b二戸・二戸郡 16 12月 1967 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを町内に配り続けた人(S42.12.16デーリー東北) 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを6年間に渡り配り続けた人が話題に。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 5 12月 1967 一戸や軽米でスリップ事故続出(昭和42年12月5日) 昭和42年12月6日のデーリー東北より。 12月5日の明け方、午前4時から9時半にかけて、一戸町の小繋から中山の間の4キロの間で、国道4号線で路面凍結によるスリップ事故が連続で6件も発生した。 死亡者も1名出ると言う惨事であった。 また、軽米町でもスリップ事故が発生して、3人が怪我をしたと言う。… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 28 11月 1967 羽田〜花巻便を冬季休航!?(S42.11.28岩手日報) 羽田〜花巻便が開通して3年が経過していた。 そこへ、日本国内航空が「機材が不足しているので2月〜3月を休航させてほしい」ときた。 これに対し、県は「地方便の軽視だ」と反対の構えであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 11月 1967 釜石ホンダ販売で全製品展示会(昭和42年11月24日) 昭和42年11月24日の岩手東海新聞より。 釜石ホンダ販売では、全製品展示会を行うという。 会場は11月25日が及新マート中妻店隣、11月26日は及新マート只越店隣の会場であったという。 当時は百貨店であった及新はスーパーマーケット事業も展開していたようである。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 20 11月 1967 釜石市内に残る3つの難所(昭和42年11月20日) 昭和42年11月20日の岩手東海新聞より。 国道45号線は改良工事が進んでいたが、交通量はそれ以上に増大していた。 釜石市の繁華街での国道では、難所は3カ所もあって、市民の不安は広がっていたと言う。 陸橋でバイパスを作って市街地を一跨ぎさせてはと言う計画も、10億円とも20億円とも言われる膨大な事業… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 18 11月 1967 きれいになった釜鉄桟橋(昭和42年11月18日) 昭和42年11月18日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、荷役作業の能率向上と環境整備による災害防止の効果を狙い、桟橋改善工事を行っていた。 工事は、桟橋クレーンの延長と軌道改良に伴い舗装化に重点が置かれ、これまで一部ゴタゴタしていた荷役作業現場もスッキリして、気持ちよく働けると作業員から喜ばれた… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 11月 1967 国道45号線古廟トンネルが年内に完成(S42.11.14岩手東海新聞) 国道45号線の釜石と大槌を結ぶ古廟坂トンネルが昭和42年内に完成するという。 それまでは、釜石と大槌の間は室浜を経由する曲がりくねった道だった。… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 10 11月 1967 スバル秋の中古車セールで志戸平温泉ご一泊ご招待!(昭和42年11月10日) 昭和42年11月10日の岩手東海新聞より。 釜石市内の中古車屋ではスバルの中古車セールを行なっている。 そして花巻の志戸平温泉にご招待という。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 6 11月 1967 一関・キューピー移動交通公園の開設から早1年(昭和42年11月6日) 昭和42年11月6日の岩手報知より。 一関の交通移動教室「キューピー公園」を昭和41年11月23日に誕生して、早1年を迎えることになったと言う。 この1年間で開催した日数は90日、利用した人数は60,000人を数えると言う。 キューピー公園は、自動信号機はもとより、横断歩道、見通しの悪い場所、鉄道踏… 続きを読む
i一関・西磐井郡 4 11月 1967 一関・キューピー移動交通公園に新たな施設完備(昭和42年11月4日) 昭和42年11月4日の岩手報知より。 11月1日から3日にかけて、交通安全展示会が行われたが、この開催期間中の同乗見学や交通教室利用者は約30,000人であったと言う。 ここで使われた見通しの悪い道路、鉄道踏切用の機関車模型や軌道は今をキューピー移動交通公園に加えられ、学校、幼稚園、遊園地などを巡回… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 5月 1967 私費で橋を架ける善行 釜石(昭和42年5月11日) 昭和42年5月11日の岩手日報より。 釜石市向定内で製材所を経営する男性が、バス停のある野田まで甲子川を渡るのに不便であると、私費で架橋して4年、向定内の住民を喜ばせているというニュース。 見た感じ、ありがたい橋なのではあろうが欄干もなく通るのには勇気が要る。 西日本の山間部にあるような「沈下橋」の… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11 5月 1967 大モテの貸し自動車 昭和42年のゴールデンウィークも終わった5月11日の岩手日報には「大モテの貸し自動車」という記事がある。 貸し自動車とはレンタカーのこと。 まあ自動車を貸すんだから「貸し自動車」ではあるだろう。。。 Wikipedia情報だと、日本のレンタカーの歴史は、大正時代に「運転者付き」で始まったのだという。… 続きを読む
l全県 8 5月 1967 農繁期になると子供の線路遊びが増える 昭和42年5月8日の岩手日報より。 5月に入り、農繁期に入ると、子供の面倒を見る暇がなくなり、子供が危険な遊びに走るようになるという。 その一つが線路遊び。 線路に侵入して置き石をしたり、列車に石を投げたり。 盛岡鉄道管理局では、この5月を「列車妨害防止月間」として、沿線各市町村に協力を要請したのだ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 14 3月 1967 釜石の五ノ橋が新橋に切り替わります(昭和42年3月14日) 昭和42年3月14日の岩手東海新聞より。 釜石駅と小佐野方面を結ぶ五ノ橋が新しくなり、その工事期間中は水道の水圧が下がるので注意、と。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 13 3月 1967 ヤマハ船外機は釜石オートセンターで!(昭和42年3月13日) 昭和42年3月13日の岩手東海新聞より。 モーターボートの船外機を釜石オートセンターで売っていた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 3月 1967 サニートラック新発売!(昭和42年3月4日) 昭和42年3月4日の岩手東海新聞より。 日産プリンス販売釜石営業所では、ダットサンサニートラックの新発売の旨を広告している。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 1月 1967 釜石〜大槌の国道45号線にはトンネルが11もあった(昭和42年1月11日) 昭和42年1月11日の岩手東海新聞より。 鳥谷坂トンネルや古廟坂トンネル開通前の国道45号線の釜石〜大槌間にはトンネルが11もあったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 10 1月 1967 釜石でもダンプの神風運転が問題に(昭和42年1月10日) 昭和42年1月10日の岩手東海新聞より。 全国的に神風運転による交通事故が問題になっていたが、釜石でも例外ではなかった。 しかし、それは労務管理に問題があると、その点からの対策を講じることになった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 1月 1967 大槌・末広町商店会「日産サニーの当選番号です!」(昭和42年1月7日) 昭和42年1月7日の岩手東海新聞より。 大槌町の末広町商店会では抽選会を行なっていたようで、日産サニーが1等だったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 1月 1967 釜石線が全面無煙化へ(昭和42年1月7日) 昭和42年1月7日の岩手東海新聞より。 釜石線は長らくSLが牽引していたが、無煙化となる運びとなった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1967 昭和42年は国道45号線開発の年(昭和42年1月1日) 昭和42年1月1日の岩手東海新聞より。 岩手東海新聞の新春号は、国道45号線開発の槌音を高らかに報じている。 まだ釜石〜大槌間の鳥屋坂トンネルも古廟坂トンネルも開通前の旧道であった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 11月 1966 県南バスの無期限ストに釜石市民も「いい加減にしろ!」(S41.11.9岩手東海新聞) 県南バスはストを繰り返し、市民の我慢は限界に達していた。 それで、国鉄バスなど他社に乗り入れてもらう署名なども始めていた。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 11月 1966 ワンマンバス導入をめぐって県南バスはついに48時間スト(昭和41年11月5日) 昭和41年11月5日の岩手東海新聞より。 釜石駅から徒歩で会社や学校へ ワンマンバスの運行問題をめぐって、これまで4カ月間争議を続けてきた岩手県南バスの労組は、ついに5日から、48時間後に突入した。 部分ストも含めると、10月17日から始まっており、かれこれ14日間にわたってバスが止まっており、岩手… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 4 11月 1966 宮古駅に「乗車券センター」設置(S41.11.4岩手東海新聞) 宮古駅に電話を増設し「乗車券センター」を設置するという。 乗車券センターの電話番号は宮古422番であるという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 11月 1966 国道45号線鳥谷坂トンネルの工事順調(昭和41年11月4日) 昭和41年11月4日の岩手東海新聞より。 沿岸部の大動脈である国道45号線の、釜石から北側を結ぶ鳥谷坂トンネルの工事は順調であった。 それまで、釜石から大槌方面に出るには橋上市場のところの大渡橋から甲子川沿いに北上し、曲がりくねった道を女遊戸を経由していなければならなかったのだ。 &n… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 11月 1966 県南バスワンマンカー闘争に釜石市内の高校が抗議(S41.11.2岩手東海新聞) この時期、岩手県南バスではワンマンカー導入をめぐって泥沼の組合争議となっていた。 しかし、利用者からするとたまったものではない。 それで、釜石市内の高校の校長PTA協議会が県南バスに対して抗議することにしたのだ。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 30 9月 1966 さよなら蒸気機関車「D62」(昭和41年9月30日) IBC「いわてアーカイブの旅」より。 「日本最大の機関車」として戦時中に活躍したD52型蒸気機関車は、あまりに重量が重いことで入れる路線が限られており、戦後になると持て余されるようになった。 そもそもD52が必要になるような輸送量の大きい路線は、とっくに電化が進んでいたからだ。 それで、昭和25年に… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 7月 1966 釜石で自動車パレード「赤痢、食中毒に気をつけましょう」(S41.7.11岩手東海新聞) 夏が始まり、釜石市内で赤痢や食中毒に気をつけるよう呼びかける自動車パレードが開催された。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1966 釜石自動車学校の同窓会(昭和41年7月2日) 昭和41年7月2日の岩手東海新聞より。 釜石自動車学校では、7月4日に同窓会を開催すると言う。 これは、7月4日の正午からやるのだそうで、特別に案内状は出さないがここの教習所を卒業した人は参加できるようになっていたと言う。 同窓会に集まったとして、一体どんな話をしたのだろうか。 &nb… 続きを読む