広告欄(S9.9.2岩手日報)

昭和9年9月2日の岩手日報を開くと、現代の感覚からすると少し奇妙な光景が広がっています。地方紙でありながら、広告欄には岩手県内企業の名前がただの一つも見当たらないのです。そこに並んでいるのは、大阪や東京、広島といった都市部の大資本による「全国ブランド」ばかり。当時の地方都市が、いかに中央の消費文化に席巻されていたかを象徴するような紙面です。

中でも目を引くのが、紙面上部で大きな存在感を放つ中央製菓のビスケット、カルケットの広告です。おいしい滋養のお菓子というキャッチコピーの横に、一粒一粒にカルケットと入れてありますという一文が添えられています。今の感覚で読むと、何か特別な栄養素でも配合されているのかと期待してしまいますが、実際はビスケットの表面に商品名の文字を刻印しているという報告に過ぎません。ビスケットに文字が刻まれていること自体が、当時は模倣品ではない本物の証明であり、一種の高級感やモダンさを演出するステータスだったのでしょう。

その隣には、広島で創業し全国へ進出していたセーラー万年筆が、新時代の表象は流線型と銘打って最新モデルを宣伝しています。さらに、大阪の道修町に拠点を置く岡田商店の結核薬アオや、同じく大阪の大谷義商店による運動ユニフォームのユベックなど、並んでいるのはどれも「遠くの街」からやってきた商品ばかりです。岩手の人々が日々のニュースを確認するそのすぐ下で、大阪の商魂や東京のトレンドが、文字の刻印一つ、ペンの形一つにまで「新しさ」を込めて、地方の消費者に語りかけていたことが分かります。

地元の商店主たちの顔が見えないこの広告欄は、当時の物流と情報が中央から地方へと一方通行で流れていた時代の記録でもあります。文字が入っているだけで付加価値となったカルケットのように、当時は「中央の空気」を帯びた商品そのものが、岩手の人々にとって未知の世界への窓口だったのかもしれません。


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