人権・マイノリティ 2月 11日 1977 【参考】人権擁護委員(S52.2.11中日ニュース) 昭和23年から人権擁護委員制度は開始され、全国で1万人いたという。 https://youtu.be/U1cYq6fEbzM?si=-hlNACjTOzpsBEJ9 … 続きを読む
人権・マイノリティ 2月 13日 1976 【参考】在日朝鮮人の韓国墓参団(S51.2.13中日ニュース) 在日朝鮮人(北朝鮮系)の韓国墓参団が実現。 https://youtu.be/_KqAcfdMAVE… 続きを読む
事件・犯罪・司法 2月 20日 1968 【参考】金嬉老事件(昭和43年2月20日) 静岡県寸又峡温泉で在日コリアンの金嬉老がヤクザを殺して旅館に立てこもり。 https://youtu.be/rr-go367r9g… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12月 4日 1965 朝鮮人、殺人未遂(見出し原文ママ)(昭和40年12月4日) 昭和40年12月4日の岩手東海新聞より。 この日、釜石市大渡町1丁目にある朝鮮会館内で、朝鮮人同士が丸棒で暴行して瀕死の重傷を負わせた殺したものと思って釜石警察署に自首すると言う事件があった。 幸いでも被害者は一命は取りとめたようであった。 原因は、11月17日に新潟港から北鮮(原文ママ)新帰国する… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12月 20日 1964 知らない間に結婚してた!? 昭和39年12月20日の岩手日報より。 大阪に住む59歳独身の会社員が、本籍地のある徳島県小松島市役所から戸籍抄本を取り寄せた。 すると、知らない間に妻がいて、子供3人いるということになっている!? どうやら、昭和24年10月14日に釜石市内の女性と結婚していた、ということになっているらしい。 その… 続きを読む
i一関・西磐井郡 7月 9日 1960 北鮮帰還者から一関市役所に音信(昭和35年7月9日) 昭和35年7月9日の岩手報知より。 この記事の前年の昭和34年以降、北朝鮮への帰還事業が進められていたが、一関市からは3家族が帰還していた。 そのうち1家族から音信が届いたという。 … 続きを読む
人権・マイノリティ 12月 14日 1959 【参考】北朝鮮帰国 第1陣出航 昭和34年12月14日、北朝鮮への帰国第一便が新潟から出航。(TBSスパークルより) https://youtu.be/ByZYHAv-MLs… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 9月 22日 1959 北朝鮮帰還事業で在日朝鮮人ブチ切れ「俺たちは囚人か!?」 昭和34年9月22日の岩手日報より。 在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業は、岩手県内でも受付が始まっていた。 北朝鮮とは国交が無く(このブログを書いている令和3年現在でも)、国同士の交渉はできず、赤十字社同士での交渉ということになり、ジュネーブで日朝赤十字協定に基づき帰還事業が行われることになった。 そ… 続きを読む
l全県 9月 15日 1959 北朝鮮「帰還」のお知らせ(昭和34年9月15日) 昭和34年9月21日の岩手日報の広告欄より。 (たまたま手元にあるのがこの日付の新聞であるというだけで、広告の掲載自体は9月15日の時点でしていた可能性はある) いわゆる「朝鮮人の帰国事業」についての広告。 日本と北朝鮮には国交がなく、両国の赤十字社を通じての帰国事業になったことは有名な話。 &nb… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5月 25日 1959 朝鮮総連釜石支部「帰国問題の早期実現を」(昭和34年5月25日) 昭和34年5月26日の岩手東海新聞より。 朝鮮総連釜石支部は5月25日、南町の教育会館で第5次大会を開催した。 この時期、多数の釜石在住の朝鮮人が詰めかけたが、もし帰国問題が実現すればこれが最後の大会になる人もいるということで、寂しそうな雰囲気もあったようだ。 そのような中で「帰国問題の早期実現」を… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 7日 1956 盛岡の商家女中による殺人放火事件(昭和31年2月7日) 昭和31年2月の7日に日が変わった2時頃のこと。 擬宝珠で有名な下ノ橋のすぐ近くの鷹匠小路にある広壮な商家が火事になっている! あまりに火の回りが早く、とても消すことはできなかった。 それでも隣の自転車店に類焼しただけで、大火には至らなかった。 その商家からは、女将と高校生の次男が遺体で発見された。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5月 17日 1955 盛岡警察署と盛岡税務署が濁密を摘発 盛岡税務署は盛岡警察署の応援を得て、市内で「第三国人を主とする濁酒密造ならびに密売所を急襲」(昭和30年5月18日の岩手日報の記述ママ)した。 一部では抵抗もあったようだが、市内7か所での戦果としては以下の通り。 オケ9個 カメ7個 一升ビン12本 玄米7斗 密造道具3点 「濁密」つまりドブロクのこ… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 8月 29日 1953 水沢で混血児対策?(昭和28年8月29日) 昭和28年8月29日の胆江日日新聞より。 「混血児問題対策」という記事がある。 いわく、 混血児は往々にして一般自動と差別される恐れがあるが、児童憲章の精神を元にすべての児童と等しく社会の一員として立派に成人するように育てられる。 混血児はすべての児童と等しく取り扱われるが個々の場合には種々の点で問… 続きを読む
i一関・西磐井郡 8月 15日 1953 癩病患者が東北新生園を脱走して一関の夏祭り見物(昭和28年8月15日) 昭和28年8月16日の岩手日日より。 8月15日の朝4時頃、一ノ関駅前をうろついていた挙動不審の男がいた。 警察官が職務質問したら、宮城県瀬峰の癩療養所「東北新生園」から脱走してきた50歳の男であるという。 脱走して東磐井郡大原町の子供に会いに行く途中であったという。 この男を一応保護して保健所を通… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3月 1日 1953 抗日の記念日「三一節」に盛岡・釜石・黒沢尻の在日朝鮮人が集会(昭和28年3月1日) 韓国の祝日には「三一節」というのがある。 これは、朝鮮半島が日帝に支配されていた大正8年(1919年)3月1日、京城(ソウル)のパゴダ広場で抗日蜂起が起こったことを記念したものである。 そんな朝鮮人にとって、昭和20年8月15日とは「終戦」ではなく「光復」であり、日帝からの自由を祝うべきものだったの… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1月 4日 1950 釜石から北朝鮮への帰国者の記念植樹(S35.1.4岩手東海新聞) 釜石市から、北朝鮮に帰国する帰国者が10名いたのだそうで、それを記念して植樹が行われた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5月 3日 1949 男女同権で女だけのお花見(昭和24年5月3日) 昭和24年5月4日の新岩手日報より。 憲法が改正されて2年目の憲法記念日を記念する記事。 新憲法で男女同権となり、「女だけの花見」が開かれたのだとう。 それほどまでに、「女は家にいろ」という肝炎が強かったと言うことだろうか。 … 続きを読む
l全県 8月 1日 1944 岩手県協和会が朝鮮半島出身労働者を表彰(S19.8.1新岩手日報) 岩手県協和会は、半島出身労働者を表彰した。 このことからも、朝鮮人がどこで多く働いていたかが分かろうというもの。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 3月 2日 1933 昭和初期は疾病に関するプライバシーなど無かった 今でこそ、病気に関する情報はプライバシーとして守られているが、昔は全然そんな概念などなかった。 有効な治療法が存在しなかった時代は、せめて「どこの家で発生したか」知ることで、感染を防ぐという需要はあったのかも知れない。 2020年からのコロナ禍においても、「感染者のプライバシーの為に住所は公表しない… 続きを読む