国政

中山マサ厚生政務次官が水沢で講演し座談会(昭和28年9月3日) h水沢・江刺・胆沢郡

中山マサ厚生政務次官が水沢で講演し座談会(昭和28年9月3日)

昭和28年9月5日の胆江日日新聞より。 水沢公民館主催の夏季大学では、厚生政務次官の中山マサを招聘して講演会を行ったという。 その後の座談会では、以下のようなことが話し合われたという。 未亡人にはタバコ販売店が優先的に許可されるので更生の一端にしてほしい。 妊娠調節の不徹底で不幸が起きている。その器…
衆議院選挙始まる(昭和27年9月5日) l全県

衆議院選挙始まる(昭和27年9月5日)

  昭和27年9月6日の岩手日報より。 8月28日に、第三次吉田内閣は抜き打ち解散をして、9月5日に衆議院選挙が始まった。 この選挙は、昭和25年に公職選挙法が制定されて、はじめての選挙となる。 この当時の選挙カーはトラックを流用していたようである。      …
国鉄加賀山総裁が盛鉄局長室で会見「山田線復旧はどうなる?」(昭和25年10月9日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄加賀山総裁が盛鉄局長室で会見「山田線復旧はどうなる?」(昭和25年10月9日)

国鉄の加賀山之雄総裁は昭和25年10月9日10:58、盛岡駅到着の列車で釜石線開通行事のために盛岡に来る。 昭和25年10月10日岩手日報より 9日11時からは、盛岡鉄道管理局長室で記者会見に応じた。 山田線復旧計画に変わりはない。治山治水工事の実態を理解してから。 26年度予算には計上するには至っ…
豊作なのに精米所の能力が足りず配給が遅滞(昭和25年9月28日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

豊作なのに精米所の能力が足りず配給が遅滞(昭和25年9月28日)

昭和25年9月28日の岩手日報より。 この年は食糧事情が好転し、米食率が73%で「戦後最良」であったという。 というか、73%しか米を食べれなくても、それは「良い方」だったらしい。 ともかくも、配給は「いも」「粉」に代わって米が1か月に22日分も配給されたのだという。 しかし、精米所が足りず遅配とな…
国勢調査にご協力ください!(昭和25年9月28日) l全県

国勢調査にご協力ください!(昭和25年9月28日)

昭和25年9月28日の岩手日報より。 この年の10月1日に国勢調査が予定されていた。 日本では大正9年(1920年)に第1回の国勢調査が行われ、昭和20年に行われなかった以外は「0」「5」の付く年に行われ、1950年は第6回目となった。 この国勢調査の意義として「日本再建の基礎となる重要資料」として…
東北の一級酒審査の合格率は岩手が筆頭(昭和25年9月27日) l全県

東北の一級酒審査の合格率は岩手が筆頭(昭和25年9月27日)

昭和25年9月28日の岩手日報より。 昭和25年度の一級種審査会は、9月27日10時から仙台国税局で国立醸造試験所長を招き行われた。 審査項目は官能検査(実際に味わう)、化学審査で、東北6県の116店のうち、95点が一級種として合格した。 県別の合格率は以下の通り。 青森 84.6% 岩手 92.3…
国鉄の行政整理基準が決まる(昭和24年7月1日) m県外・参考

国鉄の行政整理基準が決まる(昭和24年7月1日)

昭和24年7月1日の岩手新報より。 政府は、国鉄の人員整理を決めていたが、その基準を下山国鉄総裁と、組合側の代表との会見で話した。 国鉄の業務に対しどの程度協力したかを最大の基準として、各所属長の責任で認定させる 優劣をつけがたいものは、勤続年数によって算出された一定の順位によって優劣を分ける。 &…
国鉄盛岡管理部管内では2052名の人員整理予定(昭和24年7月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄盛岡管理部管内では2052名の人員整理予定(昭和24年7月1日)

昭和24年7月1日、14時から吉田首相は官邸で会見を行った。 「行政整理はあくまで断行する」 つまり、国鉄の人員整理はあくまでも予定通り行うということを断言した。 当時、岩手県内の国鉄路線は仙台鉄道局盛岡管理部によって管轄されていた。 盛鉄管内の定員は業務員7,019名、養成中の者316名、無給職員…
大蔵省「取引高税が改正になります!」(昭和24年5月1日) l全県

大蔵省「取引高税が改正になります!」(昭和24年5月1日)

昭和24年5月2日の新岩手日報より。 取引高税が5月1日から変わるというニュース。 「取引高税」とは、昭和23年に物品販売・銀行・製造業・運送業など39業種に課税された税金であり、現在の消費税の走りであるが、中立性を欠くこと、納税手続きが煩雑であることにより批判が強く、昭和24年限りで廃止になったも…
大政翼賛会&岩手殖産銀行「皇紀2602年、皇軍に感謝して献納しよう!」(昭和17年1月16日) l全県

大政翼賛会&岩手殖産銀行「皇紀2602年、皇軍に感謝して献納しよう!」(昭和17年1月16日)

昭和17年1月16日の岩手日報より。 大政翼賛会のマークも高らかに献納を呼び掛けている。 「一億のどよめく勝鬨にあけた皇紀二千六百二年」とあるが、これは前年12月8日の真珠湾攻撃のことだろうか。 「この戦果に酔ってはいけない」とはいうものの、すでに諸々の配給は滞り始めていたのである。 むしろ「戦果に…
第77回臨時帝国議会(決戦議会)を終わって県選出議員の所感 m県外・参考

第77回臨時帝国議会(決戦議会)を終わって県選出議員の所感

この時期、日中戦争のさなかであったが、アメリカが日本から満州や中国戦線から手を引かせようとしていた。 これを日本は「アジアのやっていることに欧米列強が首を突っ込んできた。どうせアメリカだって同じことをしようとしているくせに」と国民全体に不満が鬱屈していた。 第77回臨時帝国議会は「決戦議会」と呼ばれ…
米内邸では祝電の山で3分の1は女性から(昭和15年1月16日) m県外・参考

米内邸では祝電の山で3分の1は女性から(昭和15年1月16日)

昭和15年1月17日の岩手日報より。 米内新総理が1月16日に宮中で開かれた親任式に臨んでいる時、渋谷竹下町の自宅では全国からの祝電の整理に追われていた。 その数は三百通余り。そのうち3分の1までが女性からであったと言い、「私は米内さんが組閣の大命を拝したとラジオで聞いたときどんなに嬉しかったでしょ…