e釜石・遠野・上閉伊郡 3 9月 1960 釜石小学校が新校舎に生まれ変わる(昭和35年9月3日) 昭和35年9月3日の岩手東海新聞より。 明治6年に開校した釜石小学校は、この時点では明治37年、日露戦争が開戦した年に建築された築57年の校舎であった。 それを新しく鉄筋コンクリートに改築するというのである。 近く、PTAにより校舎とのお別れ会が開かれるのだという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 9月 1960 釜石かつぎ屋事情(S35.9.1岩手東海新聞) 「釜石残酷物語」としてシリーズものになっていた、釜石の下層生活の一端を物語る話。 この頃の担ぎ屋は、遠野あたりの農村地帯から来ていたようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 28 8月 1960 五葉山の木材運搬ケーブルに若者が勝手に乗って遊んでいると・・・(昭和35年8月28日) 昭和35年9月1日の岩手東海新聞より。 五葉山の大松登山口に木材運搬用のケーブルがある。 ここで釜石市松倉の若者数人が乗って遊んでいた。 そうしたら機械が故障してしまい、乗っていた2人は戻れなくなってしまったのだ。 眼下には谷川が渦を巻いて流れている。 もう飛び降りるしかない?でも命の保障は無い。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 9 7月 1960 一関から南米に移民する3家族の送別会(昭和35年7月9日) 昭和35年7月9日の岩手報知より。 一関市大平開拓地から、南米パラグアイに行く3世帯17名の送別会が中里農協会議室で開かれた。 送別会には一関市長、一関市農林課長、市内各農業組合長、開拓連盟支部長など60人が集まった。 移民団の代表からは「このような盛大な送別会を開いていただいて感謝にたえません。パ… 続きを読む
i一関・西磐井郡 2 7月 1960 一関の販売店「石油コンロで日活・東映映画ご招待!」(昭和35年7月2日) 昭和35年7月2日の岩手報知より。 一関市内のもコンロ販売店では、石油コンロで日活・東映の映画ご招待!という広告を出していた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 5月 1960 釜石のBGは初給料を何に使う?(S35.5.14岩手東海新聞) 釜石のBG(昔はOLをそう呼んだ)は初任給を何に使ったか?という話。 及新百貨店の店員、東部バスのバスガイドというのが時代。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 5月 1960 釜石の南町ってどこ?(昭和35年5月3日) 昭和35年5月3日の岩手東海新聞より。 釜石関係の記事でたまに出てくる「南町」とはどこのことか? このことが牛乳販売店の広告で分かった。 釜石の大町の中心街の1本南の通りで、製鉄所にくっついた、昔釜石警察署があった通りのことだったようだ。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 4月 1960 くろがねノーバ(昭和35年4月20日) 盛岡バスセンターが開業したその昭和35年4月20日の岩手日報の広告欄より。 今はなき東急くろがね工業のトラック「ノーバ」の広告が出ている。 販売店は岩手県域で独立していたわけではなく、「宮城くろがね販売岩手支店」として、盛岡の大沢川原(下ノ橋の盛岡駅よりで現在の岩手女子高校の近辺)にあったようである… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 3月 1960 浩宮さま御生誕記念で川徳デパートでは赤ちゃん写真募集(昭和35年3月8日) 昭和35年3月8日の岩手日報より。 この年の2月23日に浩宮徳仁殿下がお生まれになった。 そこで、盛岡の川徳デパートでは赤ちゃんの生活写真を募集することにしたのである。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 3 3月 1960 新宮様ご誕生に県南の市町村も祝賀広告(昭和35年3月3日) 昭和35年3月3日の岩手日報より。 この年の2月23日に徳仁様が御誕生された。 これを祝福して、県南の市町村が岩手日報に広告を出したのである。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 3月 1960 盛岡の建設業者が南ベトナムで合弁会社設立(昭和35年3月1日) 昭和35年3月1日の岩手日報より。 盛岡の建設業者が、南ベトナムの豊富な森林資源に着目し、合弁会社を設立するという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 15 1月 1960 松屋デパートでは淡々と冬物大見切り市(昭和35年1月15日) 昭和35年1月15日の岩手日報の広告欄より。 川徳で成人の日のお祝いを出しているのに対し、松屋デパートでは淡々と冬物見切り品をバーゲンに出している。 この当時の物価水準が分かるのではないだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 15 1月 1960 川徳デパートでは成人の日を祝う広告(昭和35年1月15日) 昭和35年1月15日の岩手日報の広告欄より。 川徳デパートが成人の日を祝う広告を出している。 松の内が明けたこの時期でも「初春衣装」は展示していた模様。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 14 1月 1960 盛岡で雪の中を安保反対のデモ行進(昭和35年1月14日) 昭和35年1月15日の岩手日報より。 日米安保条約改定阻止運動の岸首相渡米・調印反対の全国統一行動の1月14日午後6時から盛岡市内丸の県公会堂で行われた。 大会には、盛岡市内からだけではなく、松尾鉱山からもトラックに分乗して労働組合員150名が盛岡までやってきた。 大会は20分で終了し、公会堂から盛… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 13 1月 1960 気仙地方では麦踏みが始まる(昭和35年1月13日) 昭和35年1月13日の岩手日報より。 記事中の記述をそのまま借りれば「雪を知らない気仙地方ではもう麦ふみが始まった」。 麦踏みというのは、麦の新芽の段階で踏圧することで、耐寒性を高めるのだという。 令和の現在、気仙地方で麦の生産が盛んであるという印象はない。 JA大船渡のホームページに… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 11 1月 1960 東北大「山田町は赤皿貝の養殖に適してますよ!」(昭和35年1月11日) 昭和35年1月11日の岩手日報より。 下閉伊郡山田町は、東北大学生物学教室に依頼し、山田湾の赤皿貝の養殖について調査を行っていた。 その結果。養殖に有望な敵地であるという結果を得ることができた。 それまで、赤皿貝の養殖というと青森県の西平内海岸で透析して付着させる、会の耳に穴をあけてビニールの紐に吊… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 1月 1960 釜石のミシン店「シンガーミシンは24回月賦で31,200円から!」(昭和35年1月9日) 昭和35年1月9日の岩手東海新聞より。 広告欄にはシンガーミシンの広告が載っており、月賦で買えるという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 1月 1960 松尾鉱山にデラックス・バス(昭和35年1月8日) 昭和35年1月8日の岩手日報より。 松尾鉱業所には前年末に2台のデラックス・バスが到着したのだという。 それは1960年型の定員65人乗りで、130馬力のトヨタ車であるという。 車体は「明るいグレーに青色の帯を巻い」ているという。 この時点では、元山~屋敷台(松尾鉱山鉄道の駅)を往復しているだけであ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 1月 1960 釜石・及新デパート「冬物衣料大特売会」(昭和35年1月7日) 昭和35年1月7日の岩手東海新聞より。 釜石の及新デパートでは冬物の大特売会であるという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 1月 1960 東北一の商港は釜石港(昭和35年1月5日) 昭和35年1月4日の岩手日報より。 昭和34年1月~12月の港別の輸出入で、釜石港は輸出55372トン、24億8300万円、輸入は99万1600トン、61億9300万円で東北で一位であったという。 輸出はブラジル・タイ・台湾向けのレールが主で、輸入は鉱石・スクラップ・石炭といずれも釜石製鉄所に関係す… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1960 昭和35年の釜石の初売り広告たち(S35.1.1岩手東海新聞) 昭和35年、元旦の岩手東海新聞は、釜石市内の各店舗の初売り広告で埋め尽くされている。 この記事を書いている令和5年現在、現存する店は無いのではないだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 1月 1960 盛岡バスセンターの向かいに昭和石油ガソリンスタンド完成(昭和35年1月1日) 昭和35年元旦の岩手日報の広告欄より。 盛岡バスセンターの前に昭和石油盛岡モデルステーションが完成するという。 ・・・というか、この時点では盛岡バスセンターの開業はこの年の4月20日であり、まだバスセンターとしてはオープンしていなかったはず。 それでもバスセンターに対する期待は大きかったのだろうか。… 続きを読む
m県外・参考 1 1月 1960 日興証券仙台支店「繁栄の1960年 マネービルを始めましょう!」(昭和35年1月1日) 昭和35年元旦の岩手日報の広告欄より。 日興証券仙台支店が「マネービルを始めましょう」と広告を打っている。 マネービル… なんだか懐かしい響きである。 少なくとも昭和50年代中頃まではこんなコピーを見ていた覚えはある。 ところで、他の広告が七十七銀行だったり三色最中だったり、仙台の企業のものばかりだ… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 17 12月 1959 岩手開発鉄道に新しい機関車(昭和34年12月17日) 昭和34年12月19日の岩手日報より。 岩手開発鉄道では、牽引力不足による滞貨で悩んでいたところ、新しいディーゼル機関車が盛駅に到着し、いよいよ輸送力の増強が期待できる状態になったという。 … 続きを読む
g北上・和賀郡 2 12月 1959 北上で東北最後の馬市(昭和34年12月2日) 昭和34年12月2日の岩手日報より。 このシーズンでは東北で最後に開催される北上の馬市は、北上市馬検場で北海道産馬1000頭を集めて開催された。 まだ農耕や移動には馬力が必要だった時代である。 北上(黒沢尻)の馬市は、東北で最後の「おせり」として、関東や関西からも集まるにぎやかなものであったという。… 続きを読む