l全県 3 3月 1954 農協貯金の東西横綱は湯口村と湯本村 昭和29年3月3日の岩手日報より。 県内の農協の貯金高番付が県信連によってまとめられた。 【東方】(単位:千円) 横綱 稗貫郡湯口村 101,908 大関 紫波郡志和村 97,367 関脇 紫波郡徳田村 89,744 小結 紫波郡飯岡村 69,543 前頭筆頭 江刺郡稲瀬村 前頭2枚目 稗貫郡宮野目… 続きを読む
l全県 3 12月 1953 官公庁ゼネスト状態(S28.12.3岩手日報) 昭和28年12月3日の岩手日報の紙面状況を詳細に確認すると、これは実態として「官公庁によるゼネスト(総同盟罷業)」と言って差し支えない状態です。 Screenshot 当時の記事には、全官公(全国官公労働組合協議会)による年末攻勢が最高潮に達し、鉄道、通信、現業部門が同時に実力行使に踏み切っている様… 続きを読む
l全県 3 12月 1953 全国的な国鉄ストは岩手でも急行「北斗」「北上」「みちのく」に影響(S28.12.3岩手日報) 昭和二十八年十二月三日の岩手日報の紙面を広げると、そこには戦後日本の進むべき道を巡る激しい熱気が記録されています。当時の社会を最も大きく揺るがしていたのは、国鉄労働組合による大規模な闘争でした。紙面には、東海道線がマヒ状態に陥り、千本を超える列車が運休し、東北本線の急行北斗も遅延を余儀なくされたとい… 続きを読む
l全県 18 5月 1953 昭和28年に岩手県内で売っていた自動車の広告 昭和28年5月18日の読売新聞岩手版に掲載された広告より。 四輪車もさることながら、オート三輪やバイクの広告が目立つ。 日産 ダットサン デラックスセダン ダットサン スリフトセダン 日本内燃機 サンカ― トヨタ トヨペットトラック ホンダ ドリーム号E マツダ CTL(?) エーブ自動車工業 エー… 続きを読む
l全県 3 3月 1953 ローカルラジオ番組案内(昭和28年3月3日) 昭和28年3月3日の読売新聞岩手版より。 岩手版の隅では、ラジオ番組の案内を掲示している。 ところが、岩手版であるにもかかわらず、JOIR(仙台放送局)の番組がメインになっており、JOQG(盛岡放送局)の番組はほとんどないに等しい。… 続きを読む
l全県 9 10月 1952 県内で「おせり」(馬市)盛ん(S27.10.9岩手日報) 昭和27年10月9日の岩手日報に掲載された写真記事は、まさに「馬とともに生きた岩手」の空気を閉じ込めた一枚でした。 いまではトラクターが当たり前になりましたが、戦後まもないこの時代、農家にとって馬はかけがえのない家族であり、働き手であり、暮らしを支える存在でした。 岩手と馬文化 岩手には古くから“馬… 続きを読む
l全県 8 10月 1952 渇水でもないのにまた停電(昭和27年10月8日) 昭和27年10月8日の岩手日報より。 「盛岡市内にて」ということであるが、これは本屋? 10月7日の夕方からまた輪番停電が始まった。 盛岡市内では10月7日17時~19時の間に輪番で10分間ずつ、郡部では15分ずつ消された。 8日に入り、0時~6時の間に1時間ずつ2回の停電が行われた。 … 続きを読む
l全県 5 10月 1952 大学入試センター試験ならぬ「進学適性検査」(昭和27年10月5日) 昭和27年10月5日の岩手日報の広告欄より。 この当時、国立の新制大学を受験する人は「進学適性検査」を受けなければならなかった。 そのあたりの詳細は、以下のページに書いてある。 後年でいう共通一次試験、センター試験同様「国立大学受験者はこの試験を受けなければいけない」という性質のものであるようだが、… 続きを読む
l全県 4 10月 1952 教育委員選挙:最後のお願い(S27.10.4岩手日報) 昭和27年の秋、岩手の町や村では教育委員の選挙が行われていた。 今では考えにくいが、当時は教育委員も公選制で、「先生を選ぶ人を選ぶ」時代である。翌日に投票を控え、候補者たちは「最後のお願い」に駆け回っていた。 Screenshot だがその光景は、いささかカオスだった。 ある村では、「誰が出るのか」… 続きを読む
g教育 4 10月 1952 教育委員選挙の風景(S27.10.04岩手日報) 昭和27年10月4日の岩手日報には、県内各地で熱を帯びていた「教育委員選挙」の様子が大きく紹介されています。現在の教育委員は首長による任命制ですが、この頃はまだ“住民が教育行政の担い手を選ぶ”という理想のもと、公選制が採用されていました。 Screenshot 紙面には選挙カーや街頭演説、農村での集… 続きを読む
l全県 4 10月 1952 教育委員選挙はカオス(昭和27年10月4日) 昭和27年10月4日の岩手日報より。 激戦地・一関市の最後のお願い。 戦後の民主化により、教育委員も公選制の時期があったのだが、なかなかのカオスな状況だったようである。 それで「最後のお願い」とばかりに、自転車だ、トヨペットだ、自動車だと演説に忙しい状況であった。 ちなみに「トヨペット」が自家用車の… 続きを読む
l全県 4 10月 1952 教育委員を選挙で選んでいた時期があった(昭和27年10月4日) 昭和27年10月4日の岩手日報より。 「町も村も教育の総選挙」という見出しで写真記事が掲載されている。 何の選挙かというと市町村の教育委員の選挙である。 戦後の民主化で、教育委員も選挙で選ぶことになった。 しかしこの制度には弊害もあったようで、教育の現場に政治が持ち込まれるということで… 続きを読む
l全県 27 9月 1952 自由党「先ず政局の安定!」(S27.9.27岩手日報) 自由党が広告を出している。「先ず政局の安定!」 自由党は昭和31年に民主党と合併して「自由民主党」となる。… 続きを読む
l全県 19 9月 1952 衆議院選挙・マイクは街から村へ(S27.9.19岩手日報) 昭和27年に行われた第25回衆議院選挙は9月5日公示、10月1日投票。 選挙戦が各地で繰り広げられていた。 結果は以下の通り。 … 続きを読む
l全県 16 9月 1952 キャベツ・さんまの輸送シーズンに貨物列車増発(昭和27年9月16日) キャベツなどの秋野菜、サンマなどの秋魚、そして冬に向かって木炭などの輸送の為に、盛鉄局では昭和27年10月1日~12月末の間に、貨物列車を増発することを9月16日に決定した。 内訳は以下の通り。 東北本線 3往復 八戸線 1往復 大船渡線 1往復 10月~12月までの間、現在の出荷量より以下の増加が… 続きを読む
l全県 11 9月 1952 収穫の秋にあの手この手の貯蓄合戦(昭和27年9月11日) 昭和27年9月11日の岩手日報より。 秋は農家の収穫や秋漁の水揚げで現金が多く飛び回り、各金融機関では、貯蓄の誘致に懸命であった。 … 続きを読む
l全県 5 9月 1952 衆議院選挙始まる(昭和27年9月5日) 昭和27年9月6日の岩手日報より。 8月28日に、第三次吉田内閣は抜き打ち解散をして、9月5日に衆議院選挙が始まった。 この選挙は、昭和25年に公職選挙法が制定されて、はじめての選挙となる。 この当時の選挙カーはトラックを流用していたようである。  … 続きを読む
l全県 3 9月 1952 9月1〜7日は性病予防週間です!性病のないきれいな社会を!(昭和27年9月3日) 昭和27年9月3日の岩手日報より。 9月1日から7日の間は、性病予防週間と位置づけられていたようで、県内の保健・医療機関は合同で広告を出していた。 … 続きを読む
l全県 3 9月 1952 ラジオ番組案内(昭和27年9月3日) 昭和27年9月3日の岩手日報より。 ラジオ番組案内は以下の通り。 NHKだけではなく、ラジオ仙台(現:TBC東北放送)、ラジオ東京(現:TBSラジオ)もある。 … 続きを読む
l全県 3 9月 1952 市町村教育委員会のあり方(昭和27年9月3日) 昭和27年9月3日の岩手日報より。 「昭和の大合併」の少し前、教育委員を選挙で選んでいたころ、各町村の教育委員会を維持運営するのもかなりの負担だったようだ。 それで、教育委員会は県にやってもらおう、という考えも一部にはあったようだが、それには根強い反対があった。 &nbs… 続きを読む
l全県 8 5月 1952 砂糖は自由販売になって居ります!(昭和27年5月8日) 昭和27年5月8日の岩手新聞より。 広告欄には、岩手県内の砂糖卸商により、「砂糖は自由販売になりました」と言う広告が出されている。 このように、わざわざ「自由販売」であることを主張すると言うことが、戦中戦後の統制の多い時代を物語っている。 … 続きを読む
l全県 8 5月 1952 ラジオ番組表(昭和27年5月8日) 昭和27年5月8日の岩手新聞より。 5月8日のラジオ番組表が掲載されている。 JOQGとはNHK盛岡放送局のこと、JOKRとはTBSラジオのこと。 … 続きを読む