j生活

「粗酒粗肴」なんて造り酒屋に失礼だ(昭和42年12月9日) c久慈・九戸郡

「粗酒粗肴」なんて造り酒屋に失礼だ(昭和42年12月9日)

昭和42年12月9日のデーリー東北より。 岩手県内では、11月21日から県産酒愛用運動が実施されていた。 久慈ロータリークラブ例会に現れた、岩手県酒卸支店長は、 「各種宴会の挨拶によくある、本日は粗酒粗肴で何もありませんが酒だけはたっぷり用意してありますといった表現は、真剣に酒を作っている私どもにと…
玉山村の幼児餓死事件で久慈の専門学校生が地蔵建立のために寄付(昭和42年12月3日) c久慈・九戸郡

玉山村の幼児餓死事件で久慈の専門学校生が地蔵建立のために寄付(昭和42年12月3日)

昭和42年12月4日のデーリー東北より。 この前の月、玉山村で幼い姉妹が父親に置き去りにされて餓死したと言う痛ましい事件が発生した。 この事件は、全国的な反響を呼んだが、久慈市の久慈文化服装学園の生徒会では、玉山村の村長に当てて「死んだ2人の子供のお地蔵さんを立ててやってください」と4300円を送っ…
福岡町(二戸)から北海道の虻田に出稼ぎに行っていた女性が帰郷(S42.12.2デーリー東北) b二戸・二戸郡

福岡町(二戸)から北海道の虻田に出稼ぎに行っていた女性が帰郷(S42.12.2デーリー東北)

昭和42年12月2日の『デーリー東北』より、印象的な出稼ぎ女性たちの帰郷を報じた記事をご紹介します。 かつての出稼ぎというと、首都圏の建設現場や工場へ向かう男性労働者の姿がまず思い浮かびます。しかし昭和40年代の東北では、それだけにとどまらない、もう一つの出稼ぎのかたちがありました。 それが、東北の…
転機に立つ岩手の開拓農業(S42.12.1岩手日報) l全県

転機に立つ岩手の開拓農業(S42.12.1岩手日報)

戦後、岩手県内では各地に開拓農業の入植がなされたが、この時期になると跡継ぎがいないなど岐路に立たされていた。 それもそのはずで、それまで耕地に適していなかったところまで入植して、生活は貧困であり、若い人も都会に出るばかりだったわけである。  …
Xマスケーキは一関・ライオンベーカリーで!(S42.11.29岩手報知) i一関・西磐井郡

Xマスケーキは一関・ライオンベーカリーで!(S42.11.29岩手報知)

1967年(昭和42年)11月29日の『岩手報知』に、一関にある「ライオンベーカリー」のクリスマスケーキ広告が掲載されていました。 「Xマスケーキはぜひ専門店ライオンベーカリーへ!」と大きく書かれ、価格は400円〜2000円。当時としては高級な部類に入るケーキだったと思われます。 イラストは、ユーモ…
釜石・浜千鳥の酒かすでうまい料理を!レシピあり(S42.11.16岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石・浜千鳥の酒かすでうまい料理を!レシピあり(S42.11.16岩手東海新聞)

昭和42年11月16日の岩手東海新聞より。釜石の蔵元・浜千鳥酒造では、ふみ粕(酒粕)を使った家庭料理のレシピを紹介していた。内容はどれも手軽にできるものばかりで、保存食としての知恵も含まれている。 かす汁は、好みの魚や野菜を大きめに切って煮て、酒粕と塩・味噌で味を調えるというもの。味噌を控えめにする…
一日一食みなとパンを!(S42.11.13岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

一日一食みなとパンを!(S42.11.13岩手東海新聞)

昭和42年11月13日の岩手東海新聞に掲載された、釜石市の「みなと食品工業株式会社」の広告は、時代を象徴するようなインパクトある紙面である。 キャッチコピーはこうだ—— 「秋がおなかにやってきた 一日一食みなとパンをお奨めします!!」 この一文だけでも、食糧事情と栄養改善の両立を目指す戦後日本の空気…
釜石・東殖デパートでは師走を前に全品2割引き!(昭和42年11月10日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石・東殖デパートでは師走を前に全品2割引き!(昭和42年11月10日)

昭和42年11月10日の岩手東海新聞に掲載された、釜石・大渡町の「東殖デパート」の広告から、当時の年末商戦の様子が垣間見えます。 この広告は、「日頃のご愛顧に応えて東殖が師走前にメーカーと協力で奉仕する3日間!」と題し、11月11日から13日までの3日間限定で、全品2割引という大規模なセールを告知し…
一関・キューピー移動交通公園の開設から早1年(昭和42年11月6日) i一関・西磐井郡

一関・キューピー移動交通公園の開設から早1年(昭和42年11月6日)

昭和42年11月6日の岩手報知より。 一関の交通移動教室「キューピー公園」を昭和41年11月23日に誕生して、早1年を迎えることになったと言う。 この1年間で開催した日数は90日、利用した人数は60,000人を数えると言う。 キューピー公園は、自動信号機はもとより、横断歩道、見通しの悪い場所、鉄道踏…
釜石の洋品店で秋冬舶来国産婦人服地オール半額セール(昭和42年11月6日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石の洋品店で秋冬舶来国産婦人服地オール半額セール(昭和42年11月6日)

昭和42年11月6日の岩手東海新聞には、当時の釜石市内の洋品店で開催されていた「秋冬の舶来国産婦人服地オール半額セール」の広告が掲載されていました。会期は11月8日からの5日間。 「舶来」「デラックス」「バーゲーン」といった言葉づかいが、いかにも高度経済成長期の空気を伝えてくれます。海外製品=高級品…
一関・キューピー移動交通公園に新たな施設完備(昭和42年11月4日) i一関・西磐井郡

一関・キューピー移動交通公園に新たな施設完備(昭和42年11月4日)

昭和42年11月4日の岩手報知より。 11月1日から3日にかけて、交通安全展示会が行われたが、この開催期間中の同乗見学や交通教室利用者は約30,000人であったと言う。 ここで使われた見通しの悪い道路、鉄道踏切用の機関車模型や軌道は今をキューピー移動交通公園に加えられ、学校、幼稚園、遊園地などを巡回…
ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(S42.11.4岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(S42.11.4岩手東海新聞)

昭和42年11月4日の岩手東海新聞には、ブラザーミシン販売株式会社が釜石市に「沿岸サービスセンター」を新設したことが紹介されている。 場所は釜石駅から大渡橋を渡ってすぐ、大渡町2丁目。周辺には中央ビルや橋上マーケット、旧ブラザー営業所などが地図付きで案内されており、来訪客が迷わぬよう配慮されていた。…
盛岡・川徳デパートで「現代っ子Vルック」(S42.11.4岩手東海新聞) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・川徳デパートで「現代っ子Vルック」(S42.11.4岩手東海新聞)

昭和42年11月4日の岩手東海新聞に掲載された広告より、盛岡の老舗百貨店・川徳による子ども服「現代っ子ルック」の紹介です。 盛岡の川徳百貨店が、釜石地域の読者向けにも広告を展開していたことがわかるこの紙面。「新しい時代の新しい子供に新しい服装を」と掲げたこの広告は、当時の子ども服に対する意識の変化を…
釜石の製鉄所社宅も立冬で干し大根がズラリ(S42.11.8岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石の製鉄所社宅も立冬で干し大根がズラリ(S42.11.8岩手東海新聞)

昭和42年11月8日の岩手東海新聞には、立冬を迎えた釜石の季節風景が紹介されています。この年の立冬はまさにこの日であり、暦の上では冬の始まり。紙面には、釜石市内の製鉄所社宅の様子を写した写真が掲載されており、ベランダには干し大根がずらりと吊るされ、いよいよ冬支度が本格化している様子が伝えられています…
江刺市広瀬の「日本一古い民家」向山公園に移築して保存へ(昭和42年5月12日) h水沢・江刺・胆沢郡

江刺市広瀬の「日本一古い民家」向山公園に移築して保存へ(昭和42年5月12日)

昭和42年5月12日の岩手日報より。 この記事の時点では約270年前となる元禄8年(1695年)に建築され、昭和40年には「日本一古い民家」として国の重要文化財に指定されていた江刺市広瀬の後藤さんの家は、昭和41年11月に解体され、向山公園で復元作業が進められていたという。 そして7月いっぱいには完…
農繁期になると子供の線路遊びが増える l全県

農繁期になると子供の線路遊びが増える

昭和42年5月8日の岩手日報より。 5月に入り、農繁期に入ると、子供の面倒を見る暇がなくなり、子供が危険な遊びに走るようになるという。 その一つが線路遊び。 線路に侵入して置き石をしたり、列車に石を投げたり。 盛岡鉄道管理局では、この5月を「列車妨害防止月間」として、沿線各市町村に協力を要請したのだ…
「ソシュウ」に高城丈二と神楽坂浮子が来ます!(昭和42年5月6日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

「ソシュウ」に高城丈二と神楽坂浮子が来ます!(昭和42年5月6日)

昭和42年5月6日の岩手日報に掲載された広告より。 「ソシュウ」とは昭和33年に菜園に開業したキャバレー。   というか、管理人は氷河期世代であるためか「高城丈二」「神楽坂浮子」とか言われても全然分からない… しかしいずれも、Wikipediaに独立した項目があった。 まずは高城丈二から。…
北上で聾啞の男が老婆を絞殺(昭和42年5月4日) g北上・和賀郡

北上で聾啞の男が老婆を絞殺(昭和42年5月4日)

昭和42年5月4日の早朝、北上市内の山林で老婆の絞殺死体が発見された。 老婆は前日3日の朝、山菜取りに出かけたが、夜になっても帰宅しなかったので家人が自家所有の山林を探し回っていたら、杉林の中で死体となっていたのである。 北上署は、近隣の不良を中心に怨恨と痴情の線で捜査を展開することとした。 また、…
釜石ではオットセイを230頭捕獲し、うち95%がメス(昭和42年3月6日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石ではオットセイを230頭捕獲し、うち95%がメス(昭和42年3月6日)

昭和42年3月6日の岩手東海新聞より。 オットセイの繁殖や回遊状況調査するために日本・アメリカ・カナダ・ソ連4カ国のオットセイ合同調査による日本側の調査が3月から本格的に始まった。 特に、今年は、南下期にあるオットセイ調査をするために、1月から2月まで特別調査期間を指定して調査に当たってきたが、23…