m県外・参考 16 12月 1986 【参考】豊島区郷土資料館で「トキワ荘のヒーロー」展(S61.12.16中日ニュース) 昭和57年に取り壊された豊島区椎名町の「トキワ荘」は、漫画家の間では伝説的な存在であった。 そのトキワ荘を偲ぶ展示が豊島区郷土資料館で開催された。 ちなみに、トキワ荘に居住経験のある漫画家に岩手県関係者はいないようだ。 https://youtu.be/6dLFRxB3xX4 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 3月 1966 ラバさん:政治に物言わないのは昔から(昭和41年3月2日) 昭和41年3月2日の岩手東海新聞より。 連載の4コマ漫画「ラバさん」では、街頭録音をネタにしている。 レポーターに政治への不満を振られても「別に…」と何も言わず。 しかし家に帰ると、大いに政治への不満をぶちまける。 まるで現在のTwitterではないか。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 15 12月 1965 らばさん「モンキーダンス」(昭和40年12月15日) 昭和40年12月15日の岩手東海新聞より。 この当時連載されていたのは「らばさん」という4コマ漫画で、丸光デパートが提供していたようである。 また、この時期は「モンキーダンス」が流行しており、学校のPTAでも問題にされるなどしていた。 それで「そんなにモンキーダンスが好きなら動物園で動物と仲良くして… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6 12月 1965 らばさん「値上げ」(昭和40年12月6日) 昭和40年12月6日の岩手東海新聞より。 連載していた漫画「らばさん」では、値上げラッシュについて報じている。 酒も水道代も、果ては医療費まで値上げという時代で、まるでこのブログ記事をアップした令和5年2月のような世相だったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 12月 1965 (4コマ漫画)環境問題を熱く語る(昭和40年12 月4日) 昭和40年12月4日の岩手東海新聞より。 この頃になると、岩手東海新聞でも4コマ漫画「らばさん」を掲載していた。 そして、珍しいことに地元のデパートの丸光が提供すると言う形をとっていた。 そして、今回は何がテーマであったかと言うと公害問題である。 浮浪者曰く「我々は自然に対して非情です」。 そして、… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 12月 1965 4コマ漫画「らばさん」:フェミニストのいなかった時代(昭和40年12月1日) 昭和40年12月1日の岩手東海新聞より。 この時期になると、東海新聞にも4コマ漫画が出ていたようである。 今回は、整形外科を題材にしたもの。 2コマ目までは、美容整形をする女性を、それほど否定的には描いていない。 問題は3コマ目と4コマ目。 美容整形をした中年女性を、旦那は逃げてしまう。 このような… 続きを読む
l全県 11 10月 1965 本屋のハタキとミニスカート(昭和40年10月11日) 昭和40年10月11日の岩手日報より。 この当時連載されていた4コマ漫画「ケロちゃん」では、本屋がテーマとなっている。 本を買いもせず立ち読みしていると、店主が叩きを持って追い払いに来ると言うのはよくある風景であった。 本を買いもせず立ち読みしていると、店主がハタキを持って追い払いに来ると言うのはよ… 続きを読む
l全県 24 11月 1964 茶の間さん「オリンピックでアテが外れた分を取り戻せ」(昭和39年11月26日) 昭和39年11月24日の岩手日報より。 連載されていた4コマ漫画では、東京オリンピックをテーマにしている。 この年の東京オリンピックは10月24日に閉幕している。 それは国内のどの商売をする店にとっても一大商機であったはずだが、この漫画の店ではアテが外れたようだ。 それで「取り返してこい!」と旦那に… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 10月 1962 ハリキリさん「マッチ探してきて」(昭和37年10月3日) 昭和37年10月3日の岩手東海新聞より。 当時連載されていた「ハリキリさん」ではマッチがテーマになっている。 この家ではすでに都市ガスが引かれていたようで、ガス器具があるのだが、マッチがない。 そこで、子供にマッチを探すよう言い付ける。 果たして、子供がマッチを見つけたところはお父さんの洋服の中。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 7月 1962 ハリキリさん「電車で隣に座った美人」(昭和37年7月4日) 昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 この当時東海新聞に連載されていた4コマ漫画は「ハリキリさん」。 今回は電車の中。 主人公の隣に美人が座ってきて、もたれかかってくる。 なかなかラッキーな瞬間であるように思えるが、帰宅すると財布がない。 つまりあの美人は女スリだったのだ! ところで… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1962 ハリキリさん(昭和37年7月2日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 当時の岩手東海新聞では「ハリキリさん」と言う4コマ漫画を連載していたようである。 親子がちゃぶ台を囲んで食事をしている。 息子の方がテレビを見ながら食事をしている。 それに対し、お父さんは「テレビを見ながら食事をするんじゃない」と叱る。 しかし、そのお父さんは… 続きを読む
l全県 6 1月 1960 杉浦幸雄「チャキチャキ娘」(昭和35年1月6日) 昭和35年1月6日の岩手日報より。 この当時連載されていた4コマ漫画は杉浦幸雄「チャキチャキ娘」。 杉浦は明治生まれであるが女性描写には定評があり、「ヒゲとボイン」の小島功にも影響を与えたという。 確かにシンプルな描線で描かれた女性は「令和の漫画」として掲載してもさほど違和感無く受け入れられるのでは… 続きを読む
l全県 18 12月 1959 4コマ漫画に見る「学生運動が市民にどう思われていたか」(昭和34年12月18日) 昭和34年12月18日の岩手日報より。 この時に連載されていた「スカタン君」という4コマ漫画に、当時の学生運動がどのようにみられていたかを垣間見ることができる。 サラリーマン2名が赤ちょうちんで一杯やろうとしている。 そこへ酔っ払った学生がジグザグに歩いてくる。 まるで当時の安保反対のジグザグデモの… 続きを読む
l全県 20 5月 1958 にたもの親子「メクラでツンボ」(昭和33年5月20日) 昭和33年5月20日の岩手日報より。 連載されている漫画「にたもの親子」では選挙について扱っている。 5月22日には第28回衆議院議員総選挙が予定されていた時期であった。 乞食のようなボロボロの男も投票所へ行く。 そして問わず語りにいわく「あたしが投票した人は正直でウソを言わぬ人」。 ・・・と思った… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 15 9月 1957 ポン児君(何が何だか全く不明)(昭和32年9月15日) 昭和32年9月15日の岩手民声新聞より。 江刺のローカル紙・岩手民声新聞に連載される漫画はいつもいつも意味不明で何が面白いのか分からないことで定評があるが、今回はそれに輪をかけて意味不明である。 それもそのはずで、組版が裏焼きになっているのである。 &nbs… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 15 8月 1957 ポン児君「あれぢゃ見られん」(昭和32年8月15日) 昭和32年8月15日の江刺のローカル新聞「岩手民声新聞」より。 この時期連載されていたのは「ポン児君」という4コマ漫画。 正直言って、どんなふうに面白いのか謎である。 あえて解釈するならこんな感じだろうか。 主人公の前の席にはもともと美女が座っていたが、辞めてしまい後任は美人ではない女性。 主人公は… 続きを読む
l全県 30 3月 1954 鈍馬くん「このほうが楽でがんすよ」(昭和29年3月30日) 昭和29年3月30日の岩手日報より。 この当時連載していた4コマ漫画「鈍馬くん」より。 主人公の鈍馬くんは親切心があるようで、重いものを持っている老婆の荷物を代わりに持とうとする。 老婆は「この方が楽でがんすよ」と盛岡弁で遠慮する。 しかし鈍馬くんは無理に持つ。 そうすると老婆は腰が曲がった状態で歩… 続きを読む
i一関・西磐井郡 1 1月 1954 漫画「ウマ年の初荷」(昭和29年1月1日) 昭和29年1月1日の岩手日日より。 昭和29年は午年と言うことで、馬が主人公の子供向け漫画が出ている。 他の動物には遊んでもらえず、仕事はクビになると言う、嫌な初夢を見たものである。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 13 9月 1952 (4コマ漫画)街に馬が当然のようにいた時代(昭和27年9月13日) 昭和27年9月13日の岩手日報より。 この当時、「ポッポちゃん」と言う4コマ漫画は連載されていたようであるが、まずは女子同士のファッションチェックである。 友達の「クジャクさん」は、パリスタイルで帽子をかぶっていると言う。 そしたら、向こうから馬がやってきた。 馬も帽子をかぶっているので「パリスタイ… 続きを読む
l全県 1 7月 1951 【1コマ漫画】親子心中防止(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 1コマ漫画で親子心中について扱っている。 親子心中が後を断たない時代だったようで、「親子心中の方はいますぐご相談においで下さい」という立て看板がしてある。 その隣には葬儀社が広告を出している。 「どうせ死ぬなら葬儀のことまで考えましょう」と開き直ってしまって… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 10月 1950 山のボンペイ街のチャコ(357)匂いコするじゃ 昭和25年10月5日の岩手日報より。 この日に掲載された漫画「山のボンペイ街のチャコ」では、ボンペイが盛岡から帰宅する。 「あーあ やっぱり山はいいな。水の匂いコするよんた」 「林に来れば木の匂いコするし…」 「田んぼさ来れば稲の匂いコするし…」 「家さ入ればおづげ(おつけ:味噌汁)の匂いコするし、… 続きを読む
l全県 1 10月 1950 山のボンペイ街のチャコ(353)猫が生のイカ食べちゃいけません 昭和25年10月1日岩手日報より。 当時掲載されていた漫画「山のボンペイ街のチャコ」では、チャコの飼い猫「ニイ」が台所の生のイカを食べてしまう。 このあたりは獣医師による以下のページに書いてある。 いわく、 生のイカを猫に与えるのは絶対にダメです。鮮度が落ちた生のイカには、チアミナーゼという成分が含… 続きを読む
l全県 28 9月 1950 山のボンペイ街のチャコ(360)お魚が真っ黒焦げ(昭和25年9月28日) 昭和25年9月28日の岩手日報より。 当時連載されていた漫画「山のボンペイ街のチャコ」より。 ボンペイとチャコは七輪での焼き魚を見ているようチャコのお母さんに頼まれる。 ところが焼き過ぎて黒焦げにしてしまった。 それをお母さんは怒るでもなく「がまんしていただきましょうね」と。 後年であれば、発がん性… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10 2月 1950 山のボンペイ街のチャコ「くまのにぐ かわねスか」(昭和25年2月10日) 昭和25年2月10日の新岩手日報より。 連載されていた漫画「山のボンペイ街のチャコ」では、開墾者の所に行っていたようで、熊の肉でお別れという一幕となっている。 しかし「くまのにぐ かわねスか」とは、声に出して読みたい盛岡弁である。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 2月 1950 山のボンペイ街のチャコ「スキーはみんな1年生」(昭和25年2月6日) 昭和25年2月6日の新岩手日報より。 連載の漫画「山のボンペイ街のチャコ」では、スキーについて扱っている。 山に住むボンペイはカンジキを履いて雪の上を歩いているが、チャコは履いていないので追いつかない。 ではみんなでスキーを、ということになったらしい。 でもみんなスキーは初めてであったと言うオチ。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 2月 1950 山のボンペイ街のチャコ「色々なランプ」(昭和25年2月4日) 昭和25年2月4日の新岩手日報より。 この当時連載されていた「山のボンぺイ街のチャコ」では、ランプが話題になっている。 昭和20年代であれば、山奥の集落に電気が通っていたということ自体がまれで、ランプに頼る生活をしていた。 しかし、盛岡視点のチャコにしてみればやはりそれは珍しいものであ… 続きを読む
l全県 2 2月 1950 山のボンペイ街のチャコ(昭和25年2月2日) 昭和25年2月2日の新岩手日報より。 連載されていた「山のボンペイ街のチャコ」では、スズメ捕りにについて扱っている。 この時のスズメの鳴き声は「チューチュク」と表現されている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 2月 1950 山のボンペイ街のチャコ「吹雪」(昭和25年2月1日) 昭和25年2月1日の新岩手日報より。 連載されていた「山のボンペイ街のチャコ」では、冬の吹雪について扱っている。 この時期であれば、冬型の気圧配置によるものだろうか。 … 続きを読む
l全県 16 9月 1948 ピコちゃん「パパの忘れ物」(昭和23年9月16日) 昭和23年9月16日の岩手新報より。 連載の漫画「ピコちゃん」では、パパが会社に行こうとしている。 勤め人より自営業が多かったこの当時、ピコちゃんのパパはサラリーマンだったらしいので、それなりに学識はあったのだろう。 でも注意力は散漫だったようで、傘を忘れてしまう。 でもピコちゃんは「また戻って来る… 続きを読む
l全県 12 9月 1948 ピコちゃん「大変なこと」(昭和23年9月12日) 昭和23年9月12日の岩手新報より。 連載されていた漫画「ピコちゃん」では、主人公のピコちゃんがママを大急ぎで読んでいる。 そして新聞を読んでいるパパも呼ぶ。 どんな大変なことが起こったのかと思ったら「アリの喧嘩」。 … 続きを読む