l全県

桃の節句も旧暦で祝っていた(昭和32年4月1日) l全県

桃の節句も旧暦で祝っていた(昭和32年4月1日)

昭和32年4月1日の岩手日報より。 「あすは旧桃の節句」というキャプションの写真記事。 桃の節句の雛祭りと言えば3月3日と決まっているが、この時代は旧暦で祝っていたようである。 ちなみに、気象庁の生物季節観測のページによれば、盛岡地方気象台では桃の開花時期は観測していなかったが宮古測候所では観測して…
国鉄運賃の改定で手荷物運賃も変わります l全県

国鉄運賃の改定で手荷物運賃も変わります

昭和32年4月1日の岩手日報より。 国鉄運賃の値上げで手荷物運賃も変わることに。 ただ、5kgまでという新区分ができたことで、少量で近距離の輸送には便利になったとしている。 しかし、大口で遠距離の場合大幅な値上げになるという。…
昭和32年、新たに開校した学校 l全県

昭和32年、新たに開校した学校

昭和32年4月1日の岩手日報より。 岩手県内で新たに開校した小・中学校は以下の通り。 ・盛岡市立中津川小学校 2学級 40名 ・和賀町立笠松小学校 6学級 221名⭐ ・田老町立田老第三小・中学校 4学級 106名 ・福岡町立根森小学校 2学級 63名 ・姉帯村立面岸小・中学校 4学級 113名 ・…
岩手県内の岩手県内の日活系封切館で「黒帯有情 花と嵐」「力道山の世界征服」を公開!(昭和31年5月3日) l全県

岩手県内の岩手県内の日活系封切館で「黒帯有情 花と嵐」「力道山の世界征服」を公開!(昭和31年5月3日)

昭和31年5月3日の岩手日報より。 岩手県内の日活系封切館で「黒帯有情 花と嵐」「力道山の世界征服」を公開する。 「黒帯有情 花と嵐」は昭和31年4月25日公開で、葉山良二や芦川いづみが出演。 「力道山の世界征服」は、昭和31年5月3日公開で、力道山の武者修行の記録映画。    …
樺太の拓銀に預金のあった人はお申し出ください!(昭和31年1月7日) l全県

樺太の拓銀に預金のあった人はお申し出ください!(昭和31年1月7日)

昭和31年1月7日の岩手日報より。 終戦して10年以上が経過した。 しかし樺太への預金が残っているなど、いろいろな問題が残っていたようである。 それで、北海道拓殖銀行では「樺太に預金があった人は拓銀の各支店に申し出てください」と広告を出している。 確かに、盛岡市内だと青山町には樺太からの引き上げ者が…
いくら河北新報だからって岩手版にまで仙台市内の官公衙の新春広告を出されても・・・(昭和31年1月4日) l全県

いくら河北新報だからって岩手版にまで仙台市内の官公衙の新春広告を出されても・・・(昭和31年1月4日)

昭和31年1月4日の河北新報岩手版より。 河北新報は仙台の新聞なのはわかる。 しかしこの紙面は岩手版なのだ。 岩手版に仙台市内の官公衙の新春広告ばかり出されても岩手の読者としてはどうだったのだろう? あるいは岩手でも「仙台の風」を感じることができてむしろ好評だったのだろうか?…
新生活運動の正月(昭和31年1月3日) l全県

新生活運動の正月(昭和31年1月3日)

昭和31年1月3日の河北新報より。 昭和31年の正月は、「新生活運動が根付いたためか」松飾りはほとんど無く、日本髪の女性もほとんどいなかったのだという。 ただし、県内各地の神社では初詣の人出が過去最高になった所もあったという。 翌2日は、初売りの車が県内各地で走り回っていたという。 写真はどこの初売…
河北新報は岩手版でも初売り広告は仙台の店ばかり(昭和31年1月1日) l全県

河北新報は岩手版でも初売り広告は仙台の店ばかり(昭和31年1月1日)

昭和31年元旦の河北新報より。 元旦の新聞であれば初売り広告は付き物。 しかし河北新報岩手版の初売り広告は、岩手の店ではなく仙台の店ばかり並んでいる。 読者層はそもそも仙台となんらかのつながりがある人ばっかりだったので問題はない、とかだったのだろうか・・・    …
岩手県内に欠食児童は6,000人! l全県

岩手県内に欠食児童は6,000人!

昭和30年11月22日の岩手日報より。 日教組の岩手県支部である岩教組では、生活保障や給食対策などの基礎資料の為に、欠食児童の調査を進めていた。 そうしたところ、欠食児童は全体の2%に当たる6000名に上っていた。 地域としては下閉伊(宮古)、九戸(久慈)といった沿岸や県北に多かったという。 穀倉地…
県内の飲食店にも「公給領収証」 l全県

県内の飲食店にも「公給領収証」

昭和30年11月7日の岩手日報より。 11月1日から、遊興飲食税が大幅引き下げになった。 ただし、そのためには1回の支払いが500円以上になった場合に県で作成して領収書を渡さないと行けなくなった。 これが「公給領収証」である。 これは飲み屋だけではなく、芸者、赤線、果ては喫茶店までも同様に適用される…
鈍馬くん「このほうが楽でがんすよ」(昭和29年3月30日) l全県

鈍馬くん「このほうが楽でがんすよ」(昭和29年3月30日)

昭和29年3月30日の岩手日報より。 この当時連載していた4コマ漫画「鈍馬くん」より。 主人公の鈍馬くんは親切心があるようで、重いものを持っている老婆の荷物を代わりに持とうとする。 老婆は「この方が楽でがんすよ」と盛岡弁で遠慮する。 しかし鈍馬くんは無理に持つ。 そうすると老婆は腰が曲がった状態で歩…