i一関・西磐井郡 5 7月 1960 一関一高の放火事件で夜警団が増えた結果…(昭和35年7月5日) 昭和35年7月5日の岩手報知より。 この年の6月末、一関一高が放火で焼失した。 この時点では、犯人はまだ上がっていなかったので、一関市内の各町内会では夜警団を結成して警戒して歩くことになったのである。 そうすると、各町内の夜警団が、ヤアヤアと声を交わしている風景が頻繁となったのである。 そのたびに犬… 続きを読む
i一関・西磐井郡 2 7月 1960 一関の販売店「石油コンロで日活・東映映画ご招待!」(昭和35年7月2日) 昭和35年7月2日の岩手報知より。 一関市内のもコンロ販売店では、石油コンロで日活・東映の映画ご招待!という広告を出していた。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 3 3月 1960 新宮様ご誕生に県南の市町村も祝賀広告(昭和35年3月3日) 昭和35年3月3日の岩手日報より。 この年の2月23日に徳仁様が御誕生された。 これを祝福して、県南の市町村が岩手日報に広告を出したのである。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 11 1月 1960 花泉遺跡でまた象牙や貝類が出土(昭和35年1月11日) 昭和35年1月11日の岩手日報より。 花泉遺跡は、この時点ですでに「獣骨群の豊蔵地」として名が知られていたという。 花泉町が簡易水道拡張の為に水源地調査を行ったら地下3~5m付近から長さ10cmの象の牙を発見したという。 発見したところは、町民が鉱泉として湯治に利用する「湯の尻」という地区であったと… 続きを読む
i一関・西磐井郡 11 4月 1959 一関市は皇太子殿下のご成婚に何の祝賀行事もしないとは(昭和34年4月11日) 昭和34年4月11日の岩手報知より。 前日、皇太子殿下のご成婚があり、全国挙げての祝賀ムードだった。 しかし、一関市は特段の祝賀行事は行わなかったようである。 岩手報知新聞はこのことに対し、以下のように憤りを隠さない筆鋒で批判する。 ところで一関市の場合は慶祝的な行事は華道展位なものでその他は商魂た… 続きを読む
i一関・西磐井郡 10 4月 1959 皇太子殿下ご成婚にあやかろうと4月10日は一関八幡神社では結婚式が10組も(昭和34年4月10日) 昭和34年3月30日の岩手報知より。 この年の4月10日には皇太子殿下のご成婚が予定されており、全国的に結婚ブームとなっていた。 一関でもその例にもれなかったようで、市内の一関八幡神社ではこの日に結婚式を予定しているのが10組、山目配志和神社では7組も申し込みがあった。 市内のデパートでも「ミッチー… 続きを読む
i一関・西磐井郡 4 4月 1959 一関では最高気温17.6℃(昭和34年4月4日) 昭和34年4月4月の岩手報知より。 この日は一関の最高気温は十六度七分と今年の最高を示した・・・のだというが、この記事の見出しは「最高気温17度6分」で、一体全体17.6℃なのか16.7℃なのか判然としない。 また、盛岡地方気象台では4月3日15時に「異常乾燥注意報」を発表したようである。 ともかく… 続きを読む
i一関・西磐井郡 1 4月 1959 花泉駅の4月の収入目標は250万円(昭和34年4月1日) 昭和34年4月4日の岩手報知より。 東北本線花泉駅の旅客・貨物の4月の収入目標は250万円であるという。 その1日目にあたる4月1日は、73,000円であったという。旅客数は1,106人であったという。 4月は入学式、観桜会、修学旅行があり目標は楽に突破するであろうとみられていた。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 30 3月 1959 一関職安管内の北海道農夫出稼ぎ希望者は求人の半分以下の応募(昭和34年3月30日) 昭和34年3月30日の岩手報知より。 北海道季節農業労務者は一関公共職業安定所で150人の求人に対し、半分以下の70人しか集まらなかったという。 この70人は、4月2日と4日に北海道に向けて出発するという。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 30 3月 1959 一関映劇は昼は洋画専門館、夜は成人映画館(昭和34年3月30日) 昭和34年3月31日の岩手報知より。 この時期、一関映画劇場では「哀愁物語」「正午に銃殺の鐘が鳴る」の洋画二本立てで上映していた。 しかしそれは昼の話。 夜は、成人映画を二本立てで上映していたようである。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 30 3月 1959 一関保健所では不良ジュースをドシドシ押収(昭和34年3月30日) 昭和34年3月30日の岩手報知より。 春の行楽シーズンを控え、市内の商店にも多数の清涼飲料水が出回って来た。 一関保健所では、製造所・内容物・容器承認番号等を記載していない粗悪な清涼飲料水をドシドシ押収していった。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 30 3月 1959 集団就職の第4陣が一ノ関駅を出発(昭和34年3月30日) 昭和34年3月31日の岩手報知より。 中学校を卒業して集団就職する若者の第4陣が、3月30日19時51分、臨時列車で一ノ関駅を出発した。 人数としては、一関職安管内で230名余り、水沢・千厩職安管内も合わせると600名余りとなったという。 これに先立って、14時から就職者を一関小学校の講堂に集め、菅… 続きを読む
i一関・西磐井郡 28 3月 1959 一関の夜間私立高校・関城工業高校が二次募集(昭和34年3月28日) 昭和34年3月28日の岩手報知より。 一関の私立夜間高校である関城工業高校が二次募集をかけている。 経営母体は一関学院なので、後年の一関商工高校、令和4年現在の一関学院高校となる。 同じ経営母体の一関商業高校と合併して「一関商工高校」となるのは昭和38年のこと。 この時点で、公立の一関工業高校は開校… 続きを読む
i一関・西磐井郡 28 3月 1959 一関市内各映画館の封切映画案内(昭和34年3月28日) 昭和34年3月28日の岩手報知より。 一関市内の各映画館のプレイガイドを掲載している。 この時期は6館あったらしい。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 28 3月 1959 春の行楽シーズンに不定期急行「いわて」が運行します(昭和34年3月28日) 昭和34年3月28日の岩手報知より。 盛鉄局では、春の行楽シーズンである3月下旬~5月下旬に不定期急行の運転や客車の増結を行うという。 不定期急行「いわて」(上野~青森、常磐線経由)・・・・3/25~5/23まで運転。一ノ関への発着は下り青森行きが7:17着、7:26発。上り上野行きが11:22着、… 続きを読む
i一関・西磐井郡 25 3月 1959 一関を蠅や蚊のいない市にしよう(昭和34年3月25日) 昭和34年3月25日の岩手報知より。 一関市では、昭和34年度の一大事業として蠅や蚊のいない市のするため、各民区に衛生班の結成を奨励することになった。 衛生班を結成したら、以下のような活動を想定しているという。 清潔法の実施 衛生思想普及幻灯会・映画会の開催 衛生講演会の開催 生活改善・模範衛生地区… 続きを読む
i一関・西磐井郡 19 3月 1959 岩手県南バス一関営業所にエアサスペンションの新鋭バス(昭和34年3月19日) 昭和34年3月20日の岩手報知より。 岩手県南バスでは、最新型エアサスペンション(空気ばね)付きの新鋭バス11台を購入し、一関営業所に配車となった。 そして19日12時半から小中学校の児童生徒や観光協会関係者を招いて試乗会を行った。 「動揺が少なく、スピードが出れば出るほど乗り心地が満点であった」と… 続きを読む
i一関・西磐井郡 12 3月 1959 一関の飲食店「昔を思い出し2合入タンポでお安く飲まれます」(昭和34年3月12日) 昭和34年3月12日の岩手報知の広告欄より。 一関市内の飲食店で広告を出している。 いわく「昔を思い出し二合入タンポに御通し付で安くのまれます」 酒タンポとは? 二重構造となった金属製のコップで、外側のコップにお湯を入れることで手軽に熱燗が楽しめるというもののようである。 また、女中さ… 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 1月 1959 一関日活では「紅の翼」「悲しみよこんにちは」を公開!(昭和34年1月15日) 昭和34年1月15日の岩手報知より。 一関日活では「紅の翼」と「悲しみよこんにちは」を公開する。 「紅の翼」は昭和33年12月28日公開で、こちらはほぼタイムラグなく初封切となっている。主演は石原裕次郎。 盛岡日活では1月4日からの公開だった。 「悲しみよこんにちは」(原題:Bonjour Tris… 続きを読む
i一関・西磐井郡 9 1月 1959 一関日活では「都会の怒号」「赤いランプの終列車」「アリババの復讐」を上映(昭和34年1月9日) 昭和34年1月12日の岩手報知より。 一関日活で「都会の怒号」「赤いランプの終列車」「アリババの復讐」を上映する。 「都会の怒号」は昭和33年11月26日の日活映画で出演は水島道太郎・筑波久子など。 「赤いランプの終列車」は昭和33年11月28日の日活映画で、春日八郎が列車の車掌となり乗客役に白木マ… 続きを読む
i一関・西磐井郡 9 1月 1959 一関・有楽座では「おトラさん大繁盛」「暗黒街の顔役」「侠艶小判鮫」を公開!(昭和34年1月9日) 昭和34年1月12日の岩手報知より。 一関の有楽座では「おトラさん大繁盛」「暗黒街の顔役」「侠艶小判鮫」を上映する。 「おトラさん大繁盛」は昭和33年12月20日初公開の東宝映画で主演は柳家金語楼。 「暗黒街の顔役」は昭和34年1月15日初公開の東宝映画で出演は鶴田浩二・宝田明・三船敏郎など。 「侠… 続きを読む
i一関・西磐井郡 4 1月 1959 一関・有楽座では新東宝のスターを招いて新春ショー(昭和34年1月4日) 昭和34年元旦の岩手報知より。 一関の有楽座では、新東宝のスター3名を招いて新春ショーを「実演」するという。 来るスターと、その時点での出演歴は以下3名。 明智十三郎(32)・・・「明治天皇と日露大戦争」「天狗四天王の逆襲」に出演 池内淳子(25)・・・昭和30年の「二郎物語」で注目され、翌年の『新… 続きを読む
i一関・西磐井郡 5 12月 1958 一関・カンブン商店のお惣菜(S33.12.5岩手報知) 一関のカンブン商店の広告。 この頃のお惣菜は10円程度。 現在はスーパーマーケット「神文ストア」として両磐を中心に盛業中。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 7 11月 1958 気仙沼で日活映画「港で生まれた男」ロケ見学抽選会(S33.11.7岩手報知) 安井昌二と南風夕子が主演で日活映画「港で生まれた男」を気仙沼でロケをするという。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 5 11月 1958 就職するのか高校に行くのかどっちかにして(S33.11.5岩手報知) 昭和33年当時は高校進学率も低く、中卒者の労働市場があった。 ところが、高校に行くことになったので内定を蹴るとかもあったようで、職安も雇用主も頭の痛い問題だったようだ。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 4 11月 1958 昼は映画館、夜は・・・(S33.11.4岩手報知) 当時の一関市内は映画館が6館あって映画全盛期。 昼は映画館でも、夜は成人向け営業しているところが多かったようだ。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 3 11月 1958 一関日活「映画『港で生まれた男』の気仙沼ロケに御招待!」(S33.11.3岩手報知) 神戸一郎のヒット曲「港で生まれた男」を映画化するというので気仙沼ロケを行うということで、地元の一関日活と岩手報知新聞がロケにご招待。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 2 11月 1958 一関税務署管内の酒造業は上半期500石の生産増(昭和33年11月2日) 昭和33年11月2日の岩手報知より。 一関税務署管内の酒造業は、昭和33年上半期は500石の増であったという。 まだ尺貫法の時代。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 2 11月 1958 水沢競馬の一関市主催分の純益は87万円(昭和33年11月2日) 昭和33年11月2日の岩手報知より。 水沢競馬は一関市営でもやっていたようで、その純益は87万円であったという。 … 続きを読む