a政治・軍事

日本一の消防村・矢巾村では女子消防団員もハシゴ乗りをこなす(昭和39年11月30日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

日本一の消防村・矢巾村では女子消防団員もハシゴ乗りをこなす(昭和39年11月30日)

昭和30年11月30日の岩手日報より。 「岩手の消防を点検する」というシリーズ物の記事では、岩手県の消防力の後進性を嘆いている。 矢巾村では、この記事の書きぶりをそのまま借りると「農村古来の道徳観にマッチして若い団員たちにも全体主義的な考え方が強い。当世ふうのあまりにも開放的な若者たちにけんおを感ず…
宮古海上保安署は新庁舎建築中(昭和39年6月2日) d宮古・下閉伊郡

宮古海上保安署は新庁舎建築中(昭和39年6月2日)

昭和39年6月2日の岩手東海新聞より。 宮古海上保安署は、それまで宮古海運局の2階を間借りをしていたものであるが、海事振興会が中心となって、宮古・下閉伊地区の船主や漁協に協力を求めて、全額地元負担で新しい庁舎を建設することになったのである。 それで、宮古市鍬ヶ崎の県有地をに、総工費250万円、木造モ…
松尾鉱山の新しい住居表示(昭和39年3月20日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

松尾鉱山の新しい住居表示(昭和39年3月20日)

岩手郡松尾村でも昭和39年4月1日から「住居表示に関する法律」(昭和37年5月10日法律第119号)に基づいた住居表示を行うようになるということで、村の広報まつお昭和39年3月20日号で広く周知することに。 この広報自体は「松尾鉱山資料館」で売っていたような気がする。    …
選挙続きで一関の料飲店は閑古鳥(昭和38年11月15日) i一関・西磐井郡

選挙続きで一関の料飲店は閑古鳥(昭和38年11月15日)

昭和38年11月15日の岩手報知より。 一関市内では、選挙が続いており、忘年会シーズンであるにもかかわらず、予約はほとんど皆無に等しいと言う状況であった。 多くの選挙違反は、飲食店の中で行われると言うことで、痛くもない腹を探られるたいと言うことだったのだろう。  …
県道127号?米里-小友線の改修を県に陳情(昭和38年9月10日) h水沢・江刺・胆沢郡

県道127号?米里-小友線の改修を県に陳情(昭和38年9月10日)

昭和38年9月12日の岩手民声新聞より。 江刺市米里と遠野市小友を結ぶ県道127号米里-小友線は、岩手県南と沿岸を結ぶ重要な道路であった。 そこで、水沢・江刺・遠野・釜石の4市長の署名を持って、江刺市役所の関係者が盛岡に出て県庁に改修のための陳情書を手渡したのである。 ただし、どのように改修の必要な…
一関に「1日自治省」を(昭和38年9月10日) i一関・西磐井郡

一関に「1日自治省」を(昭和38年9月10日)

昭和38年9月10日の岩手報知より。 この時、代議士である志賀健次郎が一関に帰省していた。 これを機に、一関志賀会では、一関に「1日自治省」の開設を計画していた。 これは、一関に早川自治大臣を招いて「1日自治省」を開き、ものによっては早川自治大臣の決裁をその場でとって、即決の行政を成功させようと言う…
代議士は挨拶が大切(昭和38年9月9日) i一関・西磐井郡

代議士は挨拶が大切(昭和38年9月9日)

昭和38年9月9日の岩手報知より。 広告欄には、地元選出の代議士・志賀健次郎が挨拶広告を出している。 第2次池田内閣では防衛庁長官を務めていた。 7月18日、池田内閣の内閣改造で防衛庁長官を退任し、その挨拶として9月から10月まで、一関市内にいることにしたのだという。  …
一関市内の銭湯が入浴料を18円→24円に値上げさせてほしいと要望(昭和38年9月4日) i一関・西磐井郡

一関市内の銭湯が入浴料を18円→24円に値上げさせてほしいと要望(昭和38年9月4日)

昭和38年9月4日の岩手報知より。 一関市内の銭湯は、燃料費や人件費の高騰から入浴料を大人18円から24円に値上げさせてほしいと一関市に要望した。 それまでは、大人18円、中人14円、小人7円、洗髪10円であったが、経営が成り立たないので大人24円程度に値上げしてほしいというものであった。 値上げ問…
釜石の市議会選挙を前に(S38.7.1岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石の市議会選挙を前に(S38.7.1岩手東海新聞)

昭和38年7月1日発行の岩手東海新聞を紐解くと、そこには高度経済成長期の熱気に沸く釜石の生々しい人間模様が記録されています。この記事の主役は、当時の釜石の心臓部とも言える只越から港町にかけての界隈です。紙面を覆うのは市議選を目前に控えた異様な緊張感であり、記者はそれを争奪戦や戦いという言葉で表現して…
岩手県知事に千田正(S38.4.18岩手日報) l全県

岩手県知事に千田正(S38.4.18岩手日報)

【岩手現代史の転換点】昭和38年4月18日、激戦の知事選を振り返る こんにちは。今回は、約60年前の「岩手日報」の1面から、岩手の政治史に刻まれた伝説の一日を紐解いてみようと思います。 1. 「1万4,000票差」の衝撃!約70万票が投じられた激戦 昭和38年(1963年)4月18日のトップニュース…
岩手県知事選は全国に先駆けて記号式投票で(昭和38年4月3日) l全県

岩手県知事選は全国に先駆けて記号式投票で(昭和38年4月3日)

昭和38年4月3日の岩手日報より。 4月17日に予定されていた岩手県知事選挙は立候補の届け出が4月2日の午後5時で締め切られることとなり、候補者は2人となった。 この選挙は、希望色の投票で行われることになり、全国の知事選挙でははじめてのケースとなった。 これが成功すれば、将来的には国会議員選挙でも希…
渋滞が激しくなったので盛岡市内に「交通信号機」を設置します! a盛岡・岩手郡・紫波郡

渋滞が激しくなったので盛岡市内に「交通信号機」を設置します!

昭和38年3月29日の岩手日報より。 盛岡市内はとみに交通渋滞が激しくなってきた。 1日に開運橋付近では12,000台、中の橋付近では11,000台と、昭和33年の約2倍という状況であった。 盛岡警察署管内の自動車登録台数は約20,000台で昭和30年の5.3倍。 交通事故は592件と昭和30年の4…