英国から鹵獲したローバーを盛岡工業学校に(S18.7.1新岩手日報)

昭和18年の衝撃:盛岡工業に届いた英国製「ローバー」と知られざる戦時下の技術教育

昭和18年(1943年)7月1日付の『新岩手日報』。そこに、当時の地方教育界としては極めて異例、かつ衝撃的なニュースが掲載されていました。

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見出しには「英国製の戦利自動車 盛工学徒実習に操る」の文字。
南方戦線で日本軍が鹵獲(ろかく)した英国の名車「ローバー1937年型」が、海を越えて岩手の地、盛岡工業学校(現・盛岡工業高校)へと届けられたのです。


1. 「戦利自動車 皇軍感謝」に見る時代の空気

写真には、堂々たる体躯のローバーの傍らに「戦利自動車 皇軍感謝」と記された看板が立てられています。
この車両は、戦地での戦利品を有効活用すべく財団法人機械化国防会によって払い下げられたものでした。

「皇軍(日本軍)の勝利の証」を教材として受け取る。そこには、単なる物資の供給を超えた、銃後の士気を高める狙いもあったことが伺えます。

2. 英国車を「木炭自動車」へ:極限下の技術習得

このニュースで最も注目すべきは、最新鋭の英国車をそのまま走らせるのではなく、「木炭自動車」に改造して実習に用いるという計画です。

  • 代用燃料の時代: ガソリンが極めて貴重な軍需物資だった当時、木炭を燃焼させて発生するガスでエンジンを動かす改造は必須の技術でした。
  • 高度な実習内容: 1937年型という、当時としては比較的新しく複雑な英国車の構造を解体・理解し、そこに日本独自の木炭ガス発生装置を組み込む。高学年生たちは、この「生きた教材」を通じて実戦的な整備・操縦技術を学ぼうとしていました。

3. 中等学校への配備という「異例の特別扱い」

通常、こうした貴重な鹵獲車両は、帝国大学や軍直属の技術研究所など、最優先機関へ配備されるのが通例です。

一地方の中等学校(現在でいう高校)に、これほど状態の良い1937年型ローバーが払い下げられた事例は、全国的に見ても極めて稀だったのではないでしょうか。

北東北の工業教育の重要拠点であった盛岡工業への期待の高さ、そして「一刻も早く実戦的な技術者を育て上げたい」という当時の国家的な焦燥感も透けて見えます。

あとがき

「ローバー」という英国の気品漂う乗用車が、戦地を経て盛岡へ辿り着き、学生たちの手で木炭をくべられ黒煙を上げて走る――。
1枚の古い新聞記事は、華やかな工業文明が戦争という激流に飲み込まれていった時代の縮図を、今も私たちに鮮烈に伝えています。


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