h水沢・江刺・胆沢郡 3 11月 1941 水沢町に「斎藤実記念図書館」と「後藤新平記念公民館」が完成(昭和16年11月3日) 昭和16年11月2日の岩手日報より。 東京市長となった後藤新平や、総理大臣となった斎藤実を生み出した水沢町は「偉人の町」として戦前から売り出していた。 その「偉人の町」水沢に、11月3日の明治節の佳き日に「皋水記念図書館」と「後藤伯記念公民館」を開館することになった。 皋水とは斎藤実の号であり、設計… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 11月 1941 松屋デパートで冬物や毛糸の特配(S16.11.2新岩手日報) 広告欄より。 盛岡の松屋デパートでは、冬物や毛糸の特配があったという。 衣料品まで配給の時代。 … 続きを読む
j東磐井郡 1 11月 1941 千厩に「たばこ神社」(昭和16年11月1日) 昭和16年11月1日の岩手日報より。 葉タバコの産地として名高い東磐井地方では、紀元2600年を記念して「たばこ神社」を設立した。 そして水沢の駒形神社の宮司により、鎮座祭がおこなわれた。 現在でもなお、東磐井郡の観光スポットとして名前が上がっている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1941 国民学校の女教師も稲刈りに援軍(S16.11.1新岩手日報) まだ対米交渉に苦労していた時期。 資源も無くなっていき、国民生活も逼迫し始めていた時のこと。 国民学校の女教師は、加賀野の女子師範の農場で稲刈りに駆り出されることとなった。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 10月 1941 盛岡ではもっきり酒も公定価格(昭和16年10月31日) 昭和16年11月2日の岩手日報より。 盛岡では居酒屋のもっきり酒の適正配給を図るために「第二盛岡飲食店組合」が結成され、10月31日の夜に結成総会が開かれた。 盛岡警察署長と盛岡税務署長が顧問となった。 そしてもっきり酒の公定価格を以下のように定めた。 1合 上等 25銭 1合 並等 22銭 &nb… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 8月 1940 ニッサンバス・トラックは振興自動車で!(S15.8.1新岩手日報) 広告欄より。 ニッサンバス・トラックは盛岡市仁王菜園に振興自動車で、と。 現在の仁王小学校から本町通や中央通すら越えた菜園のあたりも戦前は「仁王」だったらしい。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 8月 1940 岩手医専附属病院の陣容(昭和15年8月1日) 昭和15年8月1日の新岩手日報より。 岩手医学専門学校(後年の岩手医科大学)の附属病院の陣容は以下の通りとなっていた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 1月 1940 ニッサンバス・トラックは仁王菜園の振興自動車で!(昭和15年1月31日) 昭和15年1月31日の新岩手日報の広告欄より。 日産トラックの広告が掲載されているが、販売店の住所が「盛岡市仁王菜園」と書いてある。 菜園と言えば、この記事を書いている令和4年現在の川徳デパートの所であるのはいいとして、「仁王」なのか。 「仁王」と言えば、仁王小学校がある本町や上盛岡駅周辺の、中央通… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 19 1月 1940 釜石港ではイワシが豊漁(昭和15年1月19日) 昭和15年1月19日の岩手日報より。 釜石港では近年にないイワシの豊漁であり、須賀埋立地派イワシの山でトラックが轢きつぶすような状況であったという。 ちなみに記事中では一貫してイワシは「鰮」と表記している。 魚油は35,000缶と前年の9,500缶に比べて4倍近くなり、肥料に使う〆粕も前年の5割増し… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11 8月 1939 盛岡・城南小学校で日独伊親善図書展覧会(昭和14年8月11日) 昭和14年8月11日の岩手日報の広告欄より。 盛岡市立城南小学校で「日独伊親善図書展覧会」を行うという。 公演しているのは外務省・文部省・陸軍省・海軍省・ドイツ大使館・イタリア大使館。 完全に国策行事であった。 時代相としては、ベルリンで日独伊三国同盟が調印される前年となる。 しかし昭和12年の時点… 続きを読む
m県外・参考 9 8月 1939 鉄道省「不要不急の旅行は止めましょう!…でも健康の為に徒歩旅行はしましょう」(昭和14年8月9日) 昭和14年8月11日の岩手日報より。 かねて、鉄道省では「不要不急の旅行は止めましょう!」と呼び掛けてきた。 それは、軍需輸送の為に貨物を優先するためである。 ・・・が、運動をしないことで青年たちの健康に差し障っている事も問題とされていたようである。 それで、「青年徒歩旅行コース」として全国に30か… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 7月 1939 自称坊主が自費出版「生きる力」を刑務所官舎で押し売りして御用(昭和14年7月18日) 昭和14年7月19日の岩手日報より。 7月18日の午前中、盛岡少年刑務所の官舎で、ヘルメットに法衣姿の自称坊主が、「生きる力」という自費出版を押し売りして歩き、官舎の主婦たちはそれぞれの旦那である所の刑務所看守に連絡してすぐに御用になったという。 この自称坊主は高知県幡多郡出身の男で、盛岡少年刑務所… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 7月 1939 北福岡~荒屋新町、沼宮内~葛巻の省営バス設備工事を仙鉄局長が視察(昭和14年7月18日) 昭和14年7月19日の岩手日報より。 仙台鉄道局長と自動車課長は、7月18日午後に盛岡駅に到着し、建設中の省営バス(国鉄バス)の設備を視察する。 予定としては19日に沼宮内~葛巻間、21日に北福岡~荒屋新町間。 道路工事は県が行っており、自動車駅や車庫の工事は盛岡保線区で行っており、11月4日の竣工… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 7月 1939 松屋デパートで日本人形講習会(S14.7.1岩手日報) 盛岡・松屋デパートで7月5〜7日に、日本人形講習会を行うという。 愛国婦人会も後援として参加していた。 … 続きを読む
l全県 1 7月 1939 警察「ガソリンの統制破りしやがって!配給は無しだ!」→製糸会社「春繭の集荷シーズンに御無体な…」 昭和14年7月1日の岩手日報より。 岩手県内の県是製糸などがガソリン統制を破って16,000ガロンのガソリン密売事件をやらかした。 県是製糸側は「規制前に契約したものが規制後に到着しただけ。別に密売のつもりはなかった」と言うが、警察経済保安課は「同情する余地はない」と、ガソリン5,000ガロンの特配… 続きを読む
j東磐井郡 1 7月 1939 千厩や気仙沼で跋扈していた山林詐欺を東京で逮捕(S14.7.1新岩手日報) この当時、千厩や気仙沼の方では、山林詐欺が横行していたようだ。 それは、青森出身の男で、「資金不足が生じたから一時貸してくれ」などとうまいことを言って、金を巻き上げていたようであるが、東京で逮捕されたのだという。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 7月 1939 けふ閉伊川の鮎漁解禁!(S14.7.1新岩手日報) 閉伊川の鮎漁は、東京方面でも知られていたと言う。 その鮎漁が解禁されると言うことで、小さくではあるが報じられていた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 7月 1939 川徳も松屋も夏物大売り出し(S14.7.1新岩手日報) この時期、まだ夏は始まったばっかりであり、川徳と松屋の二大百貨店も夏物大売り出しで忙しかったようである。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 7月 1939 盛岡から東京までの130里を自転車で踏破しよう(S14.7.1新岩手日報) 盛岡から東京までの130里を自転車で踏破して、明治天皇の東北巡幸の足跡をたどるという気宇壮大なツアーが開催されるという。 7月18日に三日間かけて東京に到着して、帰りは2日で済ませているようだが、これは列車か何かで帰ると言うことをだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 12月 1938 岩手郡寺田村の強盗傷人事件(S13.12.20) 昭和13年、岩手県岩手郡寺田村第四地割に住む当時22歳の青年は、貧農の次男として大正10年頃に生まれた。彼は両親のもとで尋常小学校を卒業後、製炭夫や日雇い労働者として働いていた。昭和11年11月、親戚から兄と共に融資を受け木炭製造を始めたが、翌年5月に兄が日中戦争で応召し出征。青年は一人で木炭製造を… 続きを読む
l全県 7 8月 1938 「シャープ」ブランドは戦前からあった 半濁点売却騒ぎなどでTwitterでは勇名を馳せるあの「シャープ」であるが・・・ https://twitter.com/SHARP_JP/status/649795452095754240 じつは戦前から「シャープ」ブランドはあった模様。 昭和13年8月7日、NHKラジオ盛岡放送局の開局を祝う新岩… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 12 5月 1938 花巻の少年店員殺し(S13.5.12) 昭和13年5月12日夜、岩手県稗貫郡花巻町(現・花巻市)字上町の食料品店「明治屋」に奇妙な電話がかかってきた。電話の主は「花巻駅前の公衆電話からかけている」と名乗り、生菓子を一円分届けてほしいと依頼。さらに「工藤医院に届けてほしい」と指定し、十円札で支払うから九円の釣銭を持ってくるよう求めた。明治屋… 続きを読む
l全県 28 4月 1938 南部鉄瓶は不要不急!軍需工業に転換せよ!(S13.4.28新岩手日報) 商工省は、不要普及の製品の製造を品目ごとに制限して、軍需工業に転換する方針にしたという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 20 4月 1938 岩谷堂~高田松原に定期バスを運行 昭和13年4月20日の岩手日報より。 胆江自動車では、5月1日から高田松原~岩谷堂に定期バスを走らせ、東海岸の観光客を大いに募ることにしたのだという。 時刻は以下の通り。 岩谷堂7:30 → 高田松原 10:30 高田松原 15:00 → 岩谷堂 18:00 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 4月 1938 戦前期の松屋デパートのフロア構成? 昭和13年4月20日の岩手日報の広告より。 「戦捷お花見大売出し」という松屋デパートの広告なのだが、この時期だと戦時協力色を打ち出さないと娯楽も商売もやりにくかったのだろうか。 また、松屋デパートの各階の案内?と思われる意匠となっている。 地下ではモロゾフのチョコレートなんて売ってたんだね。 &nb… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 3月 1938 江刺郡稲瀬村に「精農塾」 昭和13年3月5n日の岩手日報より。 江刺郡稲瀬村に、この年度の経済厚生助成事業として、稲瀬小学校の隣に「精農塾」を設置することとした。 これは、青年修養施設として、青年団員や青年学校生徒を合宿させ、農民精神の高揚や村有地の開墾事業を行わせるというもの。 精農塾には、農具はもとより荷車、農薬といった… 続きを読む
l全県 5 3月 1938 「国策に順応して誕生した日本の自動車ニッサン」! 昭和13年3月5日の岩手日報の広告欄より。 「国産に順応して誕生した日本の自動車ニッサン」と大々的に広告を打っている。 この時は日中戦争期、「国策に順応している」ことが充分に惹句になりうる時代に突入していた。 … 続きを読む