d宮古・下閉伊郡 14 3月 1968 宮古商業高校で修学旅行を廃止(昭和43年3月14日) 昭和43年3月14日の岩手東海新聞より。 宮古商業高校では、次の年度から修学旅行を廃止するという。 その理由について記事の書きぶりをそのまま抜き出すと、 交通ラッシュやすし詰め旅館に盛りだくさんのスケジュールという心身をすり減らす疲労を敢えてすることの是非について生徒の意思をきいていたが、この結論を… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12 3月 1968 釜石もそのうち自動電話になります!(昭和43年3月12日) 昭和43年3月12日の岩手東海新聞より。 釜石市上中島の、釜石南高校跡地に新たに電話局が建設中で、クロースバー400型交換機が整備中なのであるという。 これが運用開始すれば、釜石市内も自動通話化するのだという。 これが完成すれば、東日本の2050局とはダイヤル市外通話が、西日本1400局とは交換手の… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 3月 1968 難病手術の献血のために37人がバスで釜石から仙台へ(昭和43年3月8日) 昭和43年3月14日の岩手東海新聞より。 釜石市内に、心室中隔欠損症の中学3年生がおり、手術が必要な状態であった。 このことを昭和43年2月27日の岩手東海新聞で「仙台の東北大学病院で手術が必要だが、愛の献血をお願いします」と呼び掛けたところ、釜石市内の37人がこれに応じ、3月8日の手術に際し、貸し… 続きを読む
事件・犯罪・司法 20 2月 1968 【参考】金嬉老事件(昭和43年2月20日) 静岡県寸又峡温泉で在日コリアンの金嬉老がヤクザを殺して旅館に立てこもり。 https://youtu.be/rr-go367r9g… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10 2月 1968 岩手公園内に岩手県立図書館の新館が開館(昭和43年2月10日) 昭和43年2月10日、内丸の岩手公園内に岩手県立図書館が移転開館。 岩手県立図書館は平成18年に現在の盛岡駅の裏(アイーナ)に移転している。 その後、この建物は「もりおか歴史文化館」となっている。 https://www.youtube.com/watch?v=NskIPEtEbhA … 続きを読む
i一関・西磐井郡 8 2月 1968 東京で中尊寺展を開催(昭和43年2月8日) 東京のどこかで中尊寺展を開催したとか。 https://www.youtube.com/watch?v=3TCBWuXk4vg … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 30 1月 1968 釜石市営ビル独居老人殺人事件(昭和43年1月30日) 閉店時刻でもないのに 釜石製鉄所は合理化され、愛知県の東海製鉄所に集団で転勤するなど、人口は8万人を切っていたが、相変わらず溶鉱炉の火は赤々と燃え、中心街はガラの悪い賑わいを見せていた時期の釜石市での事件である。 昭和43年1月30日の夜8時半頃。 釜石港に近い浜町の市営ビル1階でタバコや種苗を売っ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 17 1月 1968 川口の強盗殺人事件(S43.1.17) 昭和43年1月17日午前9時頃、岩手県岩手郡岩手町川口地区で、ある女性が近所の一人暮らしの女性宅を訪ねた際、鍵がかかっていない玄関から中に入り、居室で血を流して倒れている遺体を発見した。この女性は近くの岩手町川口駐在所に駆け込み、警察が現場へ急行した。遺体の状況や室内が物色された形跡から、警察は殺人… 続きを読む
備考※1 12 1月 1968 【参考】各地で「明治100年」記念行事(昭和43年1月12日) 東京や愛知県犬山市の明治村などで開催。 https://youtu.be/p1zfmgT0NiU… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 12月 1967 松屋デパートの初売りは1月2日から!(S42.12.31岩手日報) 昭和42年12月31日の岩手日報に掲載されたこの広告は、かつて盛岡市内に存在した老舗百貨店「松屋デパート」の新春初売りを告知するものです。当時の盛岡の年末年始風景を今に伝える貴重な資料として、昭和の商業文化の一端を垣間見ることができます。 広告中央に大きく掲げられた「初売福の市」の文字は、まさに新年… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 12月 1967 県立図書館が竣工(s42.12.31岩手日報) 昭和42年12月31日付の岩手日報には、年の瀬にふさわしい「祝・県立図書館竣工」の全面広告が掲載されていました。場所は盛岡市内丸、岩手公園(現在の盛岡城跡公園)内。年明けの昭和43年2月10日に開館予定とされており、県民にとっての新たな知の拠点の誕生が高らかに謳われています。 広告には、当時の岩手県… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 12月 1967 盛岡・メガネの水晶堂「メガネはスイスコーティングで!」(S42.12.30岩手日報) 昭和42年12月30日の岩手日報より。 昭和42年の年の瀬、盛岡市中の橋通にある眼鏡専門店「水晶堂」が岩手日報に出した新聞広告は、視力と快適さへの意識が高まっていた時代の空気を感じさせてくれます。 広告は「スイスコーティング」の技術を大々的に紹介しており、「あなたのメガネをサングラスにします」「現在… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 25 12月 1967 大船渡でアワビの畜養を始める(昭和42年12月25日) 1967年(昭和42年)12月25日の岩手日報に、大船渡市でのユニークな取り組みが紹介されています。記事によると、大船渡市千丸海岸にある「大船渡海藻類採苗所」では、既存の採苗水槽を活用してアワビの「畜養」を始めたとのことです。 畜養の対象となったのは、赤崎海岸で採取された天然のアワビ約2トン。これを… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 25 12月 1967 田老鉱山にも公害問題でダム建造計画(S42.12.25岩手日報) 昭和42年、岩手県の田老町(現・宮古市)に位置するラサ工業田老鉱山では、銅、マンガン、亜鉛などの金属鉱石が盛んに採掘されていた。しかし、鉱石の選鉱工程で発生する黒い鉱滓(こうさい)が、鉱山下流の長内川を汚染するという深刻な問題を引き起こしていた。 この廃液は長内川を経て、最下流部の乙部地区や海岸の漁… 続きを読む
l全県 25 12月 1967 日活映画で’68年の夢をタックル!楽しさいっぱいの新春番組!!(昭和42年12月25日) 昭和42年12月25日の岩手日報の広告欄より。 日活の正月映画についてのラインナップが載っている。 当時は県内各地の映画館も健在だった。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 19 12月 1967 折爪岳に展望台(S42.12.19デーリー東北) 昭和42年12月19日付のデーリー東北には、当時の二戸郡福岡町が整備を進めていた折爪岳の観光展望台が完成したというニュースが大きく報じられていました。標高852メートルの山頂に完成したこの展望台は、高さ7.5メートルの鉄筋コンクリート製で、外側にらせん状の階段を備えた円柱型のモダンな外観が特徴です。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 17 12月 1967 父ちゃんが出稼ぎから戻ってくる(S42.12.17デーリー東北) 昭和42年12月17日のデーリー東北という一枚の紙面から立ち上がってくるのは、現代の感覚とは大きく異なる、熱を帯びた東北の冬の光景です。紙面の中心で踊る「とうちゃんが戻った」という見出しは、当時の久慈や九戸地方において、出稼ぎからの帰郷がいかに地域全体を揺り動かす大きなイベントであったかを物語ってい… 続きを読む
b二戸・二戸郡 16 12月 1967 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを町内に配り続けた人(S42.12.16デーリー東北) 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを6年間に渡り配り続けた人が話題に。 … 続きを読む
l全県 13 12月 1967 岩手国体決定の裏で八戸冬季国体を辞退(S42.12.13デーリー東北) この時期、昭和45年に岩手国体を開始することが決まったようだ。 その一方で、八戸国体を辞退していた模様。 八戸の地元紙であるデーリー東北では準備に差があったのではないかと総括している。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 12月 1967 盛岡のキャバレー「ソシュウ」に東海林太郎が!(S42.12.12岩手日報) 【昭和レトロ】盛岡・中央通に「直立不動の歌声」が響いた日。 先日、昭和42年(1967年)12月12日付の岩手日報の切り抜きを手にしました。 そこには、今では想像もつかないような、豪華でエネルギッシュな盛岡の夜の記録が刻まれていました。 Screenshot 主役は、かつて盛岡の中央通にあった伝説の… 続きを読む
c久慈・九戸郡 12 12月 1967 久慈地区にし尿処理場を(S42.12.12デーリー東北) 九戸地区結核予防組合は九戸地区保健衛生組合と名を変えて、し尿処理場を建設しようという運びになった。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 12月 1967 久慈に中越パルプが進出?(S42.12.10デーリー東北) 久慈に中越パルプの工場が進出するかもしれないが、そのためには港湾整備が必要という条件。 また、下には小さく一戸町で戦没者慰霊法要が行われた旨の報道。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 9 12月 1967 「粗酒粗肴」なんて造り酒屋に失礼だ(昭和42年12月9日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 岩手県内では、11月21日から県産酒愛用運動が実施されていた。 久慈ロータリークラブ例会に現れた、岩手県酒卸支店長は、 「各種宴会の挨拶によくある、本日は粗酒粗肴で何もありませんが酒だけはたっぷり用意してありますといった表現は、真剣に酒を作っている私どもにと… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 種市でかんぼう(干しアワビ)作り始まる(昭和42年12月6日) 昭和42年12月6日のデーリー東北より。 岩手県のアワビは、11月1日から解禁になったが、種市町小子内では、この年も乾鮑(かんぼう)作りが始まった。 乾鮑(かんぼう)は、貝殻からはがしたアワビを塩漬けにして、水洗いをして、大きな釜で煮てから40日間ほど天日乾燥して作るものであり、主に香港に輸出されて… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正 &… 続きを読む
b二戸・二戸郡 6 12月 1967 福岡(二戸)・大作神社の修築に奉賛会発足(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日の『デーリー東北』紙は、二戸郡福岡町(現・二戸市)にある大作神社の修築を目的とした奉賛会が12月6日に発足したことを報じている。この神社は、盛岡藩士・相馬大作(本名・下斗米将真)を祀るもので、会場となった福岡町中央公民館には町内外の関係者が集い、老朽化した社殿を後世に伝えるべく修… 続きを読む
b二戸・二戸郡 6 12月 1967 一戸や軽米でスリップ事故続出(S42.12.6デーリー東北) 昭和42年12月6日の『デーリー東北』紙によれば、同年12月5日の早朝、青森県境に近い岩手県北部で凍結した国道4号線を中心に、スリップ事故が相次いだ。 特に深刻だったのは、一戸町小繋から中山にかけての約4キロの区間。午前4時から9時半のあいだに、なんと6件もの事故が連続して発生し、現場は騒然となった… 続きを読む
g北上・和賀郡 5 12月 1967 和賀地方のイイズシ中毒調査(S42.12.5岩手日報) 岩手県内陸部では、発酵したイイズシ(飯寿司)でボツリヌス菌中毒になることが多かったようで、県が調査に乗り出すと。… 続きを読む