二戸郡福岡では松根油生産死守に「七人の侍」(昭和20年7月12日)

昭和20年7月12日の岩手日報より。

石油の採れない日本では、「ガソリンの一滴は血の一滴」で、木炭ガスで自動車を動かし、松根油で飛行機を飛ばそうとしていた。
この状況であるにもかかわらず、二戸郡福岡町の松根油生産状況は芳しくない状況であった。

そこで、福岡町農業会長は二戸国民動員署にこの実情を訴え、松根油工場を死守する人員を選ぶことにした。

そして選ばれたのは46~57才の7名。

勤労動員署長は「選ばれて諸君が今戦場に送る重要資材の生産に敢闘するを得た名誉を増産に示せ」と激励した。

 

もっとも「選ばれた」とはいうものの、この中年の人たちがどういう状況であったかは判然としない。

家業である農業を放り出してでも松根油を生産せよ、だったのか、あるいは職が無くてブラブラしていたのか・・・

 

ちなみに「勤労動員署」とは、戦前の職業紹介所が昭和19年に戦時体制で「国民動員署」となったもの。

現在の職業安定所のはしりである。

 

 

 


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