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へき地教育の過酷な現実 d宮古・下閉伊郡

へき地教育の過酷な現実

昭和28年12月16日の読売新聞では、全国のへき地教育の過酷な実態を報じている。 降水で丸木橋が渡れなくなると荷物用のケーブルで通学する(群馬県中里中) 山道が険しいので冬季の通学は部落民が交代で提灯を持っていく(岐阜県) 通学路は波が引いたときに数百メートルを命がけで走る(青森県脇野沢村) 子供が…
宮古市は公用車にフォードを購入(昭和28年3月5日) d宮古・下閉伊郡

宮古市は公用車にフォードを購入(昭和28年3月5日)

昭和28年3月5日の読売新聞岩手版より。 宮古市では、これまでジープを改装した車を公用車として使っていた。 しかし、戦争用の車だっただけに、乗り心地が悪く、独立した平和国家のお役所やふさわしくないと考えたようで、90万円を叩いて、47年型フォードを1台を買い込んだ。 また、この時期の宮古市は、港湾開…
三陸大津波から20周年で真剣な避難訓練(昭和28年3月3日) d宮古・下閉伊郡

三陸大津波から20周年で真剣な避難訓練(昭和28年3月3日)

昭和28年3月3日の読売新聞岩手版より。 昭和8年3月3日の三陸大津波からこの日で20周年を迎えることとなった。 津波の曲波風化しているところが、この前の年の津波訓練が終わって間もない昭和27年3月4日には十勝沖地震があり津波に襲われた。 その痕跡も生々しい状態で、沿岸各地では真剣に津波訓練が行われ…
岩手の死因は都市は結核、米作値は脳溢血、若者は自殺が多いようだ(昭和27年9月18日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手の死因は都市は結核、米作値は脳溢血、若者は自殺が多いようだ(昭和27年9月18日)

岩手県民はどのような理由で死ぬのか。 岩手大学農学部小柳達男氏が県内の地域別に死因の調査を行った。 米作地(水沢):10万人 死亡者・・・10万人中213.3人 脳溢血・・・同 38.3人 結核 ・・・ 同 24.4人 乳児栄養不良 ・・・ 同 22.3人 畑作地(福岡(二戸)):7万人 死亡者・・…
宮古港の朝(昭和27年9月16日) d宮古・下閉伊郡

宮古港の朝(昭和27年9月16日)

昭和27年9月16日の岩手日報より。 「朝の生態」と言うシリーズものの写真記事があったようである。 今回は宮古港で、朝も明けないうちから、あみ等の準備を始めててむ出量に次々と出かけていくことが描かれている。 そして、寮から戻ってこようとする頃には、今度はモッコを担いだ行商の女性たちが港にぞろぞろと来…
岩泉町の町制施行30周年広告(昭和27年5月6日) d宮古・下閉伊郡

岩泉町の町制施行30周年広告(昭和27年5月6日)

昭和27年5月6日の岩手新聞より。 岩泉町は、この年町制30周年を迎えたと言う。 上では、町内の各事業所が名刺広告を出している。 まだ国鉄岩泉線が開業していなかった頃なので、岩泉への足は国鉄バスであり、国鉄バス岩泉営業所が広告を出している。 また、県北バスの本社があった頃で、岩泉町内に路線がないにも…
1市5郡で供米完了(昭和27年1月5日) b二戸・二戸郡

1市5郡で供米完了(昭和27年1月5日)

昭和27年1月5日の岩手新報より。 この当時は、米は完全に国で管理していたので、米を生産したら必ず一旦国に収めるようになっていた。 これが米の供出である。 そしてそれは、自治体ごとに統計されていた。 この時点で、その供出が完了していたのは、釜石市・気仙郡・胆沢郡・稗貫郡・上閉伊郡・下閉伊郡・二戸郡の…
小さな駅は廃止しますよ!(昭和24年9月3日) d宮古・下閉伊郡

小さな駅は廃止しますよ!(昭和24年9月3日)

昭和24年9月23日の岩手新報より。 この年の6月1日に発足した日本国有鉄道は、それまでの「鉄道省」というお役所ではなく独立採算制の公共企業体となり、採算を考えなければならなくなった。 それで、人員だけではなく採算の取れない小さな駅を廃止することになった。 その基準は乗降客50人、発着小荷物4トン、…
岩手「ヤミの女」事情(S24.5.18新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手「ヤミの女」事情(S24.5.18新岩手日報)

昭和24年5月18日付の新岩手日報は、戦後復興の只中にあった岩手の社会情勢を鮮烈に伝えています。当時の盛岡警察署、現在の盛岡東署が実施した風紀取締週間の記録によれば、夜の街に立つ女性は盛岡で約200名、釜石で40名、宮古で20名から30名に及んでいたといいます。この記事で最も目を引くのは、彼女たちの…
山田線の不通区間の保線用モーターカーへの便乗は禁止(昭和24年1月18日) d宮古・下閉伊郡

山田線の不通区間の保線用モーターカーへの便乗は禁止(昭和24年1月18日)

昭和24年1月18日の岩手日報より。 この時期、山田線は昭和23年9月16日のアイオン台風で平津戸~蟇目間が不通になっていた。 しかし、職員が復旧作業用に保線用モーターカーを走らせていた所へ、乗客がこっそりそれに便乗させてもらっていたのである。 しかし、そもそも正規の旅客輸送ではなく傷害事故が10件…
学制改革は各校とも単独昇格希望(昭和22年12月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

学制改革は各校とも単独昇格希望(昭和22年12月1日)

昭和22年12月1日の新岩手日報より。 この時期、各中等学校は「学制改革」を控えており、学校再編が必至だった。 県側は、統合して昇格しようとしているのに対し、各学校側はそれに反対をしていた。 盛岡地区 盛岡中学は、杜陵中学を同行の夜間部として併設しようとしているが反対している。 杜陵中學側も、この闇…
第1回統一地方選挙:27歳の村長が誕生したり、短刀で立候補を辞退させたり c久慈・九戸郡

第1回統一地方選挙:27歳の村長が誕生したり、短刀で立候補を辞退させたり

自治体の首長を初めて選挙で選ぶことになった第1回統一地方選挙では。岩手県知事に「農民知事」国分謙吉氏が選出されたことで知られているが、町村長の選挙の方はなかなかカオスである。 昭和22年4月9日の岩手日報の記事を見てみると・・・ 下閉伊郡崎山村 下閉伊郡崎山村(現在の宮古市崎山)では、27歳の町長が…
樺太からの脱出者に聞く樺太の現状(昭和21年7月1日) d宮古・下閉伊郡

樺太からの脱出者に聞く樺太の現状(昭和21年7月1日)

昭和21年7月1日の岩手日報より。 終戦後10か月余り、ソ連に占領された南樺太で生活を続け、昭和21年に年が明けてから脱出した宮古市内の30歳の男性に、終戦後の樺太の様子を聞くことにした。 終戦時の混乱 国境近くの気屯飛行場で警備にあたっていた。 その後敷香まで土工を率いて敷香に行くことを命ぜられた…
「空襲はありましたが従業員全員無事 東亜鉱工○○精錬所」 d宮古・下閉伊郡

「空襲はありましたが従業員全員無事 東亜鉱工○○精錬所」

昭和20年8月14日新岩手日報には、こんな広告が出ている。 「去ル空襲ニ際シ工場被害軽微…」 広告の主は「東亜鉱工 ○○精錬所」 そもそも東亜鉱工ってどこの会社? と思ったらそれは現在のラサ工業らしい。 ラサ工業といえば宮古か。 軍需工場は機密上、どこそこにあるということを新聞などで言うことはできな…