c久慈・九戸郡 3月 31日 1971 じぇじぇじぇ!久慈でアルハラ報復殺人!?(昭和46年3月31日) 昭和46年3月31日、水曜日の午後。 久慈警察署に中年女性から捜索願が出された。 「旦那が昨日から家に帰ってこない。旦那は52歳で県職員。いつもなら酒を飲んでも10時には帰って来るのに。今朝、職場に電話したら出勤していないという。親戚にも電話したが来ていないという」 その「旦那」は、昨3月30日火曜… 続きを読む
c久慈・九戸郡 12月 9日 1967 「粗酒粗肴」なんて造り酒屋に失礼だ(昭和42年12月9日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 岩手県内では、11月21日から県産酒愛用運動が実施されていた。 久慈ロータリークラブ例会に現れた、岩手県酒卸支店長は、 「各種宴会の挨拶によくある、本日は粗酒粗肴で何もありませんが酒だけはたっぷり用意してありますといった表現は、真剣に酒を作っている私どもにと… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12月 1日 1967 「お遊び上手は出世の早道」(S42.12.1岩手日報) 広告欄より。 かつての繁華街・八幡町に近い松尾町のクラブの広告。 「お遊び上手は出世の早道」という惹句でサラリーマンを志向している。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11月 15日 1967 釜石・浜千鳥の酒かすでうまい料理を!レシピあり(昭和42年11月16日) 昭和42年11月16日の岩手東海新聞より。 釜石の蔵元・浜千鳥酒造では酒粕料理のレシピを公開中。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5月 6日 1967 「ソシュウ」に高城丈二と神楽坂浮子が来ます!(昭和42年5月6日) 昭和42年5月6日の岩手日報に掲載された広告より。 「ソシュウ」とは昭和33年に菜園に開業したキャバレー。 というか、管理人は氷河期世代であるためか「高城丈二」「神楽坂浮子」とか言われても全然分からない… しかしいずれも、Wikipediaに独立した項目があった。 まずは高城丈二から。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 7日 1966 釜石・中妻に近場「女壺」がオープン(昭和41年7月7日) 昭和41年7月7日の岩手東海新聞より。 釜石市中妻のオイシンマートに、地下バー「女壺」がオープンするのだと言う。 広告には「釜石はじめての地下歓楽街誕生」と書いているが、歓楽街と言うほど複数の店があったのかどうかは疑問。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4月 11日 1966 釜石の銘酒・浜千鳥がお花見シーズンにサービス(昭和41年4月11日) 昭和41年4月11日の岩手東海新聞より。 釜石の名酒で知られる「浜千鳥」が、花見シーズン出かけて、種々のサービスを行うと言う。 まずは、仮装用の幕やシートやテントを貸し出すと言う。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4月 2日 1966 釜石のクラブには仙台出身の子もいます(昭和41年4月2日) 昭和41年4月2日の岩手東海新聞より。 釜石市大町のクラブでは,ホステスの紹介もしているが,今回の子は仙台出身であるという。 仙台なら一番町や国分町でブイブイ言わしていたのが,なんでまた釜石まで・・・ … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3月 2日 1966 釜石でホステス募集(S41.3.2岩手東海新聞) 釜石市内の飲み屋でホステスやボーイを募集している広告。 指名料はともかくとして「本番料払戻し」is何・・・?… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12月 27日 1965 釜石に正月用の酒が届く(S40.12.27岩手東海新聞) 各地から帰省して、正月を過ごす人たちのために、釜石にも酒が届いた。 灘や秋田など、主要な産地からも運ばれてきたという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12月 4日 1965 新年会・忘年会は釜石・丸光5階食堂で!(昭和40年12月4日) 昭和40年12月4日の岩手東海新聞より。 広告欄には、前の年にオープンしたばかりのデパート・丸光が広告を出している。 食堂部で、新年会や忘年会の利用を呼びかけている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10月 15日 1965 南極観測隊に川徳デパートから岩手県の特産品をどっさりプレゼント(昭和40年10月15日) 昭和40年10月15日の岩手日報より。 11月から南極観測隊が再開されるに際し、川徳デパートでは岩手県の特産品350,000円相当をプレゼントすることにした。 南極観測は昭和40年で第7回目を迎えることとなった。 それまでは、南極観測統合推進本部から川徳デパートに対し、岩手県の特産物が注文されていた… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11月 2日 1964 重茂海岸にも「岩手川」(昭和39年11月2日) 昭和39年11月2日の岩手日報より。 岩手川は重茂海岸のアワビ漁解禁に関して広告を打っている。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11月 4日 1963 釜石・五ノ橋際のサロン「かっぱの皿」(S38.11.4岩手東海新聞) 釜石駅から中妻に行く方の五ノ橋際に「かっぱの皿」というサロンがオープンするといい、バーテンや社交嬢を募集するという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 11日 1962 釜石の赤提灯「清酒50円!モツ串10円!」(昭和37年7月11日) 昭和37年7月11日の岩手東海新聞より。 釜石市内の新街通の赤提灯では、清酒が50円でモツ串が10円であるという。 製鉄所の勤務を終えた工員で賑わったのではないだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 4日 1962 盛岡の非行少女を大槌のカフェーに売り飛ばす(S37.7.4岩手東海新聞) 釜石警察署は、大槌町内のカフェの女店主を逮捕した。 盛岡市内の中学校を卒業した3人の少女を働かせていたのだという。 この少女たちは、中学校にも碌に行かない非行少女であったという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6月 19日 1962 水沢の繁華街に熊が現れる!?(昭和37年6月19日) 昭和37年6月19日の胆江日日新聞より。 一面に「繁華街に熊現れる」と言う物騒な見出しのニュース。 とは言っても、これがビール会社のビールの宣伝のために熊のロボットを作ったと言うもの。 フサッポロビールが、北海道駒ヶ岳の山麓で捕まえた2歳6ヶ月のヒグマの毛皮を、本物のように作り上げて、体の中にはスピ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 14日 1962 岩手川「乾杯!ご成人おめでとう」(昭和37年1月14日) 昭和37年1月14日の岩手日報の広告欄より。 盛岡の酒造メーカーである「岩手川」は、昭和45年まで「浜藤酒造店」という商号であった。 酒造メーカーだけに新成人となれば潜在顧客がそれだけ増えるということになる。 それで、1月15日の成人の日を前に広告を打ったわけだ。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 6日 1962 紫波高校農業科が酒蔵に泊まり込みで酒づくりの実習(昭和37年1月6日) 昭和37年1月8日の岩手日報より。 紫波高校農業科の農産加工選択の生徒15人が、1月6日~12日に町内の酒蔵に泊まり込んで酒造りの実習をするという。 紫波郡一帯は「南部杜氏」の本場といわれていた。 このような実習は県内では唯一であるということだった。 ちなみに紫波高校の農業科は平成16… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 24日 1961 釜石のナイトスポット「BUVETTE車塔」(昭和36年7月24日) 昭和36年7月24日の岩手東海新聞の広告欄より。 この時期、釜石市は製鉄所の全盛期で9万人の人口がいた。 夜はよほど賑わっていたのではないだろうか。 新街通に「BUVETTE車塔」というスナックバーがあったようで、それなりの大きさの写真広告を出している。 buvetteとはフランス語で「飲む」こと、… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 4月 26日 1961 宮古で消防団のポンプ車が出動したが、酔っ払い運転で横転し5人負傷(昭和36年4月26日) 昭和36年4月26日の岩手東海新聞より。 この4月26日に日付が変わった0:50頃のこと。 宮古の鍬ケ崎で火事が発生した。 そこで、消防団のポンプ車が出動することになったが、なにしろ深夜なので消防団員は既に晩酌で酔って寝ている。 心地よい眠りを起こされて出動させられたのだ。 酔っ払い運転にはなるが、… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3月 1日 1961 釜石のタクシーの不審な女客(昭和36年3月1日) 昭和36年3月2日の岩手東海新聞より。 3月1日の夜、釜石市大町のバー「白樺」から女給を乗せた西円タクシーは、指示されるままに大平の出光興産油送桟橋のところまで車を走らせた。 天神町に住んでいる24歳のその女給は降りる際、「さようなら」「同僚に私の写真を実家に送ってくれるように頼んでください」などと… 続きを読む
l全県 12月 18日 1959 4コマ漫画に見る「学生運動が市民にどう思われていたか」(昭和34年12月18日) 昭和34年12月18日の岩手日報より。 この時に連載されていた「スカタン君」という4コマ漫画に、当時の学生運動がどのようにみられていたかを垣間見ることができる。 サラリーマン2名が赤ちょうちんで一杯やろうとしている。 そこへ酔っ払った学生がジグザグに歩いてくる。 まるで当時の安保反対のジグザグデモの… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9月 18日 1959 東北随一の円形スタンド・釜石のバーエデンではサントリーハイボール100円!(昭和34年9月18日) 昭和34年9月18日の岩手東海新聞より。 「東北随一の円形スタンドバー」だそうで、釜石のバー・エデンの広告が出ている。 当時であれば製鉄所の工員で賑わっただろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6月 12日 1959 釜石で貨物船の外人船員がバーで時計を強奪(昭和34年6月12日) 昭和34年6月12日の岩手東海新聞より。 この日の夜3時ごろ、釜石市内のバーで飲んでいた外人客が、バーテンから時計を強奪した。 通報で駆け付けた釜石署員に逮捕されたが、それは釜石港に出入りしていたリベリア船籍の貨物船の40歳の船員であった。 Betanko Policarpoという名前だということで… 続きを読む
i一関・西磐井郡 3月 12日 1959 一関の飲食店「昔を思い出し2合入タンポでお安く飲まれます」(昭和34年3月12日) 昭和34年3月12日の岩手報知の広告欄より。 一関市内の飲食店で広告を出している。 いわく「昔を思い出し二合入タンポに御通し付で安くのまれます」 酒タンポとは? 二重構造となった金属製のコップで、外側のコップにお湯を入れることで手軽に熱燗が楽しめるというもののようである。 また、女中さ… 続きを読む
i一関・西磐井郡 11月 2日 1958 一関税務署管内の酒造業は上半期500石の生産増(昭和33年11月2日) 昭和33年11月2日の岩手報知より。 一関税務署管内の酒造業は、昭和33年上半期は500石の増であったという。 まだ尺貫法の時代。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5月 15日 1958 ナイトスポット「ソシュウ」オープン 昭和33年5月15日の岩手日報に掲載された広告より。 盛岡の菜園に「ソシュウ」というナイトスポットがオープンするという。 ナイトスポットというのは・・・現在(というか後年)でいうグランドキャバレー的なものだろうか。 昭和40年代の岩手日報では「ソシュウに○○という芸能人が来ます!」という広告がよく見… 続きを読む
m県外・参考 1月 1日 1958 漢詩で新年を寿ぐやたら教養の深い八戸のキャバレー(昭和33年1月1日) 昭和33年1月1日のデーリー東北より。 七言絶句となっているが韻をふんでいるかは不明。 … 続きを読む