備考※3a-1

(4コマ漫画)街に馬が当然のようにいた時代(昭和27年9月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

(4コマ漫画)街に馬が当然のようにいた時代(昭和27年9月13日)

昭和27年9月13日の岩手日報より。 この当時、「ポッポちゃん」と言う4コマ漫画は連載されていたようであるが、まずは女子同士のファッションチェックである。 友達の「クジャクさん」は、パリスタイルで帽子をかぶっていると言う。 そしたら、向こうから馬がやってきた。 馬も帽子をかぶっているので「パリスタイ…
東北・北海道中小企業工芸振興展 a盛岡・岩手郡・紫波郡

東北・北海道中小企業工芸振興展

1952年9月8日の岩手日報より。 北海道・東北・新潟の産業工芸品を一堂に集めて東北・北海道中小企業工芸振興展が、10日~16日まで県立美術工芸学校と県商工館で開かれるという。 戦後に岩手県内で開催された展示会としては最大のものになるということで、5000点の出品数でにぎわうこととなった。 この時点…
わが町 わが村「平泉町」 i一関・西磐井郡

わが町 わが村「平泉町」

昭和27年9月5日の岩手日報より。 「わが町 わが村 戦後版」というシリーズ物の記事で、この日は平泉町。 昔も今も、もちろん令和でも岩手県で観光地といえば平泉・中尊寺となる。 しかし、戦中の修学旅行が禁じられていた時期は、ペンペン草が生え金色堂から雨漏りがする有様であったという。 それが戦後の復興と…
モダーンな遠野郵便局が落成 e釜石・遠野・上閉伊郡

モダーンな遠野郵便局が落成

昭和27年9月4日の岩手日報より。 遠野郵便局庁舎は13日に落成式を上げ、15日から執務を開始する予定であるという。 記事原文ママで書くと「遠野町にはないきれいな建物」であり、ストーブなどの過熱により一定以上の温度に達すると電気仕掛けで自動的にベルが鳴る仕組みであるという。  …
釜石立ち寄りの貨客船にアメリカの旅行団 e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石立ち寄りの貨客船にアメリカの旅行団

昭和27年9月4日の岩手日報より。 2日朝に釜石に入港した「マーチン・ベェクス」(5484トン)からアメリカの12人の観光団が上陸、旧盆で賑わう釜石市内を観光した。 この船は、サンフランシスコを出帆しマグネシアクリンカー1000トンを荷揚げし、横浜に立ち寄ったのちにシンガポールへ行くという。 日本最…
胆沢川や猿ヶ石川に雨量計を設置 a盛岡・岩手郡・紫波郡

胆沢川や猿ヶ石川に雨量計を設置

昭和27年9月3日の岩手日報より。 盛岡測候所では洪水予報の完璧を期すために、胆沢川と猿ヶ石川の流域に長期自記雨量計を設置するという。 これは、3年計画でどこに雨量計を設置すれば効果的な防災情報が出せるのかを調べるためのもの。 10か所への据え付けを予定しているという。 このことで平地や山岳部での降…
あまりに雑すぎる広告地図(昭和27年9月3日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

あまりに雑すぎる広告地図(昭和27年9月3日)

昭和27年9月3日の岩手日報の広告欄より。 盛岡市内の洋品店の広告のようだが、余りに地図が雑すぎて最初どこだか分からなかった。 特に盛岡駅との位置関係。 盛岡郵便局(現在のブラザおでっての位置)がなければ分からなかったのではないだろうか。 盛岡駅前の、開運橋の通りをまっすぐ行けば... まず七十七銀…
秘湯・須川温泉に自動車道路が開通!(ただし秋田県側から…)(昭和27年9月2日) i一関・西磐井郡

秘湯・須川温泉に自動車道路が開通!(ただし秋田県側から…)(昭和27年9月2日)

新聞記事の表現を借りると「海抜五千尺」の秘境・須川温泉に自動車道路が開通し、昭和27年9月2日に初のトラックが須川温泉に到着した。 須川温泉は一応、岩手県西磐井郡厳美村(現:一関市)にあるのだが、今回開通した道路は秋田県の十文字からつながるもので、岩手県側からは相変わらず5里(20km)の山道を汗だ…
盛岡・四ツ家教会で和装のカトリック式結婚式(昭和27年5月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・四ツ家教会で和装のカトリック式結婚式(昭和27年5月16日)

昭和27年5月17日の岩手新聞より。 盛岡市日影門外小路(現在の盛岡中央郵便局の通り)の四ツ家教会で和装ながらカトリック式の結婚式。 記事では「牧師は厳かに式を進める」と書いているが、牧師とはプロテスタントの表現で、ここでは「神父」となるはず。 四ツ家教会は令和4年現在でもカトリック教会として現存す…
岩泉町の町制施行30周年広告(昭和27年5月6日) d宮古・下閉伊郡

岩泉町の町制施行30周年広告(昭和27年5月6日)

昭和27年5月6日の岩手新聞より。 岩泉町は、この年町制30周年を迎えたと言う。 上では、町内の各事業所が名刺広告を出している。 まだ国鉄岩泉線が開業していなかった頃なので、岩泉への足は国鉄バスであり、国鉄バス岩泉営業所が広告を出している。 また、県北バスの本社があった頃で、岩泉町内に路線がないにも…
ルチン服用の心得(昭和27年5月3日) l全県

ルチン服用の心得(昭和27年5月3日)

昭和27年5月3日の岩手新聞より。 広告欄には、複合ルチンの広告が出ており、「ルチン服用の心得」というのが出ている。 今では、日本そばによく含まれていると言われているが、ルチンというのは一体どのような効能をもたらすのか。 それは、脳溢血の薬だったようである。…
魚を食べると蕁麻疹になる!?(昭和27年5月3日) l全県

魚を食べると蕁麻疹になる!?(昭和27年5月3日)

昭和27年5月3日の岩手新聞より。 広告欄には、レスタミンコーワの広告がある。 当時は、「蕁麻疹になるから魚を食べない」と言う人がいたようである。 今では、このような言説はあまり聞かないような気もするが、これは当時の魚の鮮度の問題だったのだろうか。  …
講和条約が発効し盛岡のY小学校でも騎馬合戦(昭和27年5月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

講和条約が発効し盛岡のY小学校でも騎馬合戦(昭和27年5月1日)

昭和27年5月1日の岩手新聞より。 この年の4月28日、サンフラなシスコ講和条約が発効し、日本は国家主権を回復した。 そのおかげで、これまでGHQに「軍国主義につながる」と禁じられていた柔道や剣道などが解禁されることになった。 それで、盛岡のY小学校では騎馬合戦が繰り広げられることになったという。 …
休刊していた岩手新報が「岩手新聞」として復刊(昭和27年5月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

休刊していた岩手新報が「岩手新聞」として復刊(昭和27年5月1日)

昭和27年5月1日の岩手新聞より。 …というか岩手新聞? それはどこの新聞? …と思うところであるが、岩手新報と同じマイクロフィルムのリールに入っていたので、これが4月1日に休刊した岩手新報の後継となるのだろう。 しかし、下の広告には「岩手新報からの復刊」というよりは、全く新しい「創刊」というニュア…