漁業

カツオ漁が近年まれな好調(昭和41年7月1日) e釜石・遠野・上閉伊郡

カツオ漁が近年まれな好調(昭和41年7月1日)

昭和41年7月1日の岩手東海新聞より。 今年は、カツオ漁が近年まれな好調であったと言う。 釜石後に入港しているカツオ一本釣り漁船は、高知県の回来船が主体であったと言うが、初水揚げは6月28日で1隻で20トン、6月29日は1隻で13トンのカツオを水揚げしたと言う。 これらの漁船は、千葉県の犬吠埼から宮…
大槌・赤浜でスキワカメ新技術開発(昭和41年3月2日) e釜石・遠野・上閉伊郡

大槌・赤浜でスキワカメ新技術開発(昭和41年3月2日)

  昭和41年3月2日の岩手東海新聞より。 三陸沿岸では、ワカメの養殖が盛んになってきたが、短冊状の「スキワカメ」を成形するにはなかなかの技術が必要であった。 それで、宮城県の石巻から技術者を呼ぶなどして講習していたが、大槌町の赤浜では、新しい技術でスキワカメを生成する技術を考案したのであ…
県内の水産高校が共同利用する実習船「宮古丸」が宮古港に到着(昭和41年2月1日) d宮古・下閉伊郡

県内の水産高校が共同利用する実習船「宮古丸」が宮古港に到着(昭和41年2月1日)

昭和41年2月2日の岩手日報より。 県内の水産高校が共同で利用する実習船「宮古丸」が室蘭港を出航し、宮古港に到着した。 宮古港では宮古水産高校のブラスバンド部など全校生徒や漁業関係者が盛大に出迎えた。 宮古丸は室蘭の楢崎造船で建造され、総トン数190トン、全長31m、幅6.6m、エンジン620馬力、…
釜石選出の3県議が語る未来予想図(S40.1.1岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石選出の3県議が語る未来予想図(S40.1.1岩手東海新聞)

昭和40年1月1日付の岩手東海新聞に掲載された新春座談会は、当時の釜石が抱えていた熱気と課題を鮮明に映し出しています。出席者は社会党の栗沢勇治氏、自民党の川端広平氏、そして同じく社会党の菊池伝助氏という、当時の釜石選出の岩手県議会議員三名です。この顔合わせは、党派を超えて釜石の未来をいかに切り拓くか…
釜石に秋イカが回遊してきたが「焼け石に水」(昭和39年11月26日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石に秋イカが回遊してきたが「焼け石に水」(昭和39年11月26日)

昭和39年11月26日の岩手日報より。 例年11月は、秋イカの最盛期であり毎日150トン前後が釜石魚市場に水揚げされるという。 しかし、この年は不漁だったようで、11月25日の夕方にやっと秋イカが回遊してきたということで一斉に出漁したが、結局44隻で8.5トンにとどまったという。 そんな不良なので1…
釜石で岩礁を爆破して昆布やワカメの養殖(S39.9.12岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石で岩礁を爆破して昆布やワカメの養殖(S39.9.12岩手東海新聞)

昭和39年9月12日の『岩手東海新聞』によると、釜石市の白浜漁協では思い切った新漁法の実験が行われたという。 Screenshot その方法は、なんと岩礁を爆破して海底地形を変え、そこに昆布やワカメを付着させて養殖を行うというものだった。 当時の白浜は、波が荒く岩礁地帯が多い海岸として知られていた。…
病気の父親のためにウナギを密漁しようとしたら感電死(昭和37年7月26日) h水沢・江刺・胆沢郡

病気の父親のためにウナギを密漁しようとしたら感電死(昭和37年7月26日)

昭和37年7月28日の胆江日日新聞より。 水沢市の佐倉河に住む29歳の男は、土用の丑の日に、病気の父にウナギを食べさせるために、付近の谷地川に自宅の作業場から電線を引いて密漁をしようと思っていたら感電死したと言う。 この29歳の男性、水沢市青年協会の会長や、水沢市相撲協会の大関など、多方面で活躍して…
盛鉄局管内の貨物扱い1位は釜石駅(昭和37年7月4日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛鉄局管内の貨物扱い1位は釜石駅(昭和37年7月4日)

昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、管内の旅客と貨物の扱い量の番付を発表した。 旅客では、東北本線と奥羽本線と青函連絡船の交わる青森駅がトップで、その次が盛岡駅。 貨物では、釜石製鉄所と魚市場のある釜石駅がトップとなっていた。 2位が青森駅であり、3位がセメント工場のある陸中松…