盛岡の早春はめちゃめちゃな道路(昭和10年3月3日)

昭和10年3月3日の岩手日報より。

冬が去り、水がぬるんできたが、それと同時に盛岡の道はぬかるみでめちゃくちゃになっていた。

当時は、舗装していない道路がほとんどであった。

最もひどいのは、加賀野、天神町、上田、木伏、仙北町方面であったと言う。

この当時、水道工事も進んでおり、水道管の埋設工事のため道路を掘り出し、それを埋めた後の道路が特にひどかったのだと言う。

それで、盛岡市の土木家には毎日抗議の電話が鳴り響いていたが、盛岡市としては「予算がない」と困り果てていたと言う。

また、数少ない舗装道路にしても、内丸の女子師範学校の前の道路には穴が開いており、これも補修が必要であったが、やはり予算がないのでどうにもならないのであった。

 

 

 


showa
  • showa

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です