c久慈・九戸郡 4 6月 1955 シケが幸いしワカメで賑わう九戸沿岸(昭和30年6月4日) 昭和30年6月4日のデーリー東北より。 岩手県九戸郡沿岸では、ワカメ採取の最盛期を迎えていたと言う。 5月28日が続いたシケの影響で、ワカメが岸に打ち上げられているため種市の小子内浜ではナギを持って部落民が早出で3500貫ほどを拾いあげたと言う。 55〜6歳の老漁夫は、水から上がって焚き火に当たりな… 続きを読む
c久慈・九戸郡 3 6月 1955 山形村の霜畑・小国にも電気を!(昭和30年6月3日) 昭和30年6月3日のデーリー東北より。 九戸郡山形村では、前走に先駆けて東北電力の電気導入に成功した荷軽部部落に刺激されて、関・霜畑・小国部落の372戸では、電気導入の気運が高まった。 この時点で、東北電力の電線は、久慈市山根町木売内まで達していた。 これに1線加えればこの地域まで達するので、拡張は… 続きを読む
c久慈・九戸郡 28 5月 1955 大野村の開拓農場でラジオ東京が取材(昭和30年5月28日) 昭和30年6月1日のデーリー東北より。 5月28日、ラジオ東京の録音班3名が、岩手県開拓課員の案内で、この辺大野村弥栄の八種開拓農場を訪問し、現場を録音した。 取材テーマは「開拓地の共同組織はなぜ潰れたか」と言うものであり、昭和22年から25年頃まで、当時九戸地方に見られなかった共同組織による機械化… 続きを読む
c久慈・九戸郡 10 1月 1955 三陸縦貫鉄道と北上山系横断鉄道に国鉄の調査隊 「日本のチベット」と呼ばれていた岩手県の内陸北部に鉄道を通そうという計画は、実にこの頃からあった。 昭和30年1月10日読売新聞より そこで、国鉄は調査隊を派遣して基礎調査を行うことになった。 区間は宮古〜小本〜久慈の「三陸縦貫鉄道」と、沼宮内〜岩泉〜小本の「北上山系横断鉄道」。 この時点では、いず… 続きを読む
b二戸・二戸郡 28 6月 1952 一戸〜伊保内の県北バス試乗記(昭和27年6月28日) 昭和27年7月1日の岩手新聞より。 県北バスの一戸〜伊保内線は6月29日に開業したようだが、それに先立つ6月28日、試乗会が行われた。 その記録。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 2月 1951 九戸郡の寒村から給費生を久慈高校に送って岩大の教育学部に!(S26.2.6岩手新報) 昭和26年2月6日付の岩手新報を広げると、戦後の混乱から立ち上がり、未来を切り拓こうとする人々の力強い息吹が伝わってきます。 Screenshot この日の紙面で最も大きな注目を集めたのは、九戸郡が打ち出した無資格教員の一掃という教育改革の断行でした。当時の地方では、正規の免許を持つ教員が圧倒的に不… 続きを読む
c久慈・九戸郡 1 10月 1950 国鉄バス久慈自動車営業所の新ダイヤ(昭和25年10月1日) 昭和25年9月28日の岩手日報より。 国鉄バス久慈自動車営業所では10月1日からの新ダイヤを発表した。 沼宮内東線 上り 久慈発 7:00、9;30、11:30、16:30 下り 陸中山形発 6:30、9:00、13:00、17:10 軽米線 上り 久慈発 7:05、9:30、12:30、16:15… 続きを読む
b二戸・二戸郡 4 2月 1950 県北で激甚な吹雪の被害(昭和25年2月4日) 昭和25年2月4日の新岩手日報より。 1月31日の猛吹雪により、県北では激甚な被害が発生した。 特に学校や開拓農家では、被害が大きかったようだ。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 7 11月 1949 九戸郡の奥地にも電灯が(昭和24年11月7日) 昭和24年11月7日の岩手新報より。 九戸郡山根村や山形村小国では、それまで電気が通っていなかったが、農林省から補助金が下りることが決まり、「無点灯部落」を脱することができるのだという。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 5 11月 1949 岩手新報八戸支社・久慈支局開設を祝う広告(昭和24年11月5日) 昭和24年11月5日の岩手新報より。 岩手新報では、八戸や久慈に支社や支局を開設したようで、それを祝う広告が各界から寄せられた。 警察署までの公共機関からも報告が寄せられているが、このような時、広告料は税金から出たのだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 11月 1949 葛巻町で産業祭(昭和24年11月3日) 昭和24年11月3日の岩手新報より。 葛巻町では、秋の収穫を祝って11月1日から3日まで葛巻小学校で産業祭が開催され、雨の中を多くの人出で賑わったと言う。 ところで、葛巻町と言うのは馬淵川の源流域にあるので、二戸や一戸と同じ二戸郡にありそうなものであるが、実は、久慈や野田から塩を運ぶ野田街道の宿場町… 続きを読む
c久慈・九戸郡 5 5月 1949 久慈でヤギの四つ子、川井で月の輪のないクマ(昭和24年5月5日) 昭和24年5月5日の新岩手日報より。 こどもの日を記念して、動物ネタを2つ。 1つは、久慈にヤギの四つ子が生まれたと言うこと。 もう一つは、川井村門馬まで月の輪のないツキノワグマがいたと言うこと。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 3 7月 1947 九戸郡晴山村で何もかも思い通りに行かない男が爆発して弟嫁殺し(S22.7.3) 昭和22年7月3日早朝、岩手県九戸郡晴山村(現在の軽米町晴山)で、家族内の縁談問題を巡るトラブルが発端となり、殺傷事件が発生した。当時36歳の男性は幼少期から「愚鈍」(知的能力が低いとされる)と評され、戦時中に北支(中国北部)で従軍し、復員後は実家で農業を営んでいた。戦死した弟の妻(弟嫁)が同居して… 続きを読む
c久慈・九戸郡 28 5月 1947 九戸郡中野村の義妹殺し(S22.5.28) 昭和22年5月28日、岩手県九戸郡中野村(現洋野町種市)で、弱視の23歳の女性が家を無断で出たまま行方不明となりました。前日の5月27日、被害者が外出していた様子が目撃されており、普段ほとんど外に出ない彼女の行動を不審に思われていました。家族や村人たちが捜索を行う中、5月31日、近隣の雑木林(八木山… 続きを読む
c久慈・九戸郡 9 4月 1947 第1回統一地方選挙:27歳の村長が誕生したり、短刀で立候補を辞退させたり 自治体の首長を初めて選挙で選ぶことになった第1回統一地方選挙では。岩手県知事に「農民知事」国分謙吉氏が選出されたことで知られているが、町村長の選挙の方はなかなかカオスである。 昭和22年4月9日の岩手日報の記事を見てみると・・・ 下閉伊郡崎山村 下閉伊郡崎山村(現在の宮古市崎山)では、27歳の町長が… 続きを読む
c久慈・九戸郡 21 4月 1935 種市で少年店員が主家を一家鏖殺(S10.4.21) 昭和10年4月21日、岩手県九戸郡種市村(現在の洋野町種市地区)で一家三人が惨殺される事件が発生しました。犯人はこの家に住み込みで働いていた17歳の少年で、事件の動機には姉への感謝と思い込み、さらに読んでいた大衆文芸作品『鳴門秘帖』の影響が関わっていました。 少年は貧しい家庭に生まれ、姉(当時26歳… 続きを読む
c久慈・九戸郡 3 11月 1934 発狂した父を家族全員で殺す(S9.11.3) 昭和9年11月13日、岩手県九戸郡久慈町(現久慈市)で、精神病を患い凶暴化した夫に対する家庭内の不安と生活苦に悩んだ妻が、長男と次男と共謀して夫を毒殺する事件が発生しました。事件の発端は、地元医師が死体に疑問を抱き警察に通報したことでした。 亡くなった夫は8月ごろから精神異常を発症し、家族への暴力や… 続きを読む
c久慈・九戸郡 3 3月 1933 三陸大津波 昭和8年3月3日午前2時30分、釜石市東方200kmの海上でマグニチュード8.1の地震が発生。 正直、これ以上のことは写真も含めてWikipediaを見ればすべて分かるので、そちらをご覧ありたい。 ここでは、この地震と大津波が岩手県内でどのように報じられたかということについてのみ触れておくことにする… 続きを読む
c久慈・九戸郡 1 11月 1932 各地の不況匡救事業(S7.11.1岩手日報) 昭和7年11月1日の岩手日報を開くと、厳しい不況の中にあった当時の岩手が、地域産業や公共事業によって懸命に活路を見出そうとしていた姿が浮かび上がってきます。 この日の紙面で目を引くのは、東磐井地方における兎毛皮(うさぎけがわ)の買い上げに関する活況です。陸軍被服廠への供給を目的としたもので、この年、… 続きを読む
c久慈・九戸郡 31 8月 1931 市日の久慈で巡査がちょっと自動車を運転してみたら大惨事(昭和6年8月31日) 昭和六年八月三十一日──その日は久慈町の「市日」で、二十八日町は近郷近在からの買い物客でごった返していた。 そんな雑踏のさなか、突如として乗合自動車が群衆をなぎ倒す。 ナンバー「岩二九」のその車両は、軽米自動車組合のものであり、本来であれば軽米〜久慈間を運行しているはずのバスであった。 しかし、事件… 続きを読む
c久慈・九戸郡 27 3月 1930 八戸線が全通し久慈で開通式を盛大に挙行(S5.3.27岩手日報) 昭和5年3月27日の『岩手日報』は、前日に行われた八戸線・陸中八木〜久慈間の開通を大きく報じている。この区間の開業によって、八戸線はついに全通し、青森県の八戸と岩手県の久慈が鉄道で結ばれることとなった。記事では、開通までに実に10年を要したこと、総工費が500万円にも上ったこと、そして地域住民の強い… 続きを読む