盛岡の早春はめちゃめちゃな道路(昭和10年3月3日)
1935年3月3日
2022年8月25日
昭和10年3月3日の岩手日報より。
冬が去り、水がぬるんできたが、それと同時に盛岡の道はぬかるみでめちゃくちゃになっていた。
当時は、舗装していない道路がほとんどであった。
最もひどいのは、加賀野、天神町、上田、木伏、仙北町方面であったと言う。
この当時、水道工事も進んでおり、水道管の埋設工事のため道路を掘り出し、それを埋めた後の道路が特にひどかったのだと言う。
それで、盛岡市の土木家には毎日抗議の電話が鳴り響いていたが、盛岡市としては「予算がない」と困り果てていたと言う。
また、数少ない舗装道路にしても、内丸の女子師範学校の前の道路には穴が開いており、これも補修が必要であったが、やはり予算がないのでどうにもならないのであった。