東京私立学校案内(S16.2.5新岩手日報)
昭和16年2月5日付の新岩手日報に掲載されたこの紙面は、当時の教育情勢と受験生の熱気を今に伝える貴重な資料です。中央に大きく掲げられた推奨校という題字を囲むように、東京を中心とした全国の名門大学や専門学校の広告が隙間なく並んでおり、その圧倒的な情報量からは当時の社会が教育に対して抱いていた期待の大きさが伺えます。

まず目を引くのは、早稲田大学、明治大学、法政大学、日本大学、中央大学、東洋大学、専修大学といった現代でも名高い私立大学の校章が誇らしげに並んでいる光景です。それぞれの広告には入学試験の期日や願書受付の案内が細かく記されており、地方の受験生にとって、この新聞広告がいかに重要な情報源であったかが想像できます。また、國學院大學や駒澤大学といった伝統ある教育機関に加え、拓殖大学や大正大学なども名を連ねており、多様な学びの選択肢が存在していたことが分かります。
昭和16年という時代の特色として強く表れているのが、実業や技術教育の重視です。東京高等無線工学校、電機学校、東京高等獣醫學校、さらには鉄道や工業に関連する専門学校の広告が非常に多く、急速に近代化を進めていた国家の需要と、手に職をつけようとする若者たちの志向が合致していたことを物語っています。特に無線の技術や電気工学などの分野は、当時の最先端技術として高い関心を集めていた様子が、それぞれの広告の熱量から伝わってきます。
女子教育についても、和洋女子専門学校、共立女子薬学専門学校、日本女子高等学院、千代田女子専門学校など、多くの学校が独立した広告枠を設けています。これは、戦前の社会においても女性の高等教育や専門技能習得への道が着実に広がっていたことを示す興味深い証拠と言えるでしょう。
さらに紙面の中央付近には、丸善のアテナインキの広告が学生のイラストと共に配置されており、万年筆とインクが当時の勉強における必須アイテムであったという生活感も添えられています。太平洋戦争が始まる1941年という、歴史の大きな転換点を目前に控えた時期でありながら、ここには自らの未来を切り拓こうとする若者たちのための日常があり、学びへの情熱が紙面全体から溢れ出しています。この1枚の広告欄は、単なる学校紹介の集まりではなく、当時の日本における教育のあり方と、激動の時代を懸命に生きようとした人々の姿を映し出す鏡のような存在です。
