e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1966 大槌駅前の舗装で「駅前田んぼ」が解消(昭和41年7月1日) 昭和41年7月1日の岩手東海新聞より。 この当時の大槌町の古館町長は「道路町長」と呼ばれ、町内のほとんどの道路を舗装することに力を入れていた。 山田線の大槌駅前の道路もまた、雨が降れば「駅前田んぼ」として長靴に履き替えてあるかなければならないほどであったと言う。 このため、失業対策事業として、簡易舗… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 4月 1966 春の異動期で釜石駅は大混雑(昭和41年4月9日) 昭和41年4月9日の岩手東海新聞より。 春の異動シーズンで,釜石駅のホームは大賑わいとなっていた。 ホームのいたるところで「お世話になりました」「お元気で」と言う風景が見られた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 3月 1966 釜石製鉄所もマイカーブーム(昭和41年3月7日) 昭和41年3月7日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所にもマイカーブームが訪れていた。 それで、部署別のマイカー保有台数が新聞に出ていた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 3月 1966 釜石駅の移転反対運動(昭和41年3月3日) 昭和41年3月3日の岩手東海新聞より。 先日、釜石駅の移転計画が明るみに出ると、地元商店街などから反対運動が起こる気運となった。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 3月 1966 近く釜石で運転免許出張試験を行います!(昭和41年3月3日) 昭和41年3月3日の岩手東海新聞より。 釜石で運転免許出張試験を行うという。 これで、わざわざ一本木(滝沢村)に行かなくても免許が取れるわけだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 3月 1966 釜石でもマツダ純正部品が買えます(昭和41年3月2日) 昭和41年3月2日の岩手東海新聞より。 釜石のモーターサイクル店では自動車販売も始めたようで、マツダ車の純正部品も販売するという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 3月 1966 日通観光釜石支店「花巻空港から東京・伊豆・箱根旅行団!」(昭和41年3月2日) 昭和41年3月2日の岩手東海新聞より。 日通観光釜石支店と岩手東海新聞は合同で、東京・伊豆・箱根への旅行団を募集していた。 花巻空港はこの広告記事の2年前の昭和39年に開港している。 費用は総額で19,600円であった。 現在であれば、10万円以上の額になるだろうか。 岩手〜東京の移動… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 3月 1966 釜石駅を鳥ヶ沢に移転!?(昭和41年3月1日) 昭和41年3月1日の岩手東海新聞より。 釜石駅には移転問題があり、貨物駅と旅客駅を分離して旅客駅を鳥ヶ沢(釜石駅から山田線方面に行く最初のトンネルの辺り)に移転する計画もあった様だ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 3月 1966 釜石への観光客はマイカーが増える(昭和41年3月1日) 昭和41年3月1日の岩手東海新聞より。 昭和40年の釜石への観光客は637,000人だったようだ。 中でも、マイカーが増えていたのだと言う。… 続きを読む
g北上・和賀郡 3 2月 1966 横黒線に強力除雪機関車「DD14」が出動!(昭和41年2月2日) 昭和41年2月2~3日の岩手日報より。 県内有数の積雪地帯を走る横黒線では、この冬は記録的な豪雪に悩まされていた。 昭和40年12月~41年1月の間で、102本の列車が運休。 応援として盛鉄局管内の青森機関区や、秋鉄局に属する横手機関区からラッセル車を応援させていたほか、雪崩危険個所のヘリコプターに… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 1 2月 1966 羽田~花巻にYS11が就航し、八戸便と分離します!(昭和41年2月1日) 昭和41年1月14日の岩手日報より。 羽田~花巻は、これまで八戸便の途中寄港という形を取っていたが、利用客が増えたことにより2月1日から羽田~花巻と羽田~八戸を分離することに。 そして、花巻便の機材をコンベア240からYS11に変更し、八戸便の機材はコンベア240にするという。 ダイヤは以下の通り。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 2月 1966 県内の水産高校が共同利用する実習船「宮古丸」が宮古港に到着(昭和41年2月1日) 昭和41年2月2日の岩手日報より。 県内の水産高校が共同で利用する実習船「宮古丸」が室蘭港を出航し、宮古港に到着した。 宮古港では宮古水産高校のブラスバンド部など全校生徒や漁業関係者が盛大に出迎えた。 宮古丸は室蘭の楢崎造船で建造され、総トン数190トン、全長31m、幅6.6m、エンジン620馬力、… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 1月 1966 岩手プリンス自動車の中古車在庫情報(昭和41年1月12日) 昭和41年1月12日の岩手日報の広告欄より。 岩手プリンス自動車が中古車情報を掲載している。 グロリアやスカイラインといった自社のものだけではなく、トヨタ車まで扱っている。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 27 12月 1965 年末年始は釜石から上野まで座って行ける「第2陸中」で!(S40.12.27岩手東海新聞) 年末年始の規制シーズン、釜石駅では盛岡鉄道管理局に、上野から直通の臨時列車を運行するようお願いしていた。 それが「第2陸中」で、1等車1両、2等車4両の5両編成であったという。 また、釜石線・山田線は自動閉塞化が進んでいたという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 23 10月 1965 岩手トヨタ「パブリカ中古車コーナーお気軽にどうぞ!」(昭和40年10月23日) 昭和40年10月23日の岩手日報より。 岩手トヨタでは、パブリカの中古車広告を出している。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 10月 1965 葛巻町と岩泉町の間の国境峠(昭和40年10月18日) 昭和40年10月18日の岩手日報より。 「峠の秋」と言うシリーズ物記事の5回目。 岩手郡葛巻町と下閉伊郡岩泉町の境界にあるこの峠は、「国境峠」と呼ばれている。 読みは「くにさかい」で、盛岡市と下閉伊郡川井村の境界にある区界峠と全く同じ発音になってしまうと言う。 カーブの多い峠道で「破折注意」「標高六… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 10月 1965 盛岡で中古車展示即売会(昭和40年10月18日) 昭和40年10月18日の岩手日報より。 盛岡の仙北町駅前で中古車の展示即売会を行うという。 昭和33年型のオースチンは4万円だと。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 15 10月 1965 早坂峠の秋(昭和40年10月15日) 昭和40年10月15日の岩手日報より。 盛岡と岩泉を結ぶ早坂峠は、また、「日本のチベット」と言われていた。岩手県をそのまま体現したような地域であったようだ。 早坂峠は、また、「日本のチベット」と言われていた岩手県をそのまま体現したような地域であったようだ。 この地域の農家の主食は100%ヒエだったそ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 14 10月 1965 馬場検事総長が「くりこま1号」で来盛(昭和40年10月14日) 昭和40年10月15日の岩手日報より。 馬場義次検事総長が、東北5県の地方検察庁の視察のために、急行「くりこま1号」で盛岡に来た。 この馬場検事総長、昭和32年には売春汚職事件で検察内部の権力争いを繰り広げ、偽情報をつかませて読売の記者を自殺にまで追い込んだという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 13 10月 1965 運行終了した釜石の「社線」の機関車が1両保存されることに(昭和40年10月13日) 昭和40年10月13日の岩手日報より。 釜石鉱山から釜石製鉄所まで、鉄鉱石を運んできたいわゆる「社線」は、今年の3月28日に運行を終了した。 これまで熱心に撤去運動を進めてきたとは言え、釜石の発展に尽くしてきた事は確かで、機関車を保存することになった。 製鉄所側もこれを了承し、1台の機関車を、釜石市… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 13 10月 1965 厨川駅に西口出入口を(昭和40年10月13日) 昭和40年10月13日の岩手日報より。 盛岡駅の隣である厨川駅は、東側にしか駅舎はなく、西側に住む人は2キロ以上遠回りしなければいけなかった。 この年、都市化が進んで住宅や工場も増え、西口の需要は高まっていた。 その上、昭和45年には岩手国体も予定されており、県営陸上競技場が観武地区にできると言う時… 続きを読む
l全県 11 10月 1965 新型踏切で事故を防げ!(昭和40年10月11日) 昭和40年10月11日の岩手日報より。 車の増加により、踏切事故も増大していた。 そのことに国鉄は悩まされていた。 そこで、赤外線による障害物検知装置や重力式遮断機を開発し、各路線に付けることになった。 赤外線による障害物検知装置は、踏切の両側から赤外線を出してそれが阻害されたら警報を出して列車に異… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11 10月 1965 仙岩峠の秋(S40.10.11岩手日報) 盛岡と秋田を結ぶ仙岩峠は、まだトンネルも開通しておらず急峻な山道であった。 そんな秋の表情を報じている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 10月 1965 東北本線盛岡電化完成 昭和40年10月1日。 IBC「いわてアーカイブの旅」より。 https://www.youtube.com/watch?v=JF-ss8Wfd8E… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 7月 1965 岩手ホンダ販売釜石支店「オートバイの王様ドリーム450!」(S40.7.8岩手東海新聞) 広告欄より。 岩手ホンダ販売釜石支店が「オートバイの王様ドリーム450」と広告を出している。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1965 釜石タクシーは運転手募集(S40.7.2岩手東海新聞) 釜石タクシーでは運転手を募集していた。 月給29,000円で賞与は2回であったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1965 盛鉄局各駅に釜石みなとまつりのポスター(S40.7.2岩手東海新聞) 釜石みなとまつりのポスターを東北本線・釜石線・山田線の各駅の待合室にあって、宣伝にこれ努めていた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1965 釜石製鉄所構内で安全パレード(昭和40年7月1日) 昭和40年7月2日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所の構内では、雷雨の中を作業安全パレードが行われたようである。 どうも手前のマイクロバスは、県南バスから借りてきたような色にも思えるが、ナンバーが白なので自家用だろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1965 参院選は棄権しないで投票しましょう!(昭和40年7月1日) 昭和40年7月1日の岩手東海新聞より。 釜石県税事務所では、来る7月4日の参議院議員選挙に向け、釜石市内や大槌町内で、棄権しないで投票するよう呼びかける宣伝を行ったという。 … 続きを読む