徐州陥落で盛岡で提灯行列(S13.5.21新岩手日報)

【歴史の断片】昭和13年5月21日、徐州陥落に沸く盛岡の夜

投稿日: 2024年XX月XX日 | カテゴリ: 郷土史・資料

手元にある一枚の古い新聞紙面。昭和13年(1938年)5月21日付の『新岩手日報』です。

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そこには、日中戦争の大きな節目となった「徐州(じょしゅう)陥落」を祝う、当時の盛岡市民の熱狂的な様子が記録されていました。

紙面を躍る「皇軍大捷」の見出し

まず目に飛び込んでくるのは、紙面右側の力強い大見出しです。

「徐州陥落したり完全に!旗だ提灯だ祝電だ!」

徐州会戦での勝利を受け、当時の岩手県知事や盛岡市長が感概を込めた談話を発表。街全体が祝賀ムード一色に染まったことが伺えます。

夜を照らす提灯行列と「一分間の黙祷」

紙面の中央には、暗闇の中で日の丸の提灯を掲げる子供たちの写真が掲載されています。

「ゆうべ盛んな提灯行列」との見出し通り、盛岡市内では大規模な報告祭が行われました。しかし、単なるお祭り騒ぎではありません。記事には「戦死者に黙祷一分」という言葉も添えられており、勝利の歓喜の裏にある犠牲を忘れない、当時の張り詰めた空気が伝わってきます。

大相撲の話題も

紙面下部には「大相撲夏場所」の結果も。戦時下であっても、娯楽やスポーツへの関心が強かったことがわかります。

岩手の若者の訃報

祝勝記事のすぐ側には、戦地で病没した宮古町出身の若者の記事も。光と影が同居した紙面構成です。

戦後80年近くが経過しようとしている今、こうした当時の資料を読み解くことは、私たちが歩んできた歴史を再確認する貴重な機会となります。この新聞が語る「あの日の盛岡」を、皆さんはどう感じられたでしょうか。


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