愛と誓ひ」(東宝)(昭和20年8月10日) 昭和20年8月10日の岩手日報より。 この時期になると映画配給はどこの映画会社で製作するにかかわらず「紅系」「白系」に分けて行われるようになったようである。 この記事を書いている令和3年年末の時点で、どちらがどっちかは判然としていないが。とにかく2本ずつの映画配給ということには変わりなかったようであ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 16 7月 1945 宮城千賀子一座が盛岡・国劇に来ます(昭和20年7月16日) 昭和20年7月12日の岩手日報より。 宮城千賀子の一座が7月16~17日に盛岡の国劇で公演を行うという。 この時期、宮城千賀子は出産して映画から退いていたが、自ら「劇団なでしこ」を旗揚げして各地を巡業していたという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 7月 1945 地下壕で執務する盛岡管理部(昭和20年7月12日) 昭和20年7月12日の岩手日報より。 「警報下の地下壕で執務する盛岡管理部」とだけキャプションがあるが、どこの会社やら省庁やら判然としないが、「盛岡管理部」という呼称を明確に使用していたのは仙台鉄道局ではないだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 7月 1945 夏至も過ぎ、田植えはほぼ終了(昭和20年7月2日) 昭和20年7月2日。 夏至も過ぎ、田植えもほとんど終了してお百姓さんありがとうという写真記事が掲載されている。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1945 昆布増産の最前線は学童たち(昭和20年7月2日) 昭和20年7月2日の岩手日報より。 当時、大槌湾は「養殖昆布の先進地」であると認識されていたようである。 その大槌湾では子供たちが小舟が沈みかけるほど大量に昆布を収穫していたという。 大槌漁協割り当ては5,957貫であったが、6月30日の時点でそれを達成し、これまで使わなかった穴布(あなめ)まで採取… 続きを読む
l全県 2 7月 1945 「お願い!内地の人!朝鮮で警察官になって!」(昭和20年7月2日) 昭和20年7月2日の岩手日報の広告欄より。 「朝鮮総督府警察官大増員」という広告がある。 応募資格は「徴兵ヲ終ヘタル満十九歳以上四十歳ノ内地人」。 内地人限定であった。 岩手県下での採用試験は、岩手県警察官練習所と、花巻警察署の2か所であった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1945 釜石鉱山では鶴嘴片手に無休の正月 〽️海の男の艦隊勤務 月月火水木金金 休みなく働くことを称揚した軍歌「月月火水木金金」は、本来は戦争の激化により休みがなくなっていく海軍の状況を自嘲的に「これじゃ月月火水木金金だよ」と誰かがこぼしたのを真に受けて作詞されたものであると言われている。 昭和20年の釜石鉱山の正月は、その「月月火水木金金… 続きを読む
l全県 1 1月 1945 警視庁「お願いだから東京で巡査に応募して!産業戦士やめてでも来て!」 昭和20年元旦の岩手日報より。 東京の警視庁が新聞広告で大々的に巡査を募集している。 この増産報国のご時世に、「産業戦士モ奮テ応募セヨ」となりふり構わず応募かけている。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1944 12月15日以降白金を所有している人は罰金か懲役ですよ!供出しましょう!(昭和19年12月1日) 昭和19年12月1日の新岩手日報より。 戦局は逼迫しており、白金の供出に迫られていた。 それで、「12月15日以降の白金の所有者は懲役10年以下か罰金500円以下」になるというのである。… 続きを読む
l全県 1 12月 1944 東北配電より電灯用電球の配給に関するお知らせ(昭和19年12月1日) 昭和19年12月1日の新岩手日報より。 当時は電気事業は「東北配電」であった。 そして電球も配給制だったようである。 その旨のお知らせ。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1944 防寒着や飛行服のためにヌートリアを飼育しましょう!(昭和19年12月1日) 昭和19年12月1日の新岩手日報より。 広告欄には飛行服のためにヌートリアの飼育を奨励する広告。 ヌートリアは良質の毛皮になるので、飛行服や防寒着用に飼育を奨励されていた。 しかし、平成以降は「特定外来種」として農作物を食害する害獣として忌避されることになる。 人間の罪深きことよ・・・ … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 8月 1944 盛岡市内映画案内(昭和19年8月3日) 昭和19年8月3日の岩手日報より。 盛岡市内の映画情報として7館の上映情報が載っている。 また、前後にはない映画館として「長町日活館」「生姜町日活館」がある。 長町とは材木町から上田に向かう途中のあたり、生姜町とはホットライン肴町の真ん中あたりから八幡宮へ向かうあたり。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 8月 1944 盛岡・第一映画劇場で「都会の奔流」上映(昭和19年8月3日) 昭和19年8月2日の岩手日報より。 昭和15年6月13日初公開の松竹映画「都会の奔流」が第一映画劇場で公開。 主演は佐分利信。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 8月 1944 盛岡・国劇で「鞍馬天狗 薩摩の密使」公開(昭和19年8月3日) 昭和19年8月2日の岩手日報より。 盛岡・国民映画劇場で日活「鞍馬天狗 薩摩の密使」を公開する。 嵐寛寿郎が主演で、初公開は昭和16年7月14日と、3年以上が経過している。 これが盛岡での初公開かどうかは不明。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 8月 1944 盛岡中劇と松竹内丸座で「小太刀を使う女」封切(昭和19年8月3日) 昭和19年8月2日の岩手日報より。 大映の「小太刀を使う女」が盛岡中劇と内丸松竹座で8月3日に封切されることとなった。 水谷八重子(初代)と月丘夢路のダブル主演で、東京での初公開も同じ8月3日。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 8月 1944 目指せ海軍少年兵!仁王国民学校では猛訓練(昭和19年8月1日) 昭和19年8月1日の岩手日報より。 8月下旬に行われる海軍少年兵の採用試験に向け、盛岡市内の高等科のある小学校では猛訓練が繰り広げられていた。 仁王国民学校では4月から下準備を開始し、7月中旬からは学科の終了後に訓練を行うようになっていた。 盛岡国民学校でも、8月1日~3日、8月8日~11日を海軍少… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 7月 1944 盛岡国民学校から予科練に入った5名が母校を訪れる(昭和19年7月31日) 昭和19年8月1日の岩手日報より。 この時期、尋常小学校や高等小学校は「国民学校」に名を変えており、下の橋のたもとにある盛岡高等小学校は昭和15年に「盛岡国民学校」に名前を変えていた。 この盛岡国民学校を卒業し海軍予科練習生となっていた5名が、7月31日に母校に里帰りしたのだ。 今でいえば「ホームカ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 12月 1943 川徳デパートで皇軍感謝の華道展(昭和18年12月2日) 昭和18年12月2日の新岩手日報より。 昭和16年12月8日の真珠湾攻撃で始まった大東亜戦争も、これで3年目。 川徳デパートでは、その皇軍感謝と銘打った華道展を行うという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 12月 1943 釜石鉱山鉄道の従業員募集(昭和18年12月1日) 昭和18年12月1日の新岩手日報より。 釜石鉱山鉄道では、従業員を募集している。 職務内容は、運転士・車掌など。 募集は、県内各地の国民職業指導所にて。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1943 千葉県の第二海軍航空廠で工員募集(昭和18年12月1日) 昭和18年12月1日の新岩手日報より。 求人広告では、千葉県の第二海軍航空廠で工員を募集している旨。 第二海軍航空ショーとは、現在の航空自衛隊木更津分屯基地となる。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 16 4月 1943 外地派遣日赤岩手支部看護婦の壮行式(昭和18年4月16日) 昭和18年4月17日の新岩手日報より。 外地派遣日赤岩手支部看護婦の壮行式が、4月16日の午前11時15分に日赤岩手支部の行動において行われた。 まずは、外地に旅立つ書紀や婦長を先頭に白衣の天使たちがさっそうと入場した。 そして、岩手県内政部長の訓示などが行われた。 これに先立って、護国神社いや八幡… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 15 4月 1943 盛岡中劇・国劇で「家」「くもとちゅうりっぷ」を公開(昭和18年4月15日) 昭和18年4月15日の新岩手日報より。 盛岡中劇・国劇で「家」「くもとちゅうりっぷ」を公開する。 いずれも昭和18年4月15日の松竹作品。 「家」の出演は小杉勇・小沢栄太郎・風見章子など。 「くもとちゅうりっぷ」はアニメーション映画。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 4月 1943 盛岡中劇・国劇で「敵機空襲」、内丸座・第一で「エノケンの兵六夢物語」公開(昭和18年4月8日) 昭和18年4月8日の岩手日報より。 盛岡の中央映画劇場と国民劇場では「敵機空襲」を公開する。 「敵機空襲」は松竹が昭和18年4月1日に初公開。田中絹代や上原謙が出演。 また、内丸座や第一映画劇場では「エノケンの兵六夢物語」を公開する。 こちらは東宝配給で昭和18年4月1日に初公開。主演は表題通り榎本… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7 4月 1943 小岩井牧場に遊ぶ春駒(昭和18年4月7日) 昭和18年4月8日の岩手日報より。 4月7日は愛馬の日であり、馬に関する記事が多くみられる。 時局がら、軍馬関係の記事が多くみられるが、小岩井農場に関する呑気な写真記事も。 … 続きを読む
l全県 6 4月 1943 牛は粗食だが菌力で肥っている!だから人間も…(昭和18年4月6日) 昭和18年4月6日の岩手日報より。 広告欄には「牛は粗食だが肥っている」と、イースト菌の広告を打っている。 今考えれば滅茶苦茶だが、この戦時下にあっては一定の説得力があったのだろう。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 4月 1943 盛岡中劇・国民劇場で「兵六夢物語」公開!(昭和18年4月1日) 昭和18年4月1日の新岩手日報より。 盛岡中央劇場と国民劇場では、「兵六夢物語」を公開する。 「兵六夢物語」は昭和18年4月1日初公開の東宝映画で、出演はエノケンや高峰秀子など。 … 続きを読む