a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 11月 1955 火災に無防備な老朽県庁 昭和30年11月18日の岩手日報より。 明治36年(1903年)に建てられた県庁 この当時の岩手県庁は、明治36年11月に完成し、築53年であった。 53年もやってればそれは書類だって増える。 つもりに積もった書類に、火災報知機も無く火災のリスクは非常に高い状態となっていた。 そこで、火災シーズンを… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 17 11月 1955 山田線の捨て子(昭和30年11月17日) 昭和30年11月17日。 宮古発盛岡行きの411列車が区界駅に到着しようとした時のこと。 車掌が検札していると、小さい女の子が泣いている。 どうやら迷子になったらしい。 親の名前を聞いても、それどころか自分の名前すら言えないらしい。 これはいったいどうしたものか・・・ 盛岡に到着し、とりあえず中央児… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 15 11月 1955 七五三は平服で 昭和30年11月16日の岩手日報より。 11月15日は七五三の日であり、県内各地の神社では子供連れでにぎわったという。 女の子は振袖が多かったが、男の子は平服に近いものが多く、新聞そのものの言い方を借りると「親の見栄や虚栄心ともみられていた七五三もだんだん一般化してきたのは近頃の傾向」としている。… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 11 11月 1955 花巻にモダンな婦人会館 昭和30年11月11日の岩手日報より。 花巻町役場が花巻中学校の跡地に引っ越したので、その跡地に婦人会館を建設した。 建物はモルタル塗りのクリーム色で、窓枠は薄いグリーン、正面は3階が化粧ガラス張りで、内部はフローリングの集会場などがあったという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 9 11月 1955 見出しもあろうに「あき盲の書類配達」(昭和30年11月9日) 昭和30年11月9日の岩手日報より。 「この道三十年」というシリーズものの記事で、この回では69歳の前沢町役場使丁にスポットを当てているのだが、見出しが「あき盲の書類配達」となっているのである。 ここでいう「あき盲」とは、非識字者であることを指しているようで、書類の配達が主な仕事であるにもかかわらず… 続きを読む
l全県 8 11月 1955 長欠、臨時免状教員… これが「辺地学校」の実態だ(昭和30年11月8日) 昭和30年11月8日の岩手日報より。 県教育研究所では、辺地学校についての調査結果を発表した。 【辺地学校数】 小学校 ・・・ 776校中278校(35.8%) 中学校 ・・・ 386校中114校(29.5%) 合計 ・・・ 1062校中392校(33.7%) 【免許状】 小学校 普通免許状を持つ教… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 11月 1955 釜石で「ゴミ人夫33年」厚生省表彰 昭和30年11月7日の岩手日報より。 清掃人夫として33年間釜石市に奉職してきた53歳の男性が、厚生省所管の全国清掃協会に表彰されるという。 この人は釜石市役所衛生課におり、目が悪くて徴兵検査に不合格となり、一念発起して「人が嫌がることをやろう」と、当時請負制であったゴミさらいを始めたのだという。 … 続きを読む
l全県 7 11月 1955 県内の飲食店にも「公給領収証」 昭和30年11月7日の岩手日報より。 11月1日から、遊興飲食税が大幅引き下げになった。 ただし、そのためには1回の支払いが500円以上になった場合に県で作成して領収書を渡さないと行けなくなった。 これが「公給領収証」である。 これは飲み屋だけではなく、芸者、赤線、果ては喫茶店までも同様に適用される… 続きを読む
j東磐井郡 6 11月 1955 「岩手初の女性代議士」は今・・・ 昭和30年11月6日の岩手日報より。 婦人参政権10年を特集する記事の中で、「岩手初の夫人代議士」として、昭和21年の第22回衆議院議員総選挙で岩手県選挙区でトップ当選した菅原エン氏の現在を追っている。 そもそも、菅原氏は渋民村では一番の豪農で、盛岡高等女学校(現在の盛岡二高)から戸板裁縫学校高等師… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 11月 1955 遠野市の僻地・大出に中学校の分校を設置 昭和30年11月3日の岩手日報より。 この頃の岩手県においては、僻地で学校まで何キロも歩かなければいけない、農作業で忙しいなどの理由で長欠している生徒が多くいた。 特に、体が成長し一人前の働き手とみなされた中学生であればなおのことであった。 この遠野市大出もそのような地区であり、この地区の中学生は何… 続きを読む
l全県 3 11月 1955 森永ヒ素ミルク事件の発覚当初の広告(S30.11.3岩手日報) 森永乳業の牛乳を飲んだ赤ちゃんに異常が出始めた頃。 まだ会社側が政府とグルになって被害者を押さえ込んでいた。… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 3 11月 1955 陸前高田で市制祝賀行列 昭和30年11月3日の岩手日報より。 この年の1月1日に、岩手県内11番目の市として市制した陸前高田市が11月に入り、市制祝賀行列を行うこととなった。 以下の行事が予定されているという。 午前7時 市内消防団が高田高校に集まって演習、その後行進 午前9時 市内小中学校学童、幼稚園児8000名が岩手日… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 11月 1955 盛岡・丸正が増築開店(S30.11.2岩手日報) 盛岡の衣料品デパートである丸正が増築開店との広告。 「トンコ節」「初恋ヤットン娘」の久保幸江のサイン会もあったという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 11月 1955 盛岡・川徳デパートで食品大売り出し!(昭和30年11月2日) 昭和30年11月2日の岩手日報より。 盛岡の川徳デパートでは、食料品の大売り出しをやるという。 当時の物価が見て取れる。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1955 盛岡・松屋デパートに森永スイートガールが来ます!(昭和30年11月1日) 昭和30年11月1日の岩手日報より。 盛岡の松屋デパートに「森永スイートガール」が来るという。 へえ・・・そういうのがあったんだ・・・ と思いながら「スイートガール」について調べてみると、他でもない森永製菓の公式ページにあった。 でも昭和12年で終わったというのだが・・・? 20年近く… 続きを読む
b二戸・二戸郡 19 8月 1955 二戸郡で生活扶助世帯増加(昭和30年8月19日) 昭和30年8月19日の河北新報岩手版より。 二戸郡では好天続きで豊作の見込みかと思ったら、群内の村々では生活扶助を受ける世帯が増加しているという。 後年で言えば「生活保護」である。 特に開拓地が多く、昭和28年の冷害と、昭和29年の凍霜害によるものではないかと見られていた。 二戸地方事務所関内では、… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 8月 1955 盛岡に痴漢出没(昭和30年8月18日) 昭和30年8月19日の河北新報岩手版より。 8月16日には盛岡で舟っこ流しが行われ、痴漢が現れたのだという。 それで捜査を行っていた矢先の8月18日、今度は新庄田中(現:若園町)で5歳の幼女が友達と遊んでいると、自転車できた男にいたずらされたのだという。 それで警察は厳重に捜査を進めていた。 &nb… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 13 8月 1955 気仙の銘酒といえば酔仙(昭和30年8月13日) 昭和30年8月13日の河北新報岩手版より。 広告欄には酔仙酒造の広告が載っている。 陸前高田の酒造会社であり、岩手を代表する酒蔵でもある。 … 続きを読む
g北上・和賀郡 12 8月 1955 気仙沼花火大会と北上灯ろう流しに臨時列車(昭和30年8月12日) 昭和30年8月12日の河北新報岩手版より。 盛鉄局旅客課では、8月14日の気仙沼花火大会と、8月16日の北上灯ろう流しで以下の通り臨時列車を運行するという。 8月14日 574レ 気仙沼22:24~陸中松川23:56 8月16日 4711レ 北上22:02~陸中川尻23:13 467レ 北上21:0… 続きを読む
b二戸・二戸郡 12 8月 1955 金田一温泉プールで第10回東北水泳大会(昭和30年8月12日) 昭和30年8月12日の河北新報岩手版より。 県北は金田一村の金田一温泉プールで、第10回東北水泳大会が開催された。 大会経費は24万円だそうで、この経費を稼ぐために大人30円、子供10円の入場料を取っていたという。 2日間で1万人の入場者があり、経費はトントンとのことだった。 金田一温泉プールはこの… 続きを読む
c久慈・九戸郡 10 8月 1955 村の財政が貧乏で汚い井戸水しか飲めない中学校(昭和30年8月10日) 昭和30年8月10日の河北新報岩手版より。 九戸郡九戸村では、まだ上水道が整備されておらず、飲用水は井戸水に頼っている状況であった。 伊保内中学校では、村の予算が無く、高台の耕地に建てられた校舎の隅に形ばかりの井戸を設けたのだという。 しかし、水面が地面と同じ高さとなり、雨が降れば下水からあふれた汚… 続きを読む
m県外・参考 7 8月 1955 仙台ゆべしの広告も七夕ムード(昭和30年8月7日) 昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 同じ紙面では「仙台に負けまい」と盛岡で七夕が開幕したというニュースが報じられているが・・・ いくら盛岡で「仙台に負けない七夕を」と報じたとは言っても、しょせん河北新報は仙台の新聞である。 広告は仙台のものだし、七夕なら仙台の七夕なのである。 &… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 6 8月 1955 リンゴの作柄は平年並み(昭和30年8月6日) 昭和30年8月6日の河北新報岩手版より。 リンゴは「夏の味覚」なのであったという。 本場の青森よりも減収が予想はされていたが、稗貫地方では平年並みの作柄であったという。 紅魁・旭などの早生はこの時期の収穫で、1貫あたり270~280円で市場に卸されたという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 8月 1955 盛岡で「今年こそ仙台に負けまい」と七夕が開幕(昭和30年8月4日) 昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 8月4日から、盛岡市内でも七夕まつりが始まった。 「ことしこそ仙台に負けまい」と気合いが入っていたのだという。 それで、大通りや肴町では車馬通行止めとなり、警官が総出で交通整理するなど大変な賑わいであったという。 大通りでは200店が参加し、七夕コンクールを… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 3 8月 1955 宮古の遊園地で小鹿が誕生(昭和30年8月3日) 昭和30年8月3日の河北新報岩手版より。 宮古市末広町の双葉遊園地では鹿がいたようであるが、このほどメスの子鹿を生んだとの由 もともとは、宮古市で前年の5月に宮城県林務部の斡旋で金華山のつがいの鹿を円で購入したのだと言う。 これが子供を産んだのだが、なぜか親鹿は子供を寄せ付けない。 かわいそうに思っ… 続きを読む
j東磐井郡 31 7月 1955 東磐井郡磐清水村でドラム缶が爆発し役場などが焼ける(昭和30年7月31日) 昭和30年8月1日の河北新報岩手版より。 東磐井郡磐清水村の農協売店とポンプ置場の間から出火し、ドラム缶が爆発し役場や民家などが焼ける事態となった。 役場の書類は運び出して無事であったという。 原因は、アベックのタバコの不始末が原因ではないかと見られたという。  … 続きを読む
i一関・西磐井郡 29 6月 1955 化粧品会社の美容師が一関に来て実演します!(昭和30年6月29日) 昭和30年6月27日の岩手日日より。 ローガン化粧品という会社の美容師が一関に来て実演するという。 ・・・ところでローガン化粧品、いや、ローガン化粧料って? … 続きを読む
i一関・西磐井郡 27 6月 1955 保険会社の外交員の初任給は3000円(昭和30年6月27日) 昭和30年6月27日の岩手日日より。 日本生命の一関支部では外交員を募集している。 初任給は3000円であるとか。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 21 6月 1955 一関・千葉久デパートの求人広告(昭和30年6月21日) 昭和30年6月21日の岩手日日より。 千葉久デパートでは求人広告を出している。 ところで「千葉」「久」の間にワンスペース空いてたの? … 続きを読む
c久慈・九戸郡 11 6月 1955 九戸地区の巡回映画(S30.6.11デーリー東北) 昭和三十年六月十一日のデーリー東北には、岩手県ゆかりの話題として「巡回映画」の予定が掲載されていた。今回の巡回は久慈を中心に行われるもので、六月十七日までは久慈市、十八日から二十日までは種市町、二十一日は大野村、二十二日から二十八日までは軽米町、二十九日は山形村と続く。上映される作品は、稲作をテーマ… 続きを読む