石鹸は登録しないと買えなかった(S24.5.6新岩手日報)

昭和24年5月の新岩手日報に掲載されたこの告知は、現代の私たちには想像もつかない「石鹸が貴重品だった時代」の記憶を鮮明に伝えています。当時、石鹸は今のようにドラッグストアで自由に買える日用品ではなく、政府の管理下で一人ひとりに割り当てられる配給品でした。

その最大の理由は、石鹸の主原料である牛脂やヤシ油などの油脂が、戦中から戦後にかけて決定的に不足していたことにあります。油脂は火薬の原料や機械の潤滑油として軍事的に優先されただけでなく、戦後の食糧難においては貴重なエネルギー源である食用油としても奪い合いの状態でした。そのため、体を洗うための石鹸に回せる油はごくわずかしか残されていなかったのです。

この記事にある予約登録制という仕組みは、限られた物資を闇市へ流さず、国民へ平等に行き渡らせるための苦肉の策でした。消費者はあらかじめ自分が購入する場所を決め、一週間以内に登録を済ませなければなりませんでした。この登録がなければ、5月15日の新制度施行とともに石鹸を手にすることができなくなるという、まさに生活に直結する切実な通達だったわけです。

農村部においては、地域の生活を支える農業協同組合がその窓口を担っていました。野良仕事で泥にまみれる農家の人々にとって、清潔を保つための石鹸は単なる消耗品ではなく、健康と衛生を守るための切実な願いが込められた品だったに違いありません。

昭和25年には石鹸の統制が撤廃され、自由販売へと戻っていきますが、昭和24年5月というこの時期は、まだ人々が一切れの石鹸を求めて新聞の告知を熱心に読み、登録の手続きに走っていた過渡期でした。何気なく泡立てている現代の石鹸の向こう側に、かつては行政が管理し、人々が登録してようやく手に入れていた、厳しい時代の日常があったことをこの紙面は静かに物語っています。


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