陸軍特別大演習を終わって勅語(S3.10.9岩手日報)
1928年10月9日
2026年3月8日
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【盛岡のルーツ】昭和3年、岩手が熱狂した「観武ヶ原」の大演習
1928年(昭和3年)10月9日付「岩手日報」2面を読み解く

盛岡市民におなじみの地名「みたけ」。現在は住宅街や商業施設が広がるこの街のルーツが、かつて日本中の注目を集めた場所にあります。
手元の古い紙面、昭和3年10月9日付の岩手日報には、当時の「観武ヶ原(みたけがはら)」で行われた陸軍特別大演習のクライマックスが鮮烈に記録されています。
■ 陛下からの最高賛辞「朕之を悦ふ」
紙面中央に鎮座する「勅語(ちょくご)」には、演習を終えた将兵への厳かな言葉が並びます。特に注目すべきは、以下の記述です。
「其成績ノ概ネ良好ナルヲ認メ 朕之ヲ悦フ」
天皇自らが「悦(よろこ)ぶ」と言明すること。それは当時の兵士たちにとって、泥にまみれた過酷な演習の苦労がすべて報われる、最高級の誉れでした。この一言が、岩手の地に深く刻まれた瞬間です。
■ 戦い終わって「熱い味噌汁」
国家的な儀式の厳粛さの一方で、紙面右下には人間味あふれる兵士たちの素顔も躍っています。
- 「戦い終わって 暖い風呂に 熱い味噌汁」という見出し
- 「俺は泥田に落ち込んだよ」と笑い合う兵士たちの生々しい声
- 東北人の粘り強さを称える記者の視点
軍都として、そして開催地として、盛岡の人々が一体となって将兵を迎え、もてなした温かい空気感が伝わってきます。
◎ 結びに:地名に刻まれた歴史
私たちが何気なく呼んでいる「みたけ」という地名は、かつてこの地で繰り広げられた歴史的イベントの記憶そのものです。
90年以上の時を経た今、この黄色く色あせた新聞を開くことで、当時の飛行機のエンジン音や、演習を終えた男たちが啜った味噌汁の湯気までもが、現代の盛岡の景色に重なって見えてくるようです。
