備考※3

県下3番目の宮古市発足(S16.2.11新岩手日報) d宮古・下閉伊郡

県下3番目の宮古市発足(S16.2.11新岩手日報)

昭和16年2月11日の紀元節に発行された新岩手日報の紙面は、宮古市が産声を上げた瞬間の熱狂を詳細に伝えています。 Screenshot 明治22年の盛岡市、昭和12年の釜石市に続く岩手県内3番目の市として誕生した宮古市に対し、新聞は海陸無限の宝庫や世紀の発足、三陸沿岸の心臓といった力強い言葉を冠して…
東京私立学校案内(S16.2.5新岩手日報) m県外・参考

東京私立学校案内(S16.2.5新岩手日報)

昭和16年2月5日付の新岩手日報に掲載されたこの紙面は、当時の教育情勢と受験生の熱気を今に伝える貴重な資料です。中央に大きく掲げられた推奨校という題字を囲むように、東京を中心とした全国の名門大学や専門学校の広告が隙間なく並んでおり、その圧倒的な情報量からは当時の社会が教育に対して抱いていた期待の大き…
岩手医専・岩手病院で防空演習(S16.2.5新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手医専・岩手病院で防空演習(S16.2.5新岩手日報)

昭和16年2月という時期は、その年の12月に控えた太平洋戦争の開戦から遡ることわずか10ヶ月前という非常に緊迫したタイミングでした。当時の日本は前年に日独伊三国同盟を結び、アメリカとの対立が抜き差しならない状況にありましたが、その一方で駐米大使が交渉のために現地へ到着するなど、外交による破局回避を模…
大政翼賛会岩手県支部発足(S15.12.24新岩手日報夕刊) l全県

大政翼賛会岩手県支部発足(S15.12.24新岩手日報夕刊)

皆さん、こんにちは。 今日は、歴史の1ページを紐解く貴重な資料をご紹介します。 Screenshot 今から84年前、昭和15年(1940年)12月24日付の『新岩手日報』夕刊(実際の発行は23日)です。 この日の紙面を埋め尽くしているのは、岩手県における戦時体制の大きな転換点、**「大政翼賛会 岩…
紀元2600年聖戦博覧会の地鎮祭(S15.8.4新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

紀元2600年聖戦博覧会の地鎮祭(S15.8.4新岩手日報)

昭和十五年八月四日の『新岩手日報』には、紀元二千六百年を祝う「聖戦博覧会」の地鎮祭の様子が報じられている。 会場となったのは、盛岡市内丸の商品陳列所前の広場。桜山神社の宮司を招き、盛大に執り行われたという。 Screenshot 記事の見出しには「豪華殿堂輝やく礎」「聖戦博の地鎮祭」とあり、戦時色が…
興亜奉公日で観光地の客足は?(S15.8.3新岩手日報) l全県

興亜奉公日で観光地の客足は?(S15.8.3新岩手日報)

S15(1940)年8月3日付『新岩手日報』より。 紙面には「遠出組も遠慮して温泉地も期待外れ」と題された記事が掲載されている。見出しには「改札口で湯に誘う興亜奉公日」とあるが、その内容を読むと妙な違和感を覚える。 Screenshot 当時はすでに戦時体制が急速に整えられつつあり、「興亜奉公日」と…
第八新興閣で「母の願ひ」「花嫁十三夜」封切!(昭和15年8月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

第八新興閣で「母の願ひ」「花嫁十三夜」封切!(昭和15年8月1日)

昭和15年8月1日の新岩手日報より。 第八新興閣では「母の願ひ」「花嫁十三夜」を封切するという。 「母の願ひ」は昭和15年4月18日の新興キネマ作品で、出演は宇佐美淳・浦部粂子など。 特に宇佐美淳は二戸郡姉帯村(現:一戸町姉帯)で、「郷土スター」として宣伝されていた。 「花嫁十三夜」は昭和15年4月…
盛岡・松竹内丸座で「都会の奔流」「維新子守唄」公開!(昭和15年8月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・松竹内丸座で「都会の奔流」「維新子守唄」公開!(昭和15年8月1日)

昭和15年8月1日の新岩手日報より。 盛岡・松竹内丸座では「都会の奔流」「維新子守唄」を公開する。 「都会の奔流」は、昭和15年6月13日公開の松竹作品で、出演は佐分利信・原保美・木暮実千代など。 「維新子守唄」は、昭和15年4月18日公開の松竹作品で、出演は伏見信子・海江田譲二など。  …
ニッサンバス・トラックは仁王菜園の振興自動車で!(昭和15年1月31日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

ニッサンバス・トラックは仁王菜園の振興自動車で!(昭和15年1月31日)

昭和15年1月31日の新岩手日報の広告欄より。 日産トラックの広告が掲載されているが、販売店の住所が「盛岡市仁王菜園」と書いてある。 菜園と言えば、この記事を書いている令和4年現在の川徳デパートの所であるのはいいとして、「仁王」なのか。 「仁王」と言えば、仁王小学校がある本町や上盛岡駅周辺の、中央通…
新岩手日報から8人目の従軍記者(昭和15年1月31日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

新岩手日報から8人目の従軍記者(昭和15年1月31日)

昭和15年1月31日の新岩手日報より。 この時期は日中戦争期であり、連日その戦況が新聞で報じられていた。 誰が情報を発信していたかと言えば、それは各部隊に従軍記者が随行していたからである。 この従軍記者により、郷土出身の将兵の武勲が県民に伝えられていたのである。 そしてここに8人目の従軍記者を送るこ…
米内総理親任式のタイミングで盛岡市民旗行列大会(昭和15年1月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

米内総理親任式のタイミングで盛岡市民旗行列大会(昭和15年1月16日)

昭和15年1月17日の岩手日報より。 総理大臣就任を受諾した米内光政の親任式は1月16日に行われることとなった。 このタイミングで郷里・盛岡市では岩手公園広場で市民旗行列大会が行われた。 この日の朝の最低気温は-16.3℃。 それでも岩手公園は日の丸で埋め尽くされることになった。 親任式の始まった午…
米内光政総理就任を祝して八幡町の住民が盛岡市内を提灯行列(昭和15年1月15日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

米内光政総理就任を祝して八幡町の住民が盛岡市内を提灯行列(昭和15年1月15日)

昭和15年1月16日の岩手日報より。 第38代目の総理大臣を生んだ盛岡市民の喜びは言うまでもなく、1月15日の夜に提灯行列が繰り広げられた。 午後6時半に盛岡八幡宮の境内に300名余りが集まり、八幡町~生姜町~肴町~中の橋~桜山神社~大手先~本町~鍛治町~紺屋町~呉服町~六日町~穀町~鉈屋町~八幡宮…
岩手県から3人目の総理大臣に、米内光政生家の近隣住民も盛岡弁で喜びを語る(昭和15年1月15日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県から3人目の総理大臣に、米内光政生家の近隣住民も盛岡弁で喜びを語る(昭和15年1月15日)

昭和15年1月15日の岩手日報より。 何しろ岩手から3人目の首相が選出されたことに地元は大歓喜である。 そもそも、前任の首相・阿部信行のミッションが日中戦争の収拾であり、それがうまくいないなかったということは周知の事実だったようである。 そして後任は同じ陸軍の畑俊六陸相がなるのだろう。 「銃後民衆の…
米内光政海軍大将(盛岡出身)に大命降下し総理大臣に!!!(昭和15年1月14日) m県外・参考

米内光政海軍大将(盛岡出身)に大命降下し総理大臣に!!!(昭和15年1月14日)

昭和15年1月15日の岩手日報より。 1面トップで、海軍大将の米内光政が内閣総理大臣の大命が下り、それを拝することとした旨を伝えている。 岩手県出身者としては原敬、斎藤実に次ぐ3人目の総理大臣となる。 前任の阿部内閣は昭和14年8月に発足したものの、半年あるか無いかのうちに倒壊してしまった。 予備役…
盛岡・城南小学校で日独伊親善図書展覧会(昭和14年8月11日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・城南小学校で日独伊親善図書展覧会(昭和14年8月11日)

昭和14年8月11日の岩手日報の広告欄より。 盛岡市立城南小学校で「日独伊親善図書展覧会」を行うという。 公演しているのは外務省・文部省・陸軍省・海軍省・ドイツ大使館・イタリア大使館。 完全に国策行事であった。 時代相としては、ベルリンで日独伊三国同盟が調印される前年となる。 しかし昭和12年の時点…
内丸松竹座で「新女性問答」「初旅東海道」公開! a盛岡・岩手郡・紫波郡

内丸松竹座で「新女性問答」「初旅東海道」公開!

昭和14年7月20日の岩手日報の広告欄より。 松竹内丸座では「新女性問答」「初旅東海道」を公開するという。 「新女性問答」は松竹大船の製作で監督は佐々木康、主演は桑野通子。 初公開は昭和14年6月1日であったから、盛岡での公開は1か月半強の遅れ。 「初旅東海道」もまた松竹大船で、坂東好太郎、北見礼子…
日支事変2周年で飲食店ではアルコール自粛(S14.7.8岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

日支事変2周年で飲食店ではアルコール自粛(S14.7.8岩手日報)

昭和14年7月8日付の岩手日報には、日中戦争の開戦から2周年を迎えた前日の岩手県内の様子が詳細に記されています。昭和12年7月7日の盧溝橋事件に端を発した事変の記念日として、県内では酒類の販売や飲酒を自粛する動きが徹底されました。 Screenshot 記事の冒頭では、盛岡警察署管内において酒のサの…
朝香宮殿下は花巻・黒沢尻(北上)から釜石へ(S14.7.4新岩手日報) e釜石・遠野・上閉伊郡

朝香宮殿下は花巻・黒沢尻(北上)から釜石へ(S14.7.4新岩手日報)

昭和14年7月4日の新岩手日報の紙面を紐解くと、当時の岩手県が国策の重要拠点としていかに緊張感と活気に満ちていたかが鮮明に浮き彫りになります。 Screenshot この日の報道の中心となっているのは、昭和天皇の叔父にあたる朝香宮鳩彦王殿下の県内視察です。朝香宮殿下は陸軍大将として軍部でも重きをなし…
朝香宮殿下が盛岡市内の軍需工場を御視察(S14.7.3新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

朝香宮殿下が盛岡市内の軍需工場を御視察(S14.7.3新岩手日報)

昭和14年7月3日の新岩手日報が伝える光景は、戦時下の熱気に包まれた盛岡の姿を鮮明に描き出しています。この記事の主役は、軍人皇族として知られる朝香宮鳩彦王殿下です。 Screenshot 明治天皇の女婿であり陸軍大将の要職にあった殿下は、軍需工業や軍人援護事業の視察を目的に岩手県を訪れました。前夜に…