備考※6h

県立江刺病院にガストロカメラとレントゲン導入(昭和37年2月5日) h水沢・江刺・胆沢郡

県立江刺病院にガストロカメラとレントゲン導入(昭和37年2月5日)

昭和37年2月5日の岩手民声新聞より。 前年来、本館建設など江刺唯一の総合病院として施設の充実を進めている県立江刺病院に、最新式のレントゲン撮影機1台と、胃を調べるガストロカメラ2台が導入されることになった。 レントゲンは島津製作所製で、購入額も2,800,000円と、旧式の2倍以上するものである。…
江刺市内の食料品店でビスケット祭り(昭和37年1月26日) h水沢・江刺・胆沢郡

江刺市内の食料品店でビスケット祭り(昭和37年1月26日)

昭和37年1月26日付の岩手民声新聞を開くと、当時の江刺市にあった食品センター「水丹」の活気ある広告が目に飛び込んできます。2月をサービス月間と銘打ったその紙面で、何より目を引くのは「東邦のビスケットまつり」という大きな見出しです。 この東邦製菓は、かつて盛岡市の青山地区でビスケットを製造していた地…
江刺で社会党議員「自民党は徒党政治だ!農家は集団化すべきだ!」(S37.1.12岩手民声新聞) h水沢・江刺・胆沢郡

江刺で社会党議員「自民党は徒党政治だ!農家は集団化すべきだ!」(S37.1.12岩手民声新聞)

昭和37年1月12日に発行された岩手民声新聞の第1001号には、江刺市選挙管理委員会や同市婦連、同市労協の共催で江刺市役所の大ホールにて開催された国会報告演説会の詳細が克明に記録されています。会場には市労連や市青協などから約500人の市民が詰めかけ、ベルリン問題など緊張する世界情勢や、行き悩む日本経…
江刺の県南バスターミナルに食堂が開業(S37.1.12岩手民声新聞) h水沢・江刺・胆沢郡

江刺の県南バスターミナルに食堂が開業(S37.1.12岩手民声新聞)

昭和37年1月12日の岩手民声新聞を開くと、当時の江刺市の活気ある日常を切り取ったような、一枚の広告が目を引きます。鉄道が通っていない江刺市において、岩手県南バスのバスターミナルは単なる停留所ではなく、街の玄関口であり、人々の生活が交差するもっとも重要な拠点でした。 広告に掲載されているのは、そのタ…
岩手日報も岩手民声新聞の1000号を祝福(S37.1.12岩手民声新聞) h水沢・江刺・胆沢郡

岩手日報も岩手民声新聞の1000号を祝福(S37.1.12岩手民声新聞)

昭和37年1月の岩手民声新聞1000号記念号を読み解くと当時の地方メディアのあり方が鮮明に浮かび上がってきます。紙面中央に鎮座する岩手日報社からの祝賀広告は、一地方の週刊紙が県域紙からも一目置かれる存在であったことを物語っています。当時の岩手日報社長である宮福次郎氏らの名が並ぶその佇まいからは、言論…
地主「水沢競馬を廃止してほしい。もう充分儲けたろう?」(昭和36年11月23日) h水沢・江刺・胆沢郡

地主「水沢競馬を廃止してほしい。もう充分儲けたろう?」(昭和36年11月23日)

昭和36年11月23日の胆江日日新聞より。 水沢競馬上の土地所有者達で結成する土地擁護組合は、競馬場の走路の変換と、耕地への地目変換措置を要望していた。 水沢市は赤字再建団体(記事原文ママ)であったところ、黒字が近くなり競馬に頼らなくても財政が健全化するだろうというはらからだった。 しかし水沢市にし…
前沢高校が廃校の噂!?(昭和36年11月21日) h水沢・江刺・胆沢郡

前沢高校が廃校の噂!?(昭和36年11月21日)

昭和36年11月23日の胆江日日新聞より。 この時期、岩手県内では「学力テスト問題」で揺れていた。 その「学テ問題に関する公聴会」を11月19日に水沢商業高校で開いていたときのこと。 岩教組の書記長が盛岡から来て「求人難にあえぐ商業界のために、高校は優秀な人しか行かせないことにしたようだ。それで県内…
弾丸道路の停車場候補に一関の厳美地区(昭和35年7月17日) i一関・西磐井郡

弾丸道路の停車場候補に一関の厳美地区(昭和35年7月17日)

昭和35年7月17日の岩手報知より。 この当時、高速道路は「弾丸道路」と言われていたようで、インターチェンジも「停車場」と呼ばれていた。 その「停車場」の候補に、一関市厳美地区が候補に上がり、建設省の課長が視察に来たのだという。 ちなみに、東北自動車道の盛岡〜一関で部分開業するのは昭和52年のこと。…
一関から南米に移民する3家族の送別会(昭和35年7月9日) i一関・西磐井郡

一関から南米に移民する3家族の送別会(昭和35年7月9日)

昭和35年7月9日の岩手報知より。 一関市大平開拓地から、南米パラグアイに行く3世帯17名の送別会が中里農協会議室で開かれた。 送別会には一関市長、一関市農林課長、市内各農業組合長、開拓連盟支部長など60人が集まった。 移民団の代表からは「このような盛大な送別会を開いていただいて感謝にたえません。パ…
一関一高の放火事件で夜警団が増えた結果…(昭和35年7月5日) i一関・西磐井郡

一関一高の放火事件で夜警団が増えた結果…(昭和35年7月5日)

昭和35年7月5日の岩手報知より。 この年の6月末、一関一高が放火で焼失した。 この時点では、犯人はまだ上がっていなかったので、一関市内の各町内会では夜警団を結成して警戒して歩くことになったのである。 そうすると、各町内の夜警団が、ヤアヤアと声を交わしている風景が頻繁となったのである。 そのたびに犬…
「江刺のチベット」と呼ばれた上門岡にバスが開通(昭和34年7月1日) h水沢・江刺・胆沢郡

「江刺のチベット」と呼ばれた上門岡にバスが開通(昭和34年7月1日)

昭和34年7月1日の岩手民声新聞より。 「チベット」と呼ばれていた上門岡に、県南バスが通ることになった。 これが、岩谷堂〜稲瀬〜上門岡に至る9.2キロの路線。 開通式は、江刺市長、北上市長、県南バス社長、県南バス江刺営業所長長など多数が出席して行われた。 海外にあたっては、上門岡部落の50戸の住民が…
江刺〜遠野のバス開通(昭和34年6月12日) e釜石・遠野・上閉伊郡

江刺〜遠野のバス開通(昭和34年6月12日)

昭和34年6月11日の岩手民声新聞より。 江刺と遠野を結ぶ、県道小友線のバス開通式が、江刺市と遠野市の関係者が集まり、遠野市の小友中学校で行われた。 この県道自体が、「小友線道路組合」の手によって完成し、今年の3月に県道に編入をされていたと言う経緯がある。 そして、この県道にバス路線を開通させるよう…