a盛岡・岩手郡・紫波郡 22 4月 1956 交通安全足もと見れば(昭和31年4月22日) 昭和31年4月22日の岩手日報より。 交通安全に関する写真記事ではあるが、当時の盛岡の道路の様子がわかってもらえるだろう。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 21 4月 1956 川徳デパート「グンゼ春のフルファッション宣伝即売会」(S31.4.21岩手日報) 肴町にあった川徳デパートは昭和31年に建設されたが、この時は建設中で教育会館の隣あたりで借り営業を行っていたようだ。 また、花見のシーズンでもあり、花見商戦でも忙しかった。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 4月 1956 盛岡・川徳デパートでは金土日で衣料品特売!(昭和31年4月20日) 昭和31年4月20日の岩手日報より。 盛岡・肴町の川徳デパートでは金土日で衣料品を特売するもよう。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 4月 1956 ラジオ岩手は「春のIBC祭」(昭和31年4月20日) 昭和31年4月20日の岩手日報より。 ラジオ岩手では「春のIBC祭」を開催し、50万円が当たるクイズもするという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 4月 1956 盛岡・松屋デパートでは五月人形大売出し!服地大処分!(昭和31年4月20日) 昭和31年4月20日の岩手日報より。 盛岡の松屋デパートでは、五月人形を売り出して服地を処分するという。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 25 3月 1956 両磐地方では葉タバコの種まきが最盛期(昭和31年3月25日) 昭和31年3月25日の河北新報岩手版より。 葉タバコの産地である県南の一関・両磐地方では葉タバコの種まきの最盛期に入った。 増反計画が順調に進みまた品質改善の努力もあり、この地方だけですでに1700町歩、売り上げは7億円近くなっていたと言う。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 22 3月 1956 宮古の閉伊川河口は干潮時は船が横倒し(昭和31年3月22日) 昭和31年3月22日の河北新報岩手版より。 宮古市築地通りの閉伊川河口の漁船係留場は、閉伊川から流入する土砂のために、年々水深が浅くなり、干潮時になれば係留中の漁船が度々横倒しになると言う危険な状態となっていた。 この辺は、常に出漁前後の漁船数十隻が係留されている場所だった。 この付近は、昭和23年… 続きを読む
m県外・参考 22 3月 1956 NHK仙台放送局でテレビ放送開始!テレビを買いましょう(昭和31年3月22日) 昭和31年3月22日の河北新報岩手版より。 NHK仙台放送局でテレビ放送を開始したことにより、テレビの商戦が激しくなってきたようだ。 ただし、岩手県内でどれだけ視聴できたかは不明。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 17 3月 1956 金ヶ崎中学校の女教師「薪を盗んで隠すようなクソガキのいるクラスにはマイナス10度でもストーブを使わせません!(キリッ」 昭和31年3月17日の河北新報より。 胆沢郡金ヶ崎町の金ヶ崎中学校のあるクラスでは、2月6日に他のクラスからストーブ用の薪を盗んで天井裏に隠した事件が発生したのだという。 これに対し30歳の女教師は怒った。 「こんな悪い子たちにはどんなに寒くてもストーブは使わせません!寒いまま授業受けて!」 ところ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 17 3月 1956 花巻でもテレビが見れる! 昭和31年3月17日の河北新報より。 3月22日からNHK仙台放送局のテレビ放送が始まるのに際し、受像範囲外とされていた花巻市内でもテストをしたところ、はっきり見えたという。 では盛岡市内ではどうかというと、各ラジオ店で新型の受像機を置いたもののほとんどで見ることができず、県公会堂の塔のてっぺんにア… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 17 3月 1956 牡蠣むきで教科書代を稼ぐ漁村(昭和31年3月17日) 昭和31年3月17日の河北新報岩手版より。 宮古港から巡航船で30分のところにある宮越白浜部落は、75世帯、人口750名の小さな漁村である。 ここにある白浜小学校には、78名の児童が通っているが、漁業の不振から部落自体の経済自体がひどくなり、600円から1000円の教科書代すら捻出できない状況であっ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 16 3月 1956 各地で初午行事(昭和31年3月16日) 昭和31年3月17日河北新報岩手版より。 3月16日は、旧暦で初午にあたり、各地では火防祭などが行われた。 「初午」と言うのは、稲荷信仰に基づくものと言われ、豊作祈願をすることが多いと言う。 また、「初午が早い年は火事が多い」と言う俗信があるようで、消防団の出初め式や、火防祭を行うところもあると言う… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 12 2月 1956 宮古の公益質屋は残念な大繁盛(昭和31年2月12日) 昭和31年2月12日の河北新報岩手版より。 宮古市の公益質屋は、この時期、悲しいことに大繁盛していた。 お客様は、漁閑期に入った零細漁民や日雇い労働者であった。 また、秋のスルメ漁の不漁もこのことに輪をかけた。 質草は、服が多かったと言う。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 10 2月 1956 岩大附属小学校は狭き門 昭和31年度の岩手大学附属小学校の入学試験は、降りしきる雪の中を2月10日に行われた。 定員80名に対し、男子90名、女子75名で約2倍の競争率。 科目は知能検査、運動機能、音感など10科目であったという。 当の子供以上に、付き添っている親の方が心配であったようだ。 結果は、12日に通知されるとのこ… 続きを読む
m県外・参考 9 2月 1956 仙台・丸光で旧正月の大売出し(昭和31年2月9日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 いかに大都会仙台でも旧正月の方がお祝いだったようである。 当時の物価にも注目。 … 続きを読む
m県外・参考 9 2月 1956 仙台・長崎屋のカステラ(昭和31年2月9日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 岩手版ではあるのだが広告欄は仙台ばかり。 これは仙台市東三番丁の長崎屋のカステラ。 個人的に汽車絵が可愛いので、Twitterアイコンにすることにした。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 2月 1956 盛岡文化服装学園と久保学園高校が合同で針供養(昭和31年2月8日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 盛岡文化服装学院と久保学園高校は合同で「針供養」を行った。 会場となった盛岡文化服装学園の講堂では、祭壇が設けられ、和尚さんの読経で供養の儀式が行われた。 これが終わってから、音楽会を開催し楽しい1日を過ごしたと言う。 文化服装学園か久保高かわからないが、生… 続きを読む
m県外・参考 7 2月 1956 仙台三越では旧正月の大売り出し(昭和31年2月7日) 昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 岩手版とは言っても、河北新報なので広告欄は仙台のものとなっている。 仙台三越では、旧正月の大売り出しをやると言う。 旧正月が生活に根付いてるあたり、東北地方は同郷国であると言う印象が深い。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6 2月 1956 釜石駅前に観光案内所が完成(昭和31年2月6日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 釜石観光協会では、釜石駅前に観光案内所を公費20万円で建築し、6日から店開きした。 事務所は広さ3坪で、釜石市の名産品を陳列して販売したり、観光地や旅館や事業所等の案内のために、専任の案内ガールが2名常駐しているのだと言う。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 2月 1956 水沢で雪の芸術祭(昭和31年2月5日) 昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 水沢で恒例の雪の芸術祭は、荒天のために延期になっていたが、2月5日に開催されたという。 雪像のコンクールだったようで、この年1位になったのは南町子供会の「千秋楽」であったという。 2位は不断町の「機関車」、3位は大畑小路の「後藤寿庵像」、新小路の「金太郎のす… 続きを読む
g北上・和賀郡 5 2月 1956 和賀地方では近年にない豪雪でバスが走れず馬ソリ出動(昭和31年2月5日) 昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 それでなくとも湯田村や沢内村といった和賀郡西部は岩手県内で最も積雪のある地方であった。 ところがこの冬は、それに輪をかけた豪雪となり、湯田村川尻では5日現在で230cmと数十年ぶりの記録的な豪雪であったという。 これでは車は走れず、郵便配達人や警察官はスキー… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 1月 1956 盛岡日活で「江戸一寸の虫」「沙羅の花の峠」公開(昭和31年1月30日) 昭和31年1月29日の岩手日報より。 盛岡日活で「江戸一寸の虫」と「沙羅の花の峠」を公開する。 「江戸一寸の虫」は昭和30年10月25日公開で、三国連太郎や山形勲が出演。 「沙羅の花の峠」は昭和30年10月12日公開で、南田洋子や宍戸錠が出演。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 29 1月 1956 盛岡・内丸座で「白い橋」「子供の眼」封切(昭和31年1月29日) 昭和31年1月29日の岩手日報より。 盛岡の内丸座で松竹映画「白い橋」と「子供の眼」を封切するという。 いずれも東京での初公開は昭和31年1月15日。 「白い橋」は原作が石坂洋次郎で、佐田啓二や岸恵子の出演。 「子供の眼」は高峰秀子や高峰三枝子が出演。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 27 1月 1956 久慈映画案内(昭和31年1月27日) 昭和31年1月27日のデーリー東北より。 久慈市内には映画館が2館あったようで、その案内が掲載されている。 ちなみに、これが八戸だと、このくらい大きく扱ってくれる。… 続きを読む
g北上・和賀郡 27 1月 1956 横黒線にジョルダン式雪かき車が出動(昭和31年1月27日) 昭和31年1月29日の岩手日報より。 岩手県内でどこが最も雪が積もるかといえば、何といっても西和賀地方である。 その西和賀地方を走る北上線―――当時の呼び方であれば横黒線はこの年も除雪に苦労していた。 それで、横黒線にはラッセル車どころかより広幅のジョルダン式雪かき車が配属されていた。 この年は「例… 続きを読む
i一関・西磐井郡 22 1月 1956 一ノ関駅に停車中の列車の中から嬰児の死体(昭和31年1月22日) 昭和31年1月25日のデーリー東北より。 1月22日、23時55分ごろ、東北本線の一ノ関駅に停車中の上り146列車の車掌室の椅子の下から、男の赤ちゃんの死体が発見されたのである。 恐ろしい話ではあるが、なぜ一関の話が八戸のデーリー東北で報じられたのか? それは、生の証言より、古間木〜三戸の間で持ち込… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 22 1月 1956 水沢の横町は「大通り」に改称(昭和31年1月22日) 昭和31年1月25日の河北新報岩手版より。 水沢の商店街である横町(よこまち)は、「大通り」に名称変更することにした。 そしてネオンアーチ完成記念の大売り出しを、この1月22日から2月5日まで行うことにした。 そもそも改称した理由は「横町」が「よこちょう」と読まれ、商売上不利であったからだという。 … 続きを読む
m県外・参考 22 1月 1956 アメリカ中古服大特売会。ただし仙台で(昭和31年1月22日) 昭和31年1月22日の河北新報岩手版より。 仙台の東殖百貨店で質流れ洋服とアメリカ中古服の大特売会を行うという。 やはり河北新報だけに仙台の広告がよく流れて来る。 アメリカ中古服の流通ルートはやはり苦竹の米軍キャンプだったのだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 22 1月 1956 「ノンベエの地獄」盛岡の歓楽街の時間外営業を厳しく取り締まり(昭和31年1月22日) 昭和31年1月22日の河北新報岩手版より。 この当時、風俗営業法では料飲店の営業時間は深夜11時までと決まっていたようだった。 警察も年末年始や花見のシーズンぐらいはとお目こぼししていたところが、この時期になると不景気風が吹き始めたせいか、時間を守らないのが常態化していた。 これではうるさくて近隣の… 続きを読む
c久慈・九戸郡 19 1月 1956 久慈港も予算獲得合戦に参入(昭和31年1月19日) 昭和31年1月21日のデイリー東北より。 太平洋の荒波に面する久慈港は、漁船の難破事故が多かった。 そこで、堀込式の港にすることで、この状況を解消しようと言う計画があった。しかし、予算がないことにはどうにもならない。 同じような港湾整備の要求は、全国から43の港から上がっていた。 しかし、そのような… 続きを読む