l全県 30 5月 1957 ナショナル洗濯機「愛妻号」は20,000円!(昭和32年5月30日) 昭和32年5月30日の岩手日報より。 広告欄にはナショナル洗濯機の「愛妻号」。 岩手県内のどこそこの電器店が出していたという広告ではなく、松下電器が直接出していた広告。 「愛妻号」自体は平成まで製造していたのではないだろうか。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 29 5月 1957 盛岡・内丸座で「体の中を風が吹く」公開!(昭和32年5月29日) 昭和32年5月28日の岩手日報より。 盛岡・内丸座では「体の中を風が吹く」を公開する。 「体の中を風が吹く」は、昭和32年5月14日初公開の松竹映画で、淡島千景・有馬稲子・田村高広などが出演。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 29 5月 1957 盛岡日活で「乃木将軍と日露戦争」「幸せは俺等の願い」「体当たり殺人狂時代」を公開(昭和32年5月29日) 昭和32年5月28日の岩手日報より。 盛岡日活で「乃木将軍と日露戦争」「幸せは俺等の願い」「体当たり殺人狂時代」を公開する。 「幸せは俺等の願い」は昭和32年3月3日初公開の日活映画で、フランキー堺や左幸子が出演。 「体当たり殺人狂時代」も昭和32年3月3日初公開の日活映画で、大宮デン助・清川虹子・… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 28 5月 1957 盛岡中劇で「友情ある説得」「キング・ソロモン」封切!(昭和32年5月28日) 昭和32年5月27日の岩手日報より。 盛岡中劇では「友情ある説得」と「キング・ソロモン」を二本立てで封切した。 「友情ある説得」(原題:The Friendly Persuation)は米MGM配給で日本初公開は昭和32年1月4日。主演はゲーリー・クーパー。 「キング・ソロモン」(原題:King S… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 28 5月 1957 盛岡・国劇で「熱砂の舞」「オドンゴ」公開!(昭和32年5月28日) 昭和32年5月27日の岩手日報より。 盛岡の洋画封切館・国民映画劇場では「熱砂の舞」と「オドンゴ」を公開する。 「熱砂の舞」(原題:Zarak)は、中東のアフガニスタン国境を舞台にした米コロムビア映画で日本での初公開は昭和31年12月20日。 「オドンゴ」(原題:Odongo)はケニアを舞台にした、… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 28 5月 1957 盛岡東映で「抜打ち浪人」「かぶと虫の妖奇」を封切!(昭和32年5月28日) 昭和32年5月27日の岩手日報より。 盛岡東映では「抜打ち浪人」と「少年探偵団 かぶと虫の妖奇」を封切する。 いずれも東京での初公開は昭和32年5月20日なので、ちょうど1週間のタイムラグ。 「抜打ち浪人」は、大友柳太朗が主演の剣豪モノの時代劇。 「少年探偵団 かぶと虫の妖奇」は、明智小五郎シリーズ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 27 5月 1957 使いよい電話台は盛岡・呉服町の「アカザワ号」で(昭和32年5月27日) 昭和32年5月27日の岩手日報の広告欄より。 電話台「アカザワ号」の広告が出ているが、注目すべきは黒電話がダイヤル式であること。 当時、盛岡の電話はダイヤル式ではなく「共電式」という、受話器を上げれば電話局の交換手につながるという方式であった。 この年の8月からダイヤル式自動電話が導入されるのだが、… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 26 5月 1957 釜石・和山牧場で闘牛大会(昭和32年5月26日) 昭和32年5月27日の岩手日報より。 釜石市の山奥にある和山牧場では、100年以上の歴史を持つ闘牛が名物であったという。 これを見るために、釜石市内外からバスやジープやトラックで2,000人以上の観客が詰めかけたという。 この時期最強だったのは、この和山牧場組合が所有する9歳の「大宮号」であったとい… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 22 5月 1957 盛岡・東宝第一劇場で「あらくれ」公開(昭和32年5月29日) 昭和32年5月28日の岩手日報より。 盛岡・東宝第一劇場では「あらくれ」を公開する。 「あらくれ」は昭和32年5月22日初公開の東宝映画で、主演は高峰秀子。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 23 4月 1957 昭和32年の盛岡郵便局の一日局長は地裁所長 昭和32年4月24日の読売新聞岩手版より。 昭和32年4月24日読売新聞岩手版より。 「郵便週間」(4月20~28日)にちなみ、盛岡郵便局では市内の名士を「一日局長」に。 この年は盛岡地方裁判所長。 局長の手ほどきを受けながら慣れない手つきでスタンプを押していた。 また、新しく完成したばかりの郵便局… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 22 4月 1957 1,500円の二眼カメラ「ミューズフレックス」(昭和32年4月22日) 昭和32年4月22日の岩手日報の広告欄より。 仙台のコセキカメラは盛岡にも支店があり、岩手日報にも広告を出していた。 当時の大衆的二眼カメラ「ミューズフレックス」は、1,500円で買うことができた。 ミューズフレックスとはどのようなカメラであったか? 以下のページに概略が書いてある。 いわく「子供の… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 22 4月 1957 釜石市営ビルの煙草屋さんのジュウシマツ(昭和32年4月22日) 昭和32年4月22日の岩手日報より。 釜石市営ビルで煙草や鉄瓶などの土産物を売っている57歳の男性は、ジュウシマツを完全に飼いならしている。 「飛びなさい」と言えば飛ぶ、「おいで」と言えば来る。 本人によれば「ジュウシマツは飼ってるのではなく、一緒に生活しているのです。それで愛情で慣らすのです」と楽… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 4月 1957 川徳デパートではエスカレーターができました!大特売会します!(昭和32年4月20日) 昭和32年4月20日の岩手日報の広告欄より。 令和の今にあってもなお盛業中の川徳デパートは、現在の菜園ではなく昭和55年まではホットライン肴町の入り口の「ななっく」(2011年以前であれば「中三」)の場所にあった。 管理人もうっすらその時代を覚えている。 昭和31年に建てられたばかりの地下1階、地上… 続きを読む
m県外・参考 20 4月 1957 タカラビール出荷します 昭和32年4月20日の岩手日報の広告欄より。 宝酒造は京都に本社があり、工場が岩手県内にある訳でもないので直接岩手に関係があるわけではないが、迫力のあるコマーシャルなので載せることに。 また、現在の自動車のナンバーが何故トラックが「1」で、バスが「2」なのか分かったような気がしたのだ。 自動車という… 続きを読む
b二戸・二戸郡 20 4月 1957 農繁期前に賑わう県北の市日 昭和32年4月20日の岩手日報より。 県北ではこの時点で「○日市」の伝統が残っており、作業衣、着物、農機具など農作業に必要なものはすべてここで揃えることができたという。 この時期は農繁期前で、ひときわ賑わっていたという。 写真は二戸郡福岡町。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 19 4月 1957 盛岡市内の反物屋の広告「倍ヤールサービスしますよ!」(昭和32年4月19日) 昭和32年4月19日の岩手日報の広告欄より。 盛岡市肴町の商店街の反物屋の広告は「倍ヤールサービスしますよ!」。 ヤールとはヤードがなまったものであるといい、繊維業界で使われていた。 令和の現在でも「ヤール」と言って通用するだろうか。 というか、反物から服を作るという習慣そのものが一般的ではなくなっ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 19 4月 1957 盛岡市内の二番館の映画プレイガイド(昭和32年4月19日) 昭和32年4月19日の岩手日報の広告欄より。 「安く楽しめる本日の映画案内」とあるのでつまり二番館のこと。 銀映座やシネマミソノなどは二番館として安く映画を上映していた。 … 続きを読む
g北上・和賀郡 19 4月 1957 北上市立養老院開院 昭和32年4月19日の読売新聞岩手版では、北上市常盤台に市立養老院がオープンしたことを報じている。 総費790万円で収容定員は60名という。 現在は民間に委託して、北上市鬼柳の「北星荘」となっている。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 19 4月 1957 サケマスはえなわ漁船解禁へ 昭和32年4月19日の岩手日報より。 翌4月20日から、サケ・マスのはえなわ漁が解禁になるというので宮古などの漁港が沸き立っている。 宮古港では49隻、山田港では11隻、田老港では5隻と、前年より5隻減少しているといが、100万貫を期待しているという。 記事では「資材が少なく、しかも安全操業ができて… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 4月 1957 ザァマス眼鏡を買うなら盛岡の水晶堂ざます 昭和32年4月3日の岩手日報の広告欄より。 盛岡の水晶堂時計店は令和となった今でも中の橋通り(バスセンターと岩銀中の橋支店の中間ぐらい)で盛業中でCMも出しているが、この当時に広告に出ているのはいわゆる「ザァマス眼鏡」。 トニー谷の全盛期でもあったざんす。 ・・・いや、昭和32年(19… 続きを読む
c久慈・九戸郡 2 4月 1957 三陸沿岸は絶好の潮干狩り日和(昭和32年4月2日) 昭和32年4月3日の岩手日報より。 4月2日は旧暦3月3日で桃の節句。 三陸沿岸は好天に恵まれ潮干狩り日和となり、盛鉄局は山田線や八戸線に臨時列車を出して潮干狩り客をさばいたという。 写真は大槌町の洲崎海岸で、5,000人の人出でにぎわったという。 釜石市の鵜住居海岸でも3,000にんの人出でにぎわ… 続きを読む
l全県 1 4月 1957 桃の節句も旧暦で祝っていた(昭和32年4月1日) 昭和32年4月1日の岩手日報より。 「あすは旧桃の節句」というキャプションの写真記事。 桃の節句の雛祭りと言えば3月3日と決まっているが、この時代は旧暦で祝っていたようである。 ちなみに、気象庁の生物季節観測のページによれば、盛岡地方気象台では桃の開花時期は観測していなかったが宮古測候所では観測して… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 1 4月 1957 どこの駅前かは分からないが、とにかく旅館 昭和32年4月1日の岩手日報の広告欄より。 「照安旅館」という旅館があり、「駅に近くて静かなお宿」なのだという。 しかしどこの駅なのかはここでは定かではない。 盛岡駅? いやしかし盛岡であれば電話番号はこの時点で4桁になっているはず。 (加入が古ければそう限らないのかもしれないが) 2桁であれば盛岡… 続きを読む
l全県 1 4月 1957 国鉄運賃の改定で手荷物運賃も変わります 昭和32年4月1日の岩手日報より。 国鉄運賃の値上げで手荷物運賃も変わることに。 ただ、5kgまでという新区分ができたことで、少量で近距離の輸送には便利になったとしている。 しかし、大口で遠距離の場合大幅な値上げになるという。… 続きを読む
m県外・参考 1 4月 1957 花輪線の小豆沢駅は「八幡平駅」になります 昭和32年4月1日の岩手日報より。 秋田県鹿角郡は秋田県ではあるものの「陸中国」となる。 そのせいでか、岩手銀行や東北銀行の支店があったり、鹿角郡のニュースがこのように掲載されたりする。 その秋田県鹿角郡の宮川村と曙村は前年の昭和31年6月15日に合併し「八幡平村」となっていた。 そこで、花輪線の小… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 3月 1957 盛岡・内丸座で「正義派」公開(昭和32年3月6日) 昭和32年3月7日の河北新報岩手版より。 盛岡の内丸座では、「正義派」を公開する。 「正義派」は、昭和32年2月20日初公開の松竹映画で、主演は佐田啓二と久我美子。 ちなみに、河北新報岩手版ではこれまで盛岡東映の映画広告しかなかったが、松竹系の内丸座の広告が登場したのはこの日が初めてである。 それで… 続きを読む
l全県 2 3月 1957 東北電力「渇水が改善したので電力使用制限を緩和します!」(昭和32年4月2日) 昭和32年4月3日の岩手日報より。 この当時、電力はすべて水力発電に頼っていた。 だから渇水となれば、その電力は使用を制限しざるを得ないわけである。 しかし、それが緩和されてきたようであった。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 2月 1957 盛岡市内学校案内(昭和32年2月20日) 昭和32年2月20日の河北新報岩手版より。 盛岡市内の学校案内。 生活学園は後年の盛岡大学付属高校、久保学園とは後年の盛岡女子高校から盛岡誠桜高校。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 17 2月 1957 大槌町の江岸寺の本堂がほぼ完成(昭和32年2月17日) 昭和32年2月17日の河北新報岩手版より。 上閉伊郡大槌町の曹洞宗江岸寺では、昭和31年秋以降、鉄筋コンクリートで本堂を建築していたが、順調に工事が進み、ほぼ完成した。 江岸寺は、徳川時代と明治34年に火災に遭っており、その後50数年間仮本堂となっていたのである。 本堂は98坪で、工費に8,50万円… 続きを読む