黒沢尻で食い逃げ(S7.11.1岩手日報)

昭和7年11月1日の岩手日報に掲載された、なんとも巧妙で人騒がせな事件をご紹介します。

舞台は現在の北上市にあたる黒沢尻町芳方小路。登場するのは23歳の畳職、工藤という男です。彼は10月20日の夜、1歳年上の知人である土木工の菅原さんを「今日は奢るから」と言葉巧みに誘い出し、飲食店へと繰り出しました。

二人はその店で、現在の価値に換算すれば数万円にもなる4円50銭分もの飲み食いを楽しみます。しかし、いざお会計という段になって工藤は「手持ちがないから家に取りに行く、一緒に来てくれ」と菅原さんを連れ出しました。

二人が辿り着いたのは、同じ町内にある高橋政治郎さん経営の畳製造工場でした。自分も畳職人である工藤は、ここを自分の家だと偽ります。「今から兄に金を貰ってくるから、ここで待っていてくれ」と菅原さんに言い残し、工藤は堂々と工場の中へ入っていきました。

菅原さんは彼を信じて外で待ち続けましたが、これが大きな間違いでした。工藤は工場の構造を承知の上で、そのまま裏口からこっそりと逃げ出してしまったのです。これがいわゆる「籠抜け詐欺」という手口です。

いつまで経っても戻らない工藤を不審に思った菅原さんが、意を決して工場の中へ入り、主人の政治郎さんに尋ねると「そんな男は知らない」との答え。ここでようやく、菅原さんは自分が食い逃げの片棒を担がされ、さらには身代わりに置き去りにされたことに気づきました。

警察の調べにより、工藤は10月29日に詐欺罪で書類送致されました。自分の職業と同じ畳工場を逃走ルートに選ぶという、まさに「手の込んだ」計画的な犯行でした。

岩手日報のこの記事を読み解くと、当時の物価や町並み、そして人の善意を逆手に取った職人の悪知恵が鮮明に浮かび上がってきます。


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