a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 21日 1951 盛岡・内丸座で「カルメン故郷に帰る」公開!(昭和26年7月21日) 昭和26年7月21日の「夕刊いわて」より。 盛岡の内丸座では「カルメン故郷に帰る」を上映する。 「カルメン故郷に帰る」は昭和26年3月21日公開の松竹映画で、高峰秀子がストリッパー役で出るというもの。 同作は、鉄道マニアの間では「草軽電鉄(軽井沢~草津温泉。昭和37年廃止)がカラーで見… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 19日 1951 夏は工場直送の生ビールで!(昭和26年7月19日) 昭和26年7月19日の「夕刊いわて」より。 夏だけにビヤホールの広告が出ている。 価格は出ていない。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 14日 1951 「レントゲン自動車」お目見え(昭和26年7月13日) 昭和26年7月14日の「夕刊いわて」より。 結核を撲滅するために、岩手県では、レントゲン撮影機などを装備したレントゲン自動車を2,500,000円で購入し、7月13日にお目見えした。 7月16日からは、久慈や岩泉の保健所管内の奥地を皮切りに、結核予防法の対象になっている学校や事業所等の集団撮影を行う… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 14日 1951 盛岡の呉服店で夏物処分セール(昭和26年7月14日) 昭和26年7月14日の「夕刊いわて」より。 盛岡の呉服店では夏物の投げ売りセールをやっている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 8日 1951 3,000円もらったら金融機関へ!(昭和26年7月8日) 昭和26年7月8日の「夕刊いわて」より。 広告欄には、「私が今3,000円もらったら・・・」という広告記事になっている。 岩手銀行は「岩手殖産銀行」、北日本銀行に至っては「北日本相互銀行」「興産相互銀行」どころか「興産無尽」だった頃の話である。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 6日 1951 盛岡・長町の銀映座がファン優待券を発行します!(昭和26年7月6日) 昭和26年7月6日の「夕刊いわて」より。 盛岡市長町(現在の大館町。岩手高校や河北小学校の裏)の三番館「銀映座」ではサービス券を配るという。 そのサービス券の協賛企業の一覧広告。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 5日 1951 盛岡・穀町の織物問屋では大特売会(昭和26年7月5日) 昭和26年7月5日の「夕刊いわて」より。 盛岡市穀町の織物問屋では大特売会を行うという。 穀町なので現在の南大通。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 2日 1951 お中元にふさわしい夏の品々(昭和26年7月2日) 昭和26年7月2日の「夕刊いわて」より。 お中元商戦に向け、盛岡市内の各店舗が広告を出している。 … 続きを読む
l全県 7月 2日 1951 「夕刊いわて」は1部3円!1ヶ月配達で70円!(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 自社の社告で「夕刊いわて」は1部3円、1ヶ月で70円である旨。… 続きを読む
l全県 7月 1日 1951 ビニロンとは?(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の夕刊いわてより。 アメリか製の「ナイロン」に対して国産の「ビニロン」が出てきたとして、以下のように説明している。 材料は石灰石・コークス・水・空気。 軽くて丈夫であり、水や海水にも強いが、熱には弱い。 アイロンでも木綿や絹にかける温度以下で手早く処置する。 用途は毛糸代用、作業着… 続きを読む
l全県 7月 1日 1951 【1コマ漫画】親子心中防止(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 1コマ漫画で親子心中について扱っている。 親子心中が後を断たない時代だったようで、「親子心中の方はいますぐご相談においで下さい」という立て看板がしてある。 その隣には葬儀社が広告を出している。 「どうせ死ぬなら葬儀のことまで考えましょう」と開き直ってしまって… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 1日 1951 盛岡・上ノ橋になぜか白馬に乗った怪紳士が現れる(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の夕刊いわてより。 県都盛岡は上ノ橋に、シルクハットに真っ赤なモーニングを来て白馬に乗った紳士が現れた。 一体どういうことかというと、「7月5日から8日まで盛岡競馬がありますから老いも若きもイラハイイラハイ」ということであった。 盛岡競馬は前年来の赤字続きで、苦肉の策でこのような広… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 1日 1951 盛岡・中劇で「お遊さま」上映中(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 盛岡の中央映画劇場では「お遊さま」を公開中であるという。 「お遊さま」は昭和26年6月22日初公開の大映映画で、谷崎潤一郎の小説を原作とするもので田中絹代や乙羽信子が出演。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 1日 1951 盛岡・国劇で「森林警備隊」公開!(昭和26年7月1日) 昭和26年6月30日の「夕刊いわて」より。 盛岡の洋画専門館・国民劇場では「森林警備隊」を公開する。 「森林警備隊」(原題:The Forest Ranger)は昭和17年米パラマウント制作で、日本での初公開は昭和25年12月25日。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 27日 1951 DDTで蠅や蚊を根絶しましょう!(昭和26年6月27日) 昭和26年6月27日の「夕刊いわて」より。 私事ながら昭和26年生まれの拙母も「デデテ」は知っていた。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 24日 1951 盛岡市営球場で東急対毎日、西鉄対大映の試合をします!(昭和26年6月24日) 昭和26年6月22日の「夕刊いわて」より。 盛岡市営球場でプロ野球の試合。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 21日 1951 盛岡に17歳の麗人タクシー運ちゃん登場(昭和26年6月21日) 昭和26年6月21日の「夕刊いわて」より。 盛岡の杜陵タクシーに、17歳の女の子が運転手としてデビューするという。 当時は盛岡最大の歓楽街であった八幡町の小料理屋の一人娘でケイ子ちゃんと言ったという。(本名は別) 岩手女子高校ではバレーボール部や水泳部で活躍するほど活発な少女であった。 運転免許を取… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 20日 1951 5歳当時の松島トモ子が岩手県公会堂で出演していた(昭和26年6月20日) 昭和26年6月21日の「夕刊いわて」より。 6月20日、岩手県公会堂では石井漠の門下の子供達がバレエの公演をした。 この中に「天才豆バレリーナ」として5歳のころの松島トモ子がいたのである。 ライオンに噛まれるかれこれ35年前の話。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 17日 1951 女子プロ野球団「マルキンシスターズ」が市内で行列(昭和26年6月17日) 昭和26年6月17日の「夕刊いわて」より。 盛岡に来た女子野球野球団「マルキン・シスターズ」は、薄いグレーのジャンパーと白いユニホームで盛岡市内を行進した。 その後、盛鉄球場で地元名士軍などと試合したが、その試合結果は書いていない。 夕刊誌だったので、入稿時間に間に合わなかったのだろうか。 &nbs… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 16日 1951 「婦人の職場を明るくしましょう」と叫んでいる県庁のお膝元にブラック企業(昭和26年6月16日) 昭和26年6月16日の「夕刊いわて」より。 この時期、県では「婦人の生活を明るくしましょう」と女性の働く職場の労働環境の向上を各職場に呼びかけていた。 そんな最中に、極めつけのブラック企業が県庁の中にあったのである。 それは県職員生活協同組合。 組合長以下7人の職員がいて、うち5人は女性。 その5人… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 16日 1951 知的障害のある浮浪者が精神病院に入っただけでニュースになった時代(昭和26年6月16日) 昭和26年6月16日の「夕刊いわて」より。 見出しには「海デ象をヲトッテイタヨ 脳足りんの坊や青年精神病院入り」と書いてある。 どういうことかというと、この年の初めに浮浪者とおぼしき青年が盛岡駅前の派出所でお世話になっていた。 凍傷しているので、岩手医大に収容して手当をしていたが、名前を聞いてもまる… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6月 16日 1951 マルキン女子野球団来たる!(昭和26年6月16日) 昭和26年6月16日の「夕刊いわて」の広告欄より。 岩手新報社の後援で行われるという女子プロ野球の盛岡での試合は、夕刊いわてでも盛んに広告されていた。 また、チームのスポンサーであったマルキン醤油は小豆島の醤油メーカーで、現在でも盛業中である。 「マルキン醤油記念館」というのもあるようだが、女子プロ… 続きを読む