昭和20年代

樺太からの脱出者に聞く樺太の現状(昭和21年7月1日) d宮古・下閉伊郡

樺太からの脱出者に聞く樺太の現状(昭和21年7月1日)

昭和21年7月1日の岩手日報より。 終戦後10か月余り、ソ連に占領された南樺太で生活を続け、昭和21年に年が明けてから脱出した宮古市内の30歳の男性に、終戦後の樺太の様子を聞くことにした。 終戦時の混乱 国境近くの気屯飛行場で警備にあたっていた。 その後敷香まで土工を率いて敷香に行くことを命ぜられた…
盛岡にはびこる偽のヤミ米摘発隊(昭和21年6月12日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡にはびこる偽のヤミ米摘発隊(昭和21年6月12日)

昭和21年7月1日の岩手日報より。 開運橋通りのある家に3人の男がやってきて「岩手地方世話部のものだが・・」と言う。 地方世話部というのは県庁に属し、軍人の恩給や復員に関する役所であった。 まだ復員していなかった長男の話でも聞けるのか?と思ったら「ヤミ米に関して調べたいから倉庫を見せてくれ」という。…
岩手でも報じられた片岡仁左衛門一家鏖殺事件(S21.3.18新岩手日報) m県外・参考

岩手でも報じられた片岡仁左衛門一家鏖殺事件(S21.3.18新岩手日報)

【昭和の衝撃事件】新岩手日報が伝えた「片岡仁左衛門一家殺害事件」 昭和21年(1946年)3月18日付の紙面より Screenshot 戦後間もない混乱期、日本中を震撼させた衝撃的なニュースがありました。歌舞伎界の名門、十二代目 片岡仁左衛門とその一家5名が殺害された事件です。 今回、当時の「新岩手…
憲法草案を批判してください(S21.3.17新岩手日報) l全県

憲法草案を批判してください(S21.3.17新岩手日報)

【歴史の深掘り】昭和21年3月17日「憲法草案を批判せよ」という政府の布告 古い新聞を整理していたら、驚くべき資料が見つかりました。昭和21年(1946年)3月17日付の「新岩手日報」の一面です。 Screenshot そこには、現代の感覚では少し意外に思える、刺激的な見出しが躍っていました。 「憲…
列車の旅は「馬小屋以下」(S21.3.16新岩手日報) l全県

列車の旅は「馬小屋以下」(S21.3.16新岩手日報)

【タイムトラベル】昭和21年3月の岩手へ。窓のない列車と「馬小屋以下」の暮らし 先日、激動の時代を物語る貴重な資料を目にする機会がありました。昭和21年(1946年)3月16日付の『新岩手日報』です。終戦からわずか半年、岩手の地で人々がどのような現実に直面していたのか。そこには、現代の私たちには想像…
天皇の「人間宣言」報道(S21.1.3新岩手日報) m県外・参考

天皇の「人間宣言」報道(S21.1.3新岩手日報)

【歴史的資料】昭和21年元旦、岩手の地で報じられた「人間宣言」 今回、非常に貴重な資料を入手しました。昭和21年(1946年)1月1日付の『新岩手日報』です。 Screenshot この日の紙面を飾っているのは、昭和天皇がいわゆる「人間宣言」を行われた際の詔書(しょうしょ)に関するニュース。終戦から…
盛岡市本宮で早場米(S20.10.30新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市本宮で早場米(S20.10.30新岩手日報)

【時をかける盛岡】イオンモール盛岡南の場所は、かつて「希望の米」を運ぶ拠点だった 皆さんは、盛岡市本宮にある「イオンモール盛岡南」によく行かれますか? 今や盛南開発の中心地として、ショッピングや映画で賑わうこの場所。しかし、今から約80年前のこの地には、今とは全く違う、しかし同じくらい切実な「活気」…
盛岡中劇・第一劇場で「そよかぜ」公開(S20.10.31新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡中劇・第一劇場で「そよかぜ」公開(S20.10.31新岩手日報)

昭和20年10月31日、盛岡の空に吹いた「そよかぜ」 〜焼け跡に響いた「リンゴの唄」と映画館の紅白模様〜 終戦からわずか2ヶ月半。まだ街に空襲の傷跡が生々しく残る中、人々は何を心の支えにしていたのでしょうか。 Screenshot 手元にある昭和20年10月31日の「新岩手日報」(現在の岩手日報)の…
さあ、麦の供出だ(昭和20年8月17日) l全県

さあ、麦の供出だ(昭和20年8月17日)

昭和20年8月17日の岩手日報より。 それまで農家は「教室する麦を空襲で焼いては申し訳ない」と、袋に詰めて山の中に疎開させていた。 しかし、20日の供出期日が切迫していたので、農家は山から下ろしていた。 それまでの供出は、戦争に勝つための供出であったが、戦争が終わってしまったので、勝つための供出では…
終戦、そのとき岩手では(昭和20年8月15日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

終戦、そのとき岩手では(昭和20年8月15日)

8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し終戦を迎える。 その時岩手はどうであったか。 岩手日報からその様子を抜き出してみたい。 盛岡工機部(国鉄盛岡工場)の大詔拝聴 仙台鉄道局盛岡管理部の終戦の勅語拝聴は、15日正午から盛岡駅貨物取扱所で行われた。 岩手日報の書きぶりをそのまま抜き出すと、 この日管内…
新盆に初穂 声に出して読みたい盛岡弁 a盛岡・岩手郡・紫波郡

新盆に初穂 声に出して読みたい盛岡弁

終戦の日、つまり昭和20年8月15日の新岩手日報では、盛岡郊外の農家を取材している。 「この初穂、見でくなんせ。お盆に穂が出だら豊作でがす」 終戦の年は暑い夏だったといろいろな所で報告されている。 稲作は豊作の兆しであった。 「わしと同じ様にこの田を耕した祖先や戦死した倅も新盆で家に来てこの出穂をみ…
「空襲はありましたが従業員全員無事 東亜鉱工○○精錬所」 d宮古・下閉伊郡

「空襲はありましたが従業員全員無事 東亜鉱工○○精錬所」

昭和20年8月14日新岩手日報には、こんな広告が出ている。 「去ル空襲ニ際シ工場被害軽微…」 広告の主は「東亜鉱工 ○○精錬所」 そもそも東亜鉱工ってどこの会社? と思ったらそれは現在のラサ工業らしい。 ラサ工業といえば宮古か。 軍需工場は機密上、どこそこにあるということを新聞などで言うことはできな…
盛岡・国劇で市川團十郎・市川鶴之助一座が特別興行!(昭和20年8月12日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・国劇で市川團十郎・市川鶴之助一座が特別興行!(昭和20年8月12日)

昭和20年8月10日の岩手日報より。 盛岡の国劇(のちの国民映画劇場と同じ場所?)で、市川團十郎と市川鶴之助一座の歌舞伎興行を行うという。 あちこちで空襲がある中、一般市民も歌舞伎興行を開催し、それを見に行く余裕があったのかどうかは分からないが、このような記録はあるということで。   &n…
盛岡駅「乗車券発行制限で定期券の購入が増えたのはいいんですけど…」(昭和20年8月10日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡駅「乗車券発行制限で定期券の購入が増えたのはいいんですけど…」(昭和20年8月10日)

昭和20年8月10日の新岩手日報より。 盛岡駅の統制官は言う。 「最近、乗車券の発行制限の強化で定期券の購入がやたら増えたのですが、その定期券購入所だって登録した役所とか病院に限ってますが、その申請書を出していないところが、特に盛岡に多いので支給申請してください。 これまでは申請が無くても特別に発行…
扶桑第六〇一工場(場所不明)「お願いだから戻ってきて!逃げ出したことはもう何も言わないから!」(S20.8.10新岩手日報) e釜石・遠野・上閉伊郡

扶桑第六〇一工場(場所不明)「お願いだから戻ってきて!逃げ出したことはもう何も言わないから!」(S20.8.10新岩手日報)

この資料は、1945年(昭和20年)8月9日に岩手県釜石市へ敢行された2度目の艦砲射撃の直後、釜石製鉄所の「扶桑第601工場」が従業員に向けて出した非常に切迫した内容の広告です。ご質問にある「逃げ出す人が多かったのか」という点については、この文面そのものが、当時の職場放棄や避難による労働力喪失の深刻…
今週の映画は「最後の帰郷」(大映)、「愛と誓ひ」(東宝)(昭和20年8月10日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

今週の映画は「最後の帰郷」(大映)、「愛と誓ひ」(東宝)(昭和20年8月10日)

昭和20年8月10日の岩手日報より。 この時期になると映画配給はどこの映画会社で製作するにかかわらず「紅系」「白系」に分けて行われるようになったようである。 この記事を書いている令和3年年末の時点で、どちらがどっちかは判然としていないが。とにかく2本ずつの映画配給ということには変わりなかったようであ…
上閉伊郡栗橋村では割当量の234%の松根油生産!(昭和20年7月12日) e釜石・遠野・上閉伊郡

上閉伊郡栗橋村では割当量の234%の松根油生産!(昭和20年7月12日)

昭和20年7月12日の岩手日報より。 4~6月の第1期の松根油生産において、県下で最も優秀な成績をあげたのは上閉伊郡栗橋村で、割当量の実に23割4分の生産を達成したという。 これは、責任者が滅敵の闘魂を燃やして2里(8km)の道を、未明から夜の8時まで何があっても帰宅せずに奮闘したからであるという。…
二戸郡福岡では松根油生産死守に「七人の侍」(昭和20年7月12日) b二戸・二戸郡

二戸郡福岡では松根油生産死守に「七人の侍」(昭和20年7月12日)

昭和20年7月12日の岩手日報より。 石油の採れない日本では、「ガソリンの一滴は血の一滴」で、木炭ガスで自動車を動かし、松根油で飛行機を飛ばそうとしていた。 この状況であるにもかかわらず、二戸郡福岡町の松根油生産状況は芳しくない状況であった。 そこで、福岡町農業会長は二戸国民動員署にこの実情を訴え、…
仙台鉄道局では7月11日~9月10日を「極限的輸送力増強期間」とする(昭和20年7月10日) l全県

仙台鉄道局では7月11日~9月10日を「極限的輸送力増強期間」とする(昭和20年7月10日)

昭和20年7月10日の岩手日報より。 仙台鉄道局では、戦時体制の維持の為に、7月11日~9月10日を「極限的輸送力増強期間」と定めることにした。 これは、軍需省(昭和18年に商工省から改組)の定める重要資源と、食糧以外の輸送を極力抑制し、それ以外の貨物の受付を場合によっては拒絶するというもの。 また…
代用食、代用醤油のレシピ(昭和20年7月10日) d宮古・下閉伊郡

代用食、代用醤油のレシピ(昭和20年7月10日)

昭和20年7月10日の岩手日報より。 前年の11月に東京から疎開してきた書道家は毛筆をあっさり捨てて、宮古翼壮松根油工場で働いているという。 その奥さんは、日々の食事のことを常に考えていた。 この際、嗜好本位を捨てて栄養本位で考えないといけない。 道端の草には食べられない草より食べられる草の方が多い…
水沢では灯火管制の反則36件(昭和20年7月6日) h水沢・江刺・胆沢郡

水沢では灯火管制の反則36件(昭和20年7月6日)

昭和20年7月10日の岩手日報より。 水沢警察署では、水沢町内の灯火管制の状況を点検したら、36件の反則があった。 電球に直接覆いを掛けているもの 片側だけ遮光しているもの 全く遮蔽をせずに雨戸だけ閉めているもの このために電球40個を押収した。 反則者は疎開者が多かったという。 言い訳としては「資…