月: 1951年3月

大通は「新興繁華街」だった(昭和26年3月31日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

大通は「新興繁華街」だった(昭和26年3月31日)

昭和26年3月31日の「夕刊いわて」より。 「盛岡繁盛記」というシリーズ物の記事の23回目は大通。 当時は、大通は「新興の繁華街」であり、老舗は何といっても川徳や松屋の二大デパートのある肴町であった。 大通の看板は、中劇・東宝第一劇場・中央ホールの映画館が集まっていることであり、この大通と中の橋通り…
列車内を逃げ回る「白エプロンの女」(昭和26年3月30日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

列車内を逃げ回る「白エプロンの女」(昭和26年3月30日)

昭和26年3月31日の「夕刊いわて」より。 盛岡市警察署では、「山田線の上盛岡駅から白エプロンの女が宮古方面にヤミ米を運んでいる」という情報をキャッチした。 それで警戒していたところ、上盛岡駅でそれらしい女が乗り込んだ。 車内で逮捕して、次の山岸簡易駅(当時)で降ろしたら敵もさるもの。列車が動き始め…
盛岡駅で小荷物の中にヤミ米 a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡駅で小荷物の中にヤミ米

昭和26年3月25日の「夕刊いわて」より。 盛岡駅小荷物係から盛岡市警察署盛岡駅前巡査部長派出所に「毛馬内から来た花輪線の列車で着いた荷物の中にヤミ米があるようだ」と通報があった。 毛馬内とは現在の十和田南駅である。 上野行きの列車に積み込む前に、5俵を押収したのであった。   終戦から6…
電気通信省岩手電気通信部「回線待ちの皆さん!共同電話はどうですか!」(昭和26年3月24日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

電気通信省岩手電気通信部「回線待ちの皆さん!共同電話はどうですか!」(昭和26年3月24日)

昭和26年3月24日の「夕刊いわて」より。 電話の架設待ちは、盛岡市内だけでも3300件に登る状況であった。 しかし電通省岩手電気通信部管内の割り当ては80回線のみ。 そこで「多数共同電話」の希望調査を行うことにした。 これは1つの電話番号を3~10人で使用するというもので、普通であれば架設に4万円…
盛岡繁盛記:肴町 a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡繁盛記:肴町

昭和26年3月17日の「夕刊いわて」より。 「盛岡繁盛記」というシリーズ物の記事で、10回目は肴町。 今でこそアーケード街になっているが、当時はもちろん無い。 この記事の時点では、肴町は1丁目と2丁目に分かれていたのだという。 この後の記事の書きぶりでは、中の橋通りに面した方が1丁目で、奥の方が2丁…
盛岡から公務で出張上京中に野球見てたら自動車が当たっちゃった a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡から公務で出張上京中に野球見てたら自動車が当たっちゃった

昭和26年3月14日の読売新聞(本紙)より。 盛岡市内の公務員が、公務出張で上京したついでに後楽園の松竹-大映戦を見に行ったのだという。 そうしたところ動物病院設置資金募集のためのくじをやっていたのだという。 400円程度の入場料で1500ドルの英国車・ヒルマンミンクスが当選するというので満場の観客…
山田線の山岸駅が実質的開業へ(昭和26年3月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

山田線の山岸駅が実質的開業へ(昭和26年3月13日)

昭和26年3月13日の「夕刊いわて」より。 大正12年に山田線が上米内まで開業してからというもの、山岸にも駅を解説してほしいという要望は持ち上がっていた。 これが昭和25年12月に山岸中学校の正門向かいに簡易停車場として上下2列車が停車することになった。 そして、年が開けて昭和26年1月からは上下各…
盛岡・シネマミソノでストリップショウ(昭和26年3月11日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・シネマミソノでストリップショウ(昭和26年3月11日)

昭和26年3月13日の「夕刊いわて」より。 3月11日から2日間の日程で「東京芸術公社」という大仰な団体所属の折田チヨ一行が盛岡市生姜町のシネマミソノでストリップの公演を行ったのだという。 東京から来たストリッパーは舞台から客席に下りて吸い掛けのタバコを観客のオッサンに吸わせようとすると「オラいらね…
盛岡・桜山更生市場の土地問題 a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・桜山更生市場の土地問題

昭和26年3月8日の「夕刊いわて」より。 桜山神社周辺の「東大通り」のあたりは、戦後の引揚者による更生市場となっていた。 盛岡市では、これを新たにコンクリート建てのデパートにする案を持っていた。 それで、地主に用地買収交渉をしていたが、25年11月の時点で地主側はそれに代わる土地を要求、盛岡市側もそ…