a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 12月 1967 県立図書館が竣工(s42.12.31岩手日報) 昭和42年12月31日付の岩手日報には、年の瀬にふさわしい「祝・県立図書館竣工」の全面広告が掲載されていました。場所は盛岡市内丸、岩手公園(現在の盛岡城跡公園)内。年明けの昭和43年2月10日に開館予定とされており、県民にとっての新たな知の拠点の誕生が高らかに謳われています。 広告には、当時の岩手県… 続きを読む
b二戸・二戸郡 16 12月 1967 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを町内に配り続けた人(S42.12.16デーリー東北) 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを6年間に渡り配り続けた人が話題に。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 12月 1967 久慈に中越パルプが進出?(S42.12.10デーリー東北) 久慈に中越パルプの工場が進出するかもしれないが、そのためには港湾整備が必要という条件。 また、下には小さく一戸町で戦没者慰霊法要が行われた旨の報道。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正 &… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 28 11月 1967 羽田〜花巻便を冬季休航!?(S42.11.28岩手日報) 羽田〜花巻便が開通して3年が経過していた。 そこへ、日本国内航空が「機材が不足しているので2月〜3月を休航させてほしい」ときた。 これに対し、県は「地方便の軽視だ」と反対の構えであった。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 27 11月 1967 県内各地で火災予防運動(S42.11.27岩手日報) 冬に向けて、県内各地で火災予防運動が展開され、消防車によるパレードが展開された。 写真は宮古と久慈。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 20 11月 1967 釜石市内に残る3つの難所(昭和42年11月20日) 昭和42年11月20日の岩手東海新聞より。 国道45号線は改良工事が進んでいたが、交通量はそれ以上に増大していた。 釜石市の繁華街での国道では、難所は3カ所もあって、市民の不安は広がっていたと言う。 陸橋でバイパスを作って市街地を一跨ぎさせてはと言う計画も、10億円とも20億円とも言われる膨大な事業… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 18 11月 1967 宮古市役所の火事で市民サークルがとばっちり(S42.11.18岩手東海新聞) 昭和42年11月18日の岩手東海新聞には、宮古市の「行政インフラが総崩れになった」ような緊迫した様子が記されていました。 Screenshot 当時、宮古市役所で火災が発生し、庁舎は使用不能になってしまいます。 そのため市役所の各課は、公民館へと“疎開”する形で急遽移転。しかし、公民館はもともと市民… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 11月 1967 国道45号線古廟トンネルが年内に完成(S42.11.14岩手東海新聞) 国道45号線の釜石と大槌を結ぶ古廟坂トンネルが昭和42年内に完成するという。 それまでは、釜石と大槌の間は室浜を経由する曲がりくねった道だった。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 6 11月 1967 一関・キューピー移動交通公園の開設から早1年(昭和42年11月6日) 昭和42年11月6日の岩手報知より。 一関の交通移動教室「キューピー公園」を昭和41年11月23日に誕生して、早1年を迎えることになったと言う。 この1年間で開催した日数は90日、利用した人数は60,000人を数えると言う。 キューピー公園は、自動信号機はもとより、横断歩道、見通しの悪い場所、鉄道踏… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 11月 1967 釜石・中妻都市計画の西銀座街の舗装化が始まる(S42.11.4岩手東海新聞) 昭和42年11月4日の岩手東海新聞より。釜石駅の西側にあたる中妻地区で、都市計画の中心となる幹線道路の舗装工事が始まった。舗装が行われているのは、西銀座街と呼ばれる通りで、沿道にはすでに商店や飲食店、バーなどが並び始めており、街路としての体裁が整いつつある。 この幹線道路は、及新マートを中心とした中… 続きを読む
i一関・西磐井郡 4 11月 1967 一関・キューピー移動交通公園に新たな施設完備(昭和42年11月4日) 昭和42年11月4日の岩手報知より。 11月1日から3日にかけて、交通安全展示会が行われたが、この開催期間中の同乗見学や交通教室利用者は約30,000人であったと言う。 ここで使われた見通しの悪い道路、鉄道踏切用の機関車模型や軌道は今をキューピー移動交通公園に加えられ、学校、幼稚園、遊園地などを巡回… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 11月 1967 大槌町消防団常備部が消防団に昇格か(S42.11.2岩手東海新聞) (昭和42年11月2日 岩手東海新聞より) 昭和42年当時、大槌町における防災体制に関して、大きな転換点を迎えようとしていた。町内の消防を担ってきた「消防団常備部」が、設置以来すでに10年余りを経過しており、制度の見直しとともに「消防署」への昇格が検討され始めていたのである。 この常備部は、町の厚生… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 3月 1967 釜石の五ノ橋が新橋に切り替わります(昭和42年3月14日) 昭和42年3月14日の岩手東海新聞より。 釜石駅と小佐野方面を結ぶ五ノ橋が新しくなり、その工事期間中は水道の水圧が下がるので注意、と。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 3月 1967 釜石市の商店売り上げは県内4位に転落(昭和42年3月9日) 昭和42年3月9日の岩手東海新聞より。 岩手県は前年7月1日現在に2年ぶりに商業調査を実施したが、県内の商店の年間売り上げは3435億円であると発表した。 釜石の年間売り上げは、219億6100万円であり、盛岡・水沢・花巻について第4位となり、前回までの第二位の地位から後退していることがわかった。 … 続きを読む
b経済・産業 4 3月 1967 釜石税務署で確定申告が本番(昭和42年3月4日) 昭和42年3月4日の岩手東海新聞より。 釜石税務署でも確定申告が本番を迎えていたようだが、ソフトムードにこれ努めていたようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 3月 1967 釜石・中妻土地区画整理事業の保留地処分(昭和42年3月1日) 昭和42年3月1日の岩手東海新聞より。 釜石市では、中妻地区の土地区画整理事業の保留地処分を行う旨の広告を出した。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 1月 1967 釜石〜大槌の国道45号線にはトンネルが11もあった(昭和42年1月11日) 昭和42年1月11日の岩手東海新聞より。 鳥谷坂トンネルや古廟坂トンネル開通前の国道45号線の釜石〜大槌間にはトンネルが11もあったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1967 昭和42年は国道45号線開発の年(昭和42年1月1日) 昭和42年1月1日の岩手東海新聞より。 岩手東海新聞の新春号は、国道45号線開発の槌音を高らかに報じている。 まだ釜石〜大槌間の鳥屋坂トンネルも古廟坂トンネルも開通前の旧道であった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 11月 1966 国道45号線鳥谷坂トンネルの工事順調(昭和41年11月4日) 昭和41年11月4日の岩手東海新聞より。 沿岸部の大動脈である国道45号線の、釜石から北側を結ぶ鳥谷坂トンネルの工事は順調であった。 それまで、釜石から大槌方面に出るには橋上市場のところの大渡橋から甲子川沿いに北上し、曲がりくねった道を女遊戸を経由していなければならなかったのだ。 &n… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 10月 1966 日本初の商用地熱発電所・松川地熱発電所が運転開始(昭和41年10月8日) IBC「いわてアーカイブの旅」第223回より。 松川地熱発電所は日本で初めての商用ベースの地熱発電所。 現在は東北電力系列の「東北自然エネルギー」が運営している。 地熱発電は原子力発電と違ってクリーンなエネルギーで、発電量もそれなりに大きいのであるが、「国立公園を開発できない」「温泉旅館経営者の反対… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 15 7月 1966 釜石・学校通りと一中を改築(S41.7.15岩手東海新聞) 釜石の中心街から鳥屋坂トンネルに向かう国道45号線は、トンネルが未開通だった当時は「学校通り」と呼ばれていたようだ。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 7月 1966 宮古市議会の新しい録音システム(昭和41年7月1日) 昭和41年7月1日の岩手東海新聞より。 この時期、どこの市議会でも、速記の補助として録音が取り入れられていたが、そのうち、メインになるのではないかと思われていた。 しかし、そのためには、録音の切断や、雑音といった障害があるのだった。 そこで、宮古市議会の事務局長は、中央の速記者先に録音席を置き、机の… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1966 大槌駅前の舗装で「駅前田んぼ」が解消(昭和41年7月1日) 昭和41年7月1日の岩手東海新聞より。 この当時の大槌町の古館町長は「道路町長」と呼ばれ、町内のほとんどの道路を舗装することに力を入れていた。 山田線の大槌駅前の道路もまた、雨が降れば「駅前田んぼ」として長靴に履き替えてあるかなければならないほどであったと言う。 このため、失業対策事業として、簡易舗… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 5月 1966 釜石税務署管内長者番付(昭和41年5月1日) 昭和41年5月2日の岩手東海新聞より。 釜石税務署では、5月1日に長者番付を発表した。 1位は、釜石製鉄所の下請け会社の元持組の社長であった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 4月 1966 道の真ん中を歩く危ない小学生(昭和41年4月7日) 昭和41年4月8日の岩手東海新聞より。 この時期,釜石警察署では、道の真ん中を歩く小学生たちに頭を痛めていた。 朝は、上級生や親たちのリードがあって学童歩道を歩くのだが、下校時になると上級生もリードしてくれないし、授業が終わった開放感で家に広がって歩くようであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 3月 1966 大槌病院が開院式(昭和41年3月2日) 昭和41年3月3日の岩手東海新聞より。 県立大槌病院では、開院式を行なった。 まだ末広町にあった時代。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 3月 1966 ラバさん:政治に物言わないのは昔から(昭和41年3月2日) 昭和41年3月2日の岩手東海新聞より。 連載の4コマ漫画「ラバさん」では、街頭録音をネタにしている。 レポーターに政治への不満を振られても「別に…」と何も言わず。 しかし家に帰ると、大いに政治への不満をぶちまける。 まるで現在のTwitterではないか。… 続きを読む