大船渡線全通に沸き立つ一関(S10.9.29岩手日報)

【郷土の記憶】昭和10年9月29日、大船渡線がついに全通!一関・盛が歓喜に包まれた日

岩手の鉄道史において、決して忘れてはならない記念日があります。
今から約90年前の昭和10年(1935年)9月29日。この日、大船渡線の最後の一区間である大船渡〜盛間が開通し、ついに一関から盛までが一本のレールで結ばれました。

Screenshot

当時の「岩手日報」の紙面からは、単なる路線の延伸にとどまらない、地域住民の爆発的な喜びが伝わってきます。


■ 「浮き立つばかり」一関の街はお祭り騒ぎ

記事の見出しには、「浮き立つばかり 歓喜満つ一関と躍動感あふれる言葉が並んでいます。当時の様子を紐解くと、始発駅である一関の町は祝賀ムード一色だったようです。

  • 🚩 街の装飾: 市内にはアーチが掲げられ、至る所に日の丸がたなびいていました。
  • 🏮 祝賀行事: 旗行列や提灯行列が行われ、数千人の市民が参加。まさに「未曾有の賑わい」でした。

■ 悲願の「大船渡線」全線開通

大船渡線は、その複雑なルートから「ドラゴンレール」の愛称でも親しまれていますが、全線開通までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

大正14年に一関から着工し、少しずつ延伸を重ねて10年。最後の一区間が繋がったことで、三陸の海の幸や山の幸が鉄道によって内陸、そして全国へと繋がる「物流の大動脈」が完成したのです。当時の人々にとって、どれほど心強いニュースだったかが察せられます。

「あすのさかり町(盛町) 未曾有の賑ひを豫想」
—— 昭和10年9月29日付 岩手日報より抜粋

この小見出しからも、終着駅となった盛町(現在の大船渡市)が、これから港湾都市・鉄道の拠点として発展していくことへの強い期待が感じられます。

■ 終わりに

白黒の掠れた紙面ですが、そこには間違いなく、新しい時代の幕開けを信じる当時の人々のエネルギーが詰まっています。

現在、大船渡線の一部区間はBRT(バス高速輸送システム)へと姿を変えていますが、この「9月29日」に先人たちが抱いた「地域を繋ぐ」という情熱は、今も私たちの街の根底に流れているのではないでしょうか。

資料提供:昭和10年9月29日付 岩手日報


showa
  • showa

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です