工業

東北一の商港は釜石港(昭和35年1月5日) e釜石・遠野・上閉伊郡

東北一の商港は釜石港(昭和35年1月5日)

昭和35年1月4日の岩手日報より。 昭和34年1月~12月の港別の輸出入で、釜石港は輸出55372トン、24億8300万円、輸入は99万1600トン、61億9300万円で東北で一位であったという。 輸出はブラジル・タイ・台湾向けのレールが主で、輸入は鉱石・スクラップ・石炭といずれも釜石製鉄所に関係す…
釜石市内の帆布店「強くて軽快なビニロン作業服!」(昭和34年9月23日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石市内の帆布店「強くて軽快なビニロン作業服!」(昭和34年9月23日)

昭和34年9月23日の岩手東海新聞より。 釜石市内の帆布店では、ビニロン作業服の広告を打っている。 「強くて軽快な」とは言う物の、ビニロンは熱には弱く、アイロン温度はかなり注意が必要であったと言う。 「強くて軽快な」とは言う物の、ビニロンは熱には弱く、アイロンの温度はかなり注意が必要であったと言う。…
釜石職安ではオート三輪を広報車にして人集め(昭和34年8月21日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石職安ではオート三輪を広報車にして人集め(昭和34年8月21日)

昭和34年8月21日の岩手東海新聞より。 水産業界は漁期が来て、釜石製鉄所も好景気ということで釜石公共職業安定所には求人票が殺到、オート三輪を広報車にして人集めに駆り出されることになった。 求人票は600〜700名分あり、内訳は以下の通りであったという。 釜石製鉄所作業員 70名 海陸運送 男子 1…
新日鉄釜石ラグビー部が発足(昭和34年5月21日) e釜石・遠野・上閉伊郡

新日鉄釜石ラグビー部が発足(昭和34年5月21日)

昭和34年5月22日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所のラグビー部が「全国一の強豪チームを目指して」5月21日から小佐野球場外に設けられた特設ラグビー場で練習を開始した。 初練習には岩手県ラグビー協会八幡正会長やコーチ2名も来て熱心にコーチするという念の入りようだった。 創部メンバーは以下の通り。 増…
釜石港に石炭輸送のリベリア船が入港(昭和34年5月17日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石港に石炭輸送のリベリア船が入港(昭和34年5月17日)

昭和34年5月22日の岩手東海新聞より。 製鉄所の高炉が盛んだった釜石港では外国船の出入りも盛んだったようで、リベリア船のアインド・スキイパー号がひときわ目立っていたという。 この船はアメリカ産の石炭を13,500トン積んでノーフォーク港から来たのだという。 5月17日に入港し、22日に出港とのこと…
東山村に岩手セメント工場が10月に落成(昭和33年9月7日) j東磐井郡

東山村に岩手セメント工場が10月に落成(昭和33年9月7日)

昭和33年9月7日の岩手報知より。 この年の10月10日、東磐井郡東山村では岩手セメント工場の落成祝賀式を予定していた。 岩手セメント工場は、東北開発株式会社が20億円を投じて完成させた。 鉄筋コンクリートの工場では、300人の工員が日夜生産に励んでいると言う。 10月10日の落成式では、東北開発株…
岩手県内各地で初荷(昭和32年1月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県内各地で初荷(昭和32年1月2日)

昭和32年1月3日の河北新報より。 県内各地では初売りとなった。 【盛岡】暖かい天気に恵まれ、人出が増えた。盛岡駅では乗降客が平日の二倍半という盛況。初荷は風船や小旗で飾り付けたトラックやオート三輪が市内を走り回っていた。圧巻は日通盛岡支店で、10時からボデーを飾りまくったトラックやオート三輪20台…
国際港としてのびゆく釜石港(昭和31年1月1日) e釜石・遠野・上閉伊郡

国際港としてのびゆく釜石港(昭和31年1月1日)

昭和31年元旦の河北新報岩手版より。 釜石製鉄所の昭和30年の輸出総額は16万トンで70億円であった。 新春そうそうの1月2日には、日本商船の興名丸(7000トン)が釜石に入港し、アルゼンチン向けにスラブやビレットを積み出すという。 また、松岡開運の松福丸(6890トン)もまた、アルゼンチン向けにビ…
ブラジルから「岩手県人を」と指名で求人(昭和30年6月8日) c久慈・九戸郡

ブラジルから「岩手県人を」と指名で求人(昭和30年6月8日)

昭和30年6月8日のデーリー東北より。 久慈職業安定所に、6月8日、ブラジル行きの工業技術者皆が欲しいと求人依頼が舞い込んだ。 これは、岩手県出身で、この記事の現在ではリオデジャネイロでブラジル特産の宝石や貴金属製品を送り出している滞米40年の実業家によるものだった。 特に忍耐強い岩手県人を10名を…
サイダーのかき入れ時は花見のシーズン(昭和29年3月30日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

サイダーのかき入れ時は花見のシーズン(昭和29年3月30日)

昭和29年3月30日の岩手日報より。 盛岡市内のサイダー工場は、花見のシーズンに向けて書き入れ時であるという。 ちなみにこの年の盛岡の桜の開花は4月19日(気象庁ホームページより)。   また、「ラムネ」と「サイダー」の違いは、サントリーのホームページによれば以下のとおりであるという。 ラ…
浪打村の鳥越を竹細工の一大名産地にしよう(昭和27年9月15日) b二戸・二戸郡

浪打村の鳥越を竹細工の一大名産地にしよう(昭和27年9月15日)

昭和27年9月15日の岩手日報より。 令和4年現在は一戸町となっている二戸郡浪打村鳥越地区では、竹細工が伝統的に行われており、それがにわかに中央で脚光を浴びだしたのだという。 そこで、工業技術院から講師を呼んで、それまでの武骨な実用本位のものから高級工芸品として売り出すようにしよう、ともくろんでいた…
東北・北海道中小企業工芸振興展 a盛岡・岩手郡・紫波郡

東北・北海道中小企業工芸振興展

1952年9月8日の岩手日報より。 北海道・東北・新潟の産業工芸品を一堂に集めて東北・北海道中小企業工芸振興展が、10日~16日まで県立美術工芸学校と県商工館で開かれるという。 戦後に岩手県内で開催された展示会としては最大のものになるということで、5000点の出品数でにぎわうこととなった。 この時点…
南部鉄瓶も「Made in Occupied Japan」(昭和27年9月3日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

南部鉄瓶も「Made in Occupied Japan」(昭和27年9月3日)

昭和27年9月5日の岩手日報より。 後年「岩手県東京事務所」となる東京物産あっせん事務所に、アメリカはサンフランシスコの日系人から「南部鉄瓶50個」の依頼が舞い込んだ。 値段は東京渡しで700~2000円止まりという。 アメリカでは鉄瓶は日常使わず、飾り物にするのだという。   当時であれ…
富士鉄釜石製鉄所が十勝沖地震のお見舞いお礼 e釜石・遠野・上閉伊郡

富士鉄釜石製鉄所が十勝沖地震のお見舞いお礼

昭和27年3月7日の河北新報より。 十勝沖地震は3月4日発生。 釜石製鉄所ほどの大規模な事業所になると仙台方面の付き合いも多かったのだろう。 それで河北新報にも広告となったようである。 富士製鐵は昭和25年の財閥解体で、それまでの日本製鐵が富士製鐵と八幡製鉄に分割されて発足。 昭和45年には再び八幡…
仙北町駅の前にトロッコメーカーがあった(昭和27年1月7日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

仙北町駅の前にトロッコメーカーがあった(昭和27年1月7日)

昭和27年1月7日の岩手新報より。 仙北町駅前のトロッコメーカーが広告を出している。 仙北町西浦地という現存しない町名となっているが、仙北町駅の裏あたりだろうか。 現在でこそ住宅地が広がっているが、昭和の末頃まで工場などがあった記憶はあるのだ。    …
輸出向けの「清酒の缶詰」(昭和26年4月14日) m県外・参考

輸出向けの「清酒の缶詰」(昭和26年4月14日)

昭和26年4月14日の「夕刊いわて」より。 岩手で清酒の話題というので岩手川?酔仙?と思ったら神戸の灘だという。 まあ岩手県内のローカル新聞に掲載された話題ということでお許しいただきまして・・・ ともかくも灘では、輸出向けに「清酒の缶詰」を製造するという。 これまで技術的に不可能だったのは、缶の内部…